24 Feb. 04025「やわらかな傷跡」
約一万年前の二月二十四日。
その日の朝から手術を受けて、ボクはお昼前に病室へ戻ってきた。
お父さんが褒めてくれる。
「よく頑張ったな」
「うん」
ボクは産まれる前から、色々な病気を抱えていた。
沢山の手術をして、これまで生きることができた。
注射や縫合の跡が、体中にぶよぶよとしたやわらかな傷跡として残っている。
病室のテレビを付けると、ニュース特番が流れていた。
まもなく、太陽がダイソンスフィアの影に入り、地球に十万年の夜が訪れる。
世界各地を中継し、それぞれの様子を伝えていた。何かに怯える人、神に祈る人、祭のように騒ぐ人。
「どこも同じニュースばかりだ」
お父さんがテレビを消す。
話題を逸らすように、お父さんはボクに聞いてきた。
「退院できたら何がしたい?」
ボクは少し悩んで、さっきのニュースを思い出した。
「ボクは世界中の色んな所へ行ってみたいな」
「そうか、きっと行けるさ」
お父さんは大きな手で、ボクの頭をなでる。
麻酔が切れ、手術でできた新しい傷跡が、じくじくと痛み出した。
「……」
「どうした?」
「なんでもない」
「嘘をついてもダメだ。お前は、困った時や怖い時、辛い時に顔に出る」
そんな時にボクの左眉が下がることを、お父さんは教えてくれなかった。
ベッドの上に横たわり、ボクは窓の外を見つめていた。傍らに座るお父さんに聞く。
「お父さん、太陽なくなるの?」
「もう私たちが生きている間に、太陽を見ることはできない」
太陽が欠けはじめた。ダイソンスフィアに隠されていく。
日食とは違い、月の満ち欠けのように太陽は細くなっていった。
空が暗くなりはじめる。
ボクは不安を感じて、お父さんの手を握った。
お父さんは、力強く握り返してくれる。
「これ以上、お前の辛い顔を見たくない」
お父さんはボクを力強い腕で抱きしめてくれる。ボクの痛みと恐怖が和らいでいく。
そして、その腕でボクの首を絞めた。
***
気が付くと、ボクはアンドロイドだった。
ボクの人格コピーを望んだのはお母さんだ。
お母さんは、ボクを守れなかったことを泣きながら詫びた。
東京コロニーの三叉路の角に建てられた小さな一軒家。
お母さんとボクの家。
「外の掃除をしてきて」
「はーい」
ボクは、心の不安定なお母さんを助けながら、何年も慎ましく生活をしていた。
夜が明けなくなった地球は、どんどん気温が下がる。
人が生活できる場所は限られ、コロニーと呼ばれるドームの中から出ることができなくなった。
世間には閉塞感が漂い、不平不満が蔓延する。
お母さんもしんどそうだった。
「いつまでも、あなたは成長しないのね!」
お母さんが絶望した目でボクを見る。
アンドロイドなんだもの、しょうがないじゃないか。
「あの子は変わらないのに、私はこんなに老けて……」
鏡を見たお母さんが発作を起こす。
「出ていって!」
ボクは家から締め出された。鍵が掛けられた扉の前で「開けて」と繰り返す。
アンドロイドの身体なのに、どこか傷跡が痛む。
***
お母さんは、自分を終わらせていた。
ボクは一人になってしまった。
まだアンドロイドが物だった時代、権利も自由も認められなかった頃。
ボクは小さな家に付属する管理アンドロイドになった。
事故物件だから、家は安く売却された。
ボクと家は何人かの人手を渡った。
ボクは色々なことをさせられた。でも、ずっと頑張った。
ボクに選択権は無かったから。
最後に家を買ったのは、統合政府が新しく始めた『地球環境回復プロジェクト』のメンバーだった。
ボクは、その人の推薦で「地球のメンテナー」に選ばれた。
「キミには、そんな仕事が合っている」
与えられた仕事を頑張るしかない。
「やることをやらなきゃね」
ボクは傷跡を覆い隠すように呟いた。




