10 Mar. 14128「海辺に咲くばらのお話」
10 Mar. 28 -ニライカナイコロニー-
ウナイの葬儀から一週間。ボクと気象学者は花屋に呼ばれ、店へと向かう。
気象学者との旅はしばらく保留となり、ボクはゴロゴロして過ごしていた。
今までも、動きたくなくなることは何度かあった。でも、メンテナーの仕事があったから、やってこれた。
今は仕事がない。ボクが何もしなくても誰も困らない。
「なにをしていいか、わからないんです」
心に穴が空いたような気分。
「少年には珍しいが、そんな時も必要だ。ほら、花がキレイじゃないか」
気象学者が足元を指差す。
春になり、公園のがじゅまるの樹を囲む花畑には、淡い紫色のクロッカスが一面に咲き誇っていた。
「ほんとですね」
ボクはそんなことにも気付かないほど余裕がないみたいだ。
見上げると、ドームの解体工事は休止されたまま放置されていた。
花屋に到着すると、ウナイの両親が出迎えてくれた。
ウナイの妹は、母親にしっかりと抱きついていた。
「これから大事なお話があるから、向こうで絵本を読んでいてちょうだい」
母親がそう言うが、彼女は離れない。
カラハーイがしゃららと飛んでいって、首から提げたイヤホンを彼女の耳に近づけ、何かを囁く。
「うん、分かった」
彼女はやっと母親から離れ、カラハーイを連れて本棚の前に座る。
カラハーイは、黒い空に星がいっぱい描かれている絵本を手に取った。その絵本のページをめくり、読み聞かせをしてくれるようだ。
その姿を見て安心した両親は、本題を切り出す。
「実は、ウナイの人格をアンドロイドにコピーしようと考えていまして」
母親の祖父はアンドロイド開発会社の経営者で、カラハーイもその伝手で譲ってくれたものだ。人格のコピーに拒否感はないのだろう。
「実際に人格コピーを経験した皆さんの考えを聞いて、どんな身体にしたら良いかを……」
ボクは首を横に振った。
「ダメだよ。アンドロイドは、ウナイのかわりにはならない」
両親は、普段とは違うボクの口調に驚く。人格コピーそのものを否定されるとは思っていなかったのだ。
「それでも、私たちはウナイをもう一度抱きしめたいんです」
最期のお別れですら、顔も見せられないほどに損傷してしまったウナイに、彼らは心が張り裂けるような辛い想いをしているのは分かっている。
でも。
「アンドロイドは、こどもとはちがう」
ボクは成長しないから、お母さんに見放された。ボクは成長しないから、お母さんを苦しめた。
二人はボクの話を真摯に聞いてくれた。
「しかし、気象学者さんだって、カラハーイだって……」
諦められない。
自分たちは違う。
そんなことにはならない。
娘を取り戻す技術もチャンスもそこにある。二人は必死だ。
今まで話を聞くだけだった気象学者が、ゆっくりと話し始めた。
「俺もカラハーイも人生を全うした。その上で、今までとは別の第二の人生を送っている。少年の言うとおり、俺たちは別物。代わりじゃないんだ」
二人は理解と不満で揺れ動いている。気象学者はさらに続ける。
「人格コピーすれば、ずっと十歳のままだ。喧嘩もしない、恋愛もしない、独立もしない。それは、果たして本当に君たちの娘なのか?」
「でも……」
涙ぐむ母親を、父親が抱き寄せる。
そこへ、カラハーイが戻ってきた。
妹は眠ってしまったようだ。
イヤホンを机に置き、ボリュームを上げる。
『島の海辺には一本のバラが咲いていました』『そのバラは海原の人魚に恋をしたのです』
カラハーイがお話を始めると、父親は関係のない話だと止めようとする。
「待って、聞かせて。サティばあちゃんがよく話してくれたおとぎ話だわ」
母親は懐かしそうに微笑む。
みんなで、おとぎ話を最後まで聞く。
『人魚は碧い海と空を見上げ』『泡になって消えました』『それでもバラは毎年咲きます』『いつまでもいつまでも』
カラハーイはイヤホンを首に掛け、ボクの肩に戻ってきた。
両親はまだ黙っていた。
やっと母親が口を開く。涙声で絞り出すような声。
「子供の頃は、悲しい恋のお話だと……思っていたけど、大人になってから聞くと、……違う意味に気付くのね……」
二人はお互いに言い聞かせるように確かめ合う。
「私たちには、まだあの子がいる」
「そうよ。あの子を見ないと、あの子を抱きしめなきゃ」
母親は、すやすやと眠る妹に駆け寄る。
「大事なことに気付かせてくれて、ありがとう」
父親は頭を下げた。
ボクも頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとう」
この場でのボクのお礼は的外れかもしれない。
でも、みんなのおかげで、ボクの心の穴も少し埋められた気がするんだ。




