15 Aug. 14129「夏色」
15 Aug. 29 -エベレスト-
今日、ボクは気象学者とともに、山を登っている。
頂上は海抜九千メートル近いところにある。……もう海がないから、意味のある数字ではないけれど、この山は間違いなく地球で一番高い場所だ。
「夏と言えば山だな」
気象学者の一言で行き先が決まった。
カラハーイとスクーターは麓にあるヒマラヤコロニーで留守番。小型の蝶型アンドロイドには気温と気圧が低すぎて、負担が大きくて同行は無理だったのだ。
スクーターは性能的な問題はない。
「だって、カラハーイが一人だと淋しいでしょう。私も外に出るのはやめておきます」
と言って、暖かい部屋から出ようとしない。
「人気のアイドルの歌って知ってる?」
『流行には疎くて』『本の方が好きだから』
「じゃあ、歌を教えてあげるわ」
カラハーイがしゃららと羽根を動かす。
女子会が始まったので、ボクたちは出発した。
山道は険しい。絶壁を目の前にボクは立ちすくむ。ここからはもうボードが使えない。
でも、この断崖を登るには、ボクの木製の義足では心許ない。
「これいじょうは、むりかな」
「任せろ。俺がいる」
気象学者は頭部のヘリコプターの羽根を動かし始めた。上下二組の羽根がそれぞれ逆向きに回転し、身体がぶれることなく飛ぶことが出来る。
ボクを背中から抱え上げると、空気を切る音とともに上空へと飛び上がった。
「うわわぁひゃあっ」
こんな風に空を飛んだのは初めてだ。変な声が出てしまった。
あっという間に山肌を駆け上がる。
「さあ、もうすぐ頂上だ」
「あんなとこにおりるの?」
目の前には剣の切っ先のような山頂。岩場は崩れており、足場は非常に狭い。
気象学者がホバリングをしながら近づくと、羽根の回転で生み出された風で、岩に張り付いていた氷が飛ばされていく。
「これならスクーターにのらなくても、いいんじゃないの?」
「いやいや、俺は乗り物が好きなんだ」
ボクたちは、ゆっくりとエベレストの頂に降り立った。
雲がないから山並みの向こうの遥か遠くまでよく見渡せる。
今度は見上げる。こんなに星が近いなんて。
「すごいね」
「夏の山は最高だろう?」
夏と言っても、太陽が当たらない今は、一年中気温は変わらない。景色だって一緒だ。
何が最高なのかよく分からないけど、気象学者が納得しているなら良いか。
「うん」
しばらく二人で絶景を眺めていた。
突然、気象学者が聞いてきた。
「カラハーイは、少年のことが好きみたいだな。」
「そうだね」
「少年はどう思っているんだ?」
「ボクも好きだよ」
「それは、恋なのか? 愛なのか?」
まさか、気象学者と恋バナをするなんて思わなかった。
夏……だからかな?
「ボクには、わからないよ」
愛するという気持ちが分かれば、ボクの生き方は変わっていたかもしれない。
誰かと恋することができたのかもしれない、誰かを愛おしいと思えたのかもしれない。
地平線に目を戻す。
きっと昔の人は、ここからも夜明けの太陽を眺めたに違いない。
もしかしたら太陽を見ながら愛を誓い合ったのかもしれない。
ボクはもう一度太陽を見てみたい。
「いつか、きっと……」
その時、地平線に向かって流れ星が光った。
「あっ」
ボクの願いが届いたのだろうか。
再び上空に目を戻す。今は月が出ていないから星々がよく見える。
また流れ星。痕を残すほどの大きな流星だ。
気象学者も空を見る。
「そうか……、ペルセウスの流星群の時期だったな」
ボクたちが空を眺めている間に十個も流れた。
こんな素敵な光景を、世界で一番高い場所で見られるなんて。
本当、夏の山は最高だ。
「また百年後くらいに彗星が来るから、その頃にはもっと沢山の流星が見れるぞ」
ボクはもう、その頃には。




