↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/22

第3章 地下ライブハウス

第三章 地下ライブハウス


 暗闇の中で、歓声が上がっていた。


 悲鳴ではない。


 歓喜。


 興奮。


 期待。


 何十人もの若者たちが、照明の落ちた地下空間で一斉に声を上げている。


 ホオズキはその中心に立っていた。


 視界は完全な暗黒。


 音だけがある。


 拍手。


 指笛。


 足を踏み鳴らす音。


 笑い声。


 その奥。


 低いベース音が一つ鳴った。


 ドン。


 床が震える。


 続いてドラム。


 ドン。


 ドン。


 ドン。


 心臓の鼓動に似ている。


「全員」


 ホオズキは小さく言った。


「位置確認」


「右後方」


 サヤ。


「左」


 レイナ。


「後ろ」


 レンジ。


 三人とも近い。


「ライトは?」


「まだ」


 サヤが答えた。


「了解」


 不用意に照明を使えば、潜入している意味がない。


 何より。


 周囲の客たちは、この暗闇をまるで気にしていない。


 そこが一番不気味だった。


 誰かにぶつかる音がしない。


 転ぶ者もいない。


 スマートフォンを取り出す者もいない。


 非常灯すら点いていない。


 それなのに、人の流れだけは止まっていなかった。


 ホオズキのすぐ横を何者かが通った。


 気配。


 香水。


 そして。


 冷気。


 肌に触れた腕が、異様に冷たい。


 まるで冬の屋外から入ってきたばかりの人間のようだった。


「……」


 ホオズキは振り返る。


 当然何も見えない。


 その瞬間。


 ステージ中央で赤い照明が灯った。


 歓声。


 さらに大きくなる。


 ギターが鳴った。


 強烈な歪み。


 ステージに三人の演奏者。


 ボーカル。


 ギター。


 ドラム。


 全員、黒い衣装。


 白い化粧。


 ゴシック系のバンド。


 ようやくライブハウスらしい光景が戻ってきた。


 ホオズキは息を吐く。


「……演出?」


 レンジがイヤホンを押さえながら言った。


「趣味悪いけどな」


「客には好評みたい」


 レイナ。


 先ほどまでの異様な空気が嘘だったように、周囲の客たちは音楽に身体を揺らしている。


 手を上げる。


 酒を飲む。


 笑う。


 どこにでもあるライブハウス。


 ホオズキはステージ横を見る。


 銀髪の女。


 いない。


「さっきの女は?」


「消えました」


 サヤ。


「見た?」


「目を離した瞬間に」


 レイナも周囲を確認する。


「私も」


「レンジ」


「同じ」


 ホオズキは何も言わなかった。


 人混みだ。


 移動しただけ。


 そう考えることはできる。


 だが。


 胸に残る違和感は消えなかった。


     *


 十一時五十八分。


 本部。


「……まだ駄目か」


 久世冬馬がキーを叩き続けていた。


 通信。


 復旧せず。


 位置情報。


 取れない。


 予備回線。


 応答なし。


 榊原宗一郎が後ろに立っている。


「妨害ですか」


「可能性高いです」


「意図的?」


「地下だから電波が弱いだけなら、ここまで綺麗に全部落ちません」


「店内にジャマー」


「あり得ます」


「違法だな」


「はい」


 久世は建物周辺の電波状況を表示した。


「ただ変なんですよ」


「何が」


「外は正常」


「つまり」


「地下だけ完全に死んでる」


 榊原は画面を見る。


「有線は」


「回線自体が登録されてません」


「それでライブハウス運営?」


「今時かなり変です」


 久世が別の画面を開く。


「それと、この建物」


「何か」


「熱源がおかしい」


「どういう意味です」


「周辺の公開衛星データや設備資料で大まかにしか分かりませんが……地下の電力使用量に対して排熱が少なすぎる」


「空調設備」


「屋上設備の能力と合いません」


 榊原の顔が険しくなる。


「何を冷やしている」


「それが分かれば苦労しません」


「予備班」


「準備済みです」


「黒崎警視は」


「連絡中」


 榊原は時計を見る。


「代表が最後に通信できた時刻」


「二十三時五十三分四十一秒」


「十二分」


「はい」


 榊原は黙った。


 十二分。


 現場では長い。


     *


 地下。


 レイナはグラスを持った若い男に声をかけた。


「ここ、初めてなんだけど」


「そうなんだ」


 男は笑った。


 二十代前半。


 黒いシャツ。


 首に細いチェーン。


「どうやって知ったの?」


「友達」


「へえ」


「あなたは?」


「前から」


「常連?」


「まあね」


「いつからあるの、ここ」


 男は肩をすくめる。


「知らない」


「店員に聞けば?」


「そういう店じゃないから」


「どういう店?」


 男が笑った。


「聞かない方が楽しい店」


「秘密主義?」


「そ」


 レイナも笑う。


「面白い」


 男はグラスを傾けた。


 その瞬間。


 レイナの視線が止まった。


 飲み物。


 赤い。


 カクテル。


 ワイン。


 そう見える。


 ただ。


 粘度が少し高い。


 男の唇に付いた液体。


 妙に暗い赤。


「それ何?」


「これ?」


「美味しそう」


「飲む?」


「いいの?」


 男はグラスを差し出しかけた。


 その時。


 後ろから手が伸びる。


「初めての子にはまだ早いわ」


 女。


 黒いワンピース。


 青白い肌。


 男からグラスを取り上げた。


「ごめんなさいね」


 レイナは笑う。


「特別メニュー?」


「そういうもの」


「じゃあ次来た時に」


「次があればね」


 一瞬。


 女の笑顔が妙に冷たく見えた。


「……どういう意味?」


「気に入れば、また来られるってこと」


「ああ」


 レイナは笑った。


「会員制みたいな?」


「似たようなものよ」


 女は去る。


 レイナは彼女の背中を見る。


 男も去ろうとした。


「ねえ」


「ん?」


「手、冷たいね」


 男が振り返る。


 先ほどグラスを渡されかけた時。


 指が触れた。


 冷たい。


 冷房の効いた室内だから、ではない。


 人間の体温ではなかった。


「そう?」


「冷え性?」


 男は笑った。


「もう慣れた」


「何に?」


 男は答えず、人混みへ消えた。


 レイナの笑顔が消える。


     *


 サヤは店内の構造を見ていた。


 正面入口。


 ステージ。


 カウンター。


 トイレ。


 スタッフ用扉。


 非常口。


 客席。


 通常のライブハウスなら、それほど複雑ではない。


 問題は奥。


 建築図面と一致しない。


 サヤはトイレへ向かうふりをして壁沿いに歩いた。


 一。


 二。


 三。


 歩幅で距離を測る。


 外から見た建物の横幅より。


 明らかに長い。


「……」


 壁の向こう。


 まだ空間がある。


 別の建物へ抜けているのか。


 地下通路。


 あるいは違法増築。


 関係者以外立入禁止。


 黒い扉。


 電子錠ではない。


 古い鍵。


 その横に若い男性スタッフ。


 サヤが近づく。


「トイレって」


「反対」


 男が言う。


「あ、すみません」


 戻ろうとする。


 その時。


 扉の向こうから音。


 ドン。


 何かがぶつかった。


 サヤの足が止まる。


 再び。


 ドン。


「……」


 男は何も反応しない。


 そして。


 かすかに聞こえた。


「たす……」


 サヤの目が細くなる。


 音楽。


 大音量。


 その下。


「……けて」


 女の声。


 間違いない。


 サヤは歩きながら右手で二度、腿を叩いた。


 事前に決めていた合図。


 要救助者の可能性。


 少し離れた位置にいたホオズキが気付く。


 視線。


 サヤはトイレへ。


 ホオズキも数十秒後に移動する。


     *


 女子トイレ。


 レイナ。


 サヤ。


 ホオズキ。


 三人。


 レンジは外。


「奥に人がいる」


 サヤが言う。


「確実?」


「女性の声」


「何て」


「助けて」


 ホオズキの表情が変わる。


「位置」


「スタッフ用扉の奥」


「警備」


「一名。周囲にも数人」


「武器」


「見えない」


 レイナが手を洗うふりをしながら言う。


「こっちも変」


「何が」


「常連の何人か、体温が低すぎる」


「触った?」


「手」


「薬物?」


「可能性はある」


「飲み物も怪しい」


「中身」


「赤い液体。常連用らしい」


 サヤが鏡を見る。


「酒?」


「そう見えるけど」


「回収できる?」


「難しい」


 ホオズキは考える。


「最優先は奥」


「偵察任務から外れる」


 サヤ。


「分かってる」


「榊原さんに怒られます」


「帰ってから怒られる」


 レイナが小さく笑う。


「つまり行くのね」


「助けを求めてる人間がいる」


 ホオズキは答える。


「見なかったことにはできない」


「代表らしい」


「レンジに伝えて」


「了解」


 その時。


 トイレの扉が開いた。


 女が入ってくる。


 三人は自然に会話を止める。


 銀髪。


 白い肌。


 写真の女。


 十二年前から姿が変わっていない女。


 至近距離。


 実物は写真よりさらに若く見えた。


 二十代半ば。


 あるいは。


 もっと若い。


 女は鏡の前に立つ。


 ホオズキの隣。


 水を出す。


 手を洗う。


「初めて?」


 女が聞いた。


 ホオズキは鏡越しに見る。


「ええ」


「楽しんでる?」


「まあまあ」


「残念」


「何が?」


「もっと楽しんでほしいのに」


 女は微笑む。


「ここの人?」


「そう見える?」


「常連には見える」


「昔からいるから」


「どれくらい昔?」


 ホオズキは軽く聞いた。


 女の笑みが深くなる。


「あなたが生まれるより前」


 レイナの視線がわずかに動く。


 冗談。


 そう受け取れる言い方。


「若く見える」


 ホオズキ。


「ありがとう」


「美容法を教えてほしいわ」


「簡単よ」


 女は蛇口を閉めた。


「悪いものを身体に入れないこと」


「健康的」


「そして」


 女がホオズキを見る。


「良いものだけを選ぶ」


 一瞬。


 目。


 赤い。


 ホオズキは見た。


 錯覚ではない。


 瞳孔の周囲が。


 暗い赤。


 次の瞬間には黒かった。


「あなたなんて、とても良さそう」


「何が?」


「健康」


 女はホオズキの手首を見る。


 血管。


「鍛えてるでしょう」


「少し」


「心臓も強そう」


 サヤが半歩動く。


 女はそれを見る。


「怖い顔」


「元々です」


「そう?」


 女は笑う。


「私は好きよ」


 そしてホオズキへ。


「九条さん」


 空気が変わった。


 ホオズキの右手がわずかに動く。


 レイナも。


 サヤも。


「……名乗った?」


 ホオズキが聞く。


「いいえ」


「じゃあ、どうして知ってるの」


 女は手を拭いた。


「有名人でしょう?」


「この店では?」


「今夜から」


 女は出口へ向かう。


 扉の前で振り返った。


「楽しんでいって」


 微笑む。


「せっかく来たんだから」


 扉が閉まった。


 三人は数秒動かなかった。


 最初に口を開いたのはレイナ。


「バレてる」


「ええ」


 ホオズキ。


「いつから」


「最初からかも」


 サヤが扉を見る。


「撤退しますか」


 合理的には。


 そうするべきだった。


 任務目的。


 敵情偵察。


 すでにこちらの身元が露見。


 通信不能。


 構造不明。


 未知の相手。


 撤退。


 正しい。


 ホオズキは答えなかった。


 壁の向こう。


 助けを求める声。


 今も耳に残っている。


「一人確認する」


 サヤが黙る。


「それだけ」


 ホオズキは続けた。


「本当に失踪者がいるなら、その時点で撤退して黒崎に渡す」


 レイナが言う。


「相手が止めたら」


「突破する」


「偵察じゃなくなる」


「分かってる」


「じゃあ行きましょう」


 レイナは笑った。


「こういう代表だって知って入社したから」


 サヤも小さく息を吐いた。


「同じく」


「ごめん」


「謝るなら帰ってから」


     *


 レンジはカウンター近くで酒を飲んでいるふりをしていた。


「遅い」


 ホオズキが戻る。


「女子トイレ長いな」


「デリカシー」


「はいはい」


 ホオズキは彼の横を通りながら短く言う。


「露見」


 レンジの表情が変わらないまま、目だけ動く。


「全員?」


「たぶん」


「帰る?」


「奥を一回見る」


「了解」


 反対しない。


 それが神代蓮司だった。


「どうやる」


「騒ぎ」


「俺?」


「得意でしょ」


「偏見がひどいな」


「任せた」


 レンジは笑った。


「三十秒」


 ホオズキたちが離れる。


 レンジはカウンターへ。


「ねえ」


 店員。


「何」


「これアルコール入ってる?」


「当然」


「薄くない?」


「は?」


「水じゃねえのこれ」


「飲みすぎじゃない?」


「全然酔わねえんだよ」


 声を少し大きくする。


 周囲が見る。


「返金してよ」


「無理」


「じゃあもう一杯」


「帰れば?」


「客にその態度?」


 店員が苛立つ。


 スタッフ二人が近づく。


「お客様」


「何?」


「外へ」


「嫌だね」


 一人がレンジの肩を掴む。


 その瞬間。


 レンジの顔から笑みが消えた。


 肩を掴む力。


 異常。


 普通の成人男性ではない。


 レンジはその手を見る。


 指。


 細い。


 だが。


 岩のような力。


 肩の骨が軋む。


「……へえ」


「何?」


「結構鍛えてんじゃん」


 レンジは手首を外す。


 普通なら関節が決まる角度。


 男の腕が曲がる。


 しかし。


 男は平然としていた。


 レンジの目がわずかに細くなる。


「……マジかよ」


「外へ」


「はいはい」


 レンジは両手を上げる。


 十分な騒ぎ。


 スタッフの視線が集まった。


     *


 その隙に。


 サヤが黒い扉へ。


 レイナ。


 ホオズキ。


 警備の男はレンジの方を見ている。


 サヤが扉へ。


 鍵。


 古いシリンダー。


 レイナが細い工具を取り出した。


「十秒」


「五秒」


「無茶言わないで」


 三秒。


 四秒。


 五秒。


 カチ。


「開いた」


 扉。


 暗い通路。


 三人が入る。


 閉める。


 音楽が一気に遠くなった。


 コンクリート。


 蛍光灯。


 先ほどまでの派手な空間とは別世界。


 地下施設。


 廊下。


 複数の扉。


「広い」


 サヤ。


 ホオズキが壁を見る。


 配管。


 古い。


 建物本体よりさらに古い可能性。


「図面と全然違う」


 レイナ。


 右。


 左。


 サヤが耳を澄ます。


「こっち」


 進む。


 足音を殺す。


 扉。


 小窓。


 サヤが中を見る。


「……」


「何?」


「ベッド」


「何台」


「六」


「人」


「二人」


 ホオズキも覗く。


 若い女性。


 一人は寝ている。


 一人は壁にもたれている。


 腕。


 点滴。


「薬?」


 レイナ。


「分からない」


 次の部屋。


 三人。


 次。


 一人。


 さらに奥。


「代表」


 サヤが止まった。


 壁。


 何枚もの写真。


 女性。


 若い。


 顔写真。


 名前。


 年齢。


 血液型。


 身長。


 体重。


 既往歴。


 アレルギー。


 薬物使用歴。


 健康診断。


 ホオズキの顔から表情が消える。


「……何これ」


 レイナも見る。


「商品管理?」


「言い方」


「他に見えない」


 失踪者の写真。


 いる。


 長谷川美月。


 一番最初の依頼人の娘。


 ホオズキの指が写真へ触れる。


 十九歳。


 血液型A。


 健康状態良好。


 最終確認日。


 四日前。


「生きてる」


 ホオズキが呟く。


「少なくとも四日前までは」


 レイナ。


 別の写真。


「森川奈緒」


 昨夜消えた少女。


 記載。


 搬入。


 本日。


「搬入……」


 サヤの声が冷える。


「完全に犯罪組織です」


 ホオズキ。


「撮影」


 レイナが小型カメラで記録する。


「全部」


「はい」


 その時。


 奥。


 ドン。


 音。


 人の声。


「助けて!」


 三人が走る。


 突き当たり。


 扉。


 鍵。


 サヤが蹴る。


 一度。


 開かない。


 二度。


 蝶番が歪む。


 ホオズキ。


「下がって」


 拳銃。


 躊躇。


 発砲音は店内まで届く。


 その前にレイナ。


「待って」


 工具。


 鍵。


 十秒。


 十五。


 カチ。


 開く。


 中。


 小さな部屋。


 ベッド。


 一人の少女。


 手首を拘束されている。


 口元。


 テープ。


 目。


 怯え切っている。


 ホオズキはすぐにしゃがむ。


「大丈夫」


 テープを剥がす。


「助けに来た」


 少女が息を吸う。


「……や、やだ」


「もう大丈夫」


「来る」


「誰が?」


「来る……!」


 少女は震えていた。


「落ち着いて。名前は?」


「な……奈緒」


 三人が顔を見合わせる。


「森川奈緒?」


 少女が頷く。


 昨夜。


 十四人目。


 ホオズキは拘束具を確認する。


「怪我は」


「分かんない……」


「注射された?」


「……うん」


「何を」


「分からない……」


「意識は」


「寝て……起きたらここで……」


 サヤが簡易チェック。


「脈速い。意識は清明」


「歩ける?」


 奈緒は頷こうとして。


 止まる。


「友達」


「何?」


「友達が……」


「誰」


「ミユ」


「ここに?」


「先に連れていかれた」


「どこへ」


 少女の顔から血の気が引く。


「下」


「下?」


 レイナが周囲を見る。


「ここ地下二階じゃないの」


 奈緒は首を振る。


「もっと下がある」


 ホオズキ。


「何があるの」


「知らない」


「見た?」


「扉だけ」


「誰が連れていった」


「女の人」


「特徴」


「白い髪」


 三人が黙る。


 奈緒の呼吸が荒くなる。


「目が……」


「目?」


「赤かった」


 ホオズキは少女を見る。


「照明じゃなくて?」


「違う」


「本当に?」


「違う!」


 奈緒が叫ぶ。


「人じゃない!」


 その言葉。


 通路。


 カチ。


 照明が消えた。


 暗闇。


 奈緒が悲鳴を上げる。


「静かに」


 ホオズキ。


 三人同時にライト。


 白い光。


 通路。


 誰もいない。


 しかし。


 奥。


 足音。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 ゆっくり。


 近づいてくる。


 サヤが拳銃を抜く。


 レイナも。


 ホオズキは奈緒を背後へ。


「誰」


 返答なし。


 足音。


 止まる。


 光の境界。


 男。


 先ほど入口で見たスタッフ。


 黒い服。


「そこ」


 男が言った。


 妙に穏やかな声。


「入っちゃ駄目なんだけど」


 ホオズキ。


「監禁してる人間に言われたくないわね」


「監禁?」


 男は首を傾げる。


「保護してるんだよ」


 奈緒がホオズキの背後で震える。


「本人はそう思ってないみたい」


「その子は混乱してる」


「警察で話しましょう」


 男が笑う。


「警察」


「ええ」


「ここには来ないよ」


「来させる」


「無理」


「どうして」


 男の笑顔。


「ここ、僕らの場所だから」


 サヤ。


「手を見える位置に」


「怖いな」


「両手を上げて」


 男は従う。


 ゆっくり。


「これでいい?」


「壁を向いて」


「嫌だ」


「従って」


「嫌だって言ったよ」


 次の瞬間。


 消えた。


「!」


 サヤが反応。


 男が眼前。


 数メートル。


 一瞬。


 あり得ない。


 サヤの腕を掴む。


 捻る。


 サヤが即座に体勢を入れ替える。


 近接戦闘。


 肘。


 膝。


 関節。


 訓練された動き。


 男の顎へ肘が入る。


 普通なら倒れる。


 男は笑った。


「上手」


 サヤの顔が変わる。


 次。


 拳。


 男の胸。


 骨に響く。


 反応なし。


 逆に。


 サヤの身体が壁へ投げ飛ばされた。


「サヤ!」


 ホオズキ。


 壁。


 激突。


 サヤが息を詰まらせる。


 男の力。


 人間ではない。


 レイナが拳銃を向ける。


「止まれ!」


 男は見る。


 銃。


 笑う。


「それ?」


 レイナの指。


 引き金。


 ホオズキ。


「待て!」


 男がもう一歩。


 ホオズキは判断した。


「撃て!」


 発砲。


 地下通路。


 轟音。


 一発。


 男の胸。


 着弾。


 身体が後ろへ揺れる。


 二発目。


 腹部。


 三発目。


 肩。


 男は倒れた。


 沈黙。


 奈緒が泣いている。


「サヤ」


「大丈夫」


 サヤが立つ。


 肩を押さえている。


「骨は?」


「多分平気」


 ホオズキは倒れた男を見る。


 拳銃を構えたまま。


「救命処置」


 レイナ。


「相手が何者でも死なせない」


「了解」


 レイナが近づく。


 一歩。


 二歩。


 男。


 動かない。


 胸に三つの穴。


 血。


 少ない。


「……?」


 レイナが止まる。


「代表」


「何」


「血が」


 少なすぎる。


 その時。


 男の指が動いた。


「離れて!」


 ホオズキ。


 男が起き上がる。


 胸に弾丸。


 三発。


 平然と。


「……痛いじゃん」


 レイナの目が見開かれる。


 サヤ。


「あり得ない」


 男は胸を見る。


 指を傷口へ。


 血。


 そして。


 傷が。


 閉じ始めた。


 ゆっくり。


 しかし確実に。


 皮膚。


 肉。


 穴が小さくなる。


「……何だよ」


 背後。


 レンジの声。


 いつの間にか合流している。


 彼も銃を構えていた。


「何なんだよ、それ」


 男は四人を見る。


 笑う。


 口。


 犬歯。


 長い。


 今度は。


 見間違えようがない。


「秘密を見たね」


 通路の奥。


 一つ。


 また一つ。


 赤い目。


 暗闇。


 左右。


 上。


 何人いる。


 分からない。


 ホオズキは奈緒を背後へ押す。


「全員後退」


「代表」


「撤退する」


 サヤが驚く。


 ホオズキは即断だった。


「任務変更」


 銃を構える。


「目標、森川奈緒の確保」


 レイナ。


「他の失踪者は」


 ホオズキは歯を食いしばる。


 長谷川美月。


 写真。


 四日前まで生存。


 この先にいる可能性。


 それでも。


「今は無理」


 声に迷いはなかった。


「一人を連れて帰る」


 レンジが頷く。


「了解」


 サヤ。


「了解」


 レイナ。


「了解」


 暗闇から声がした。


「帰る?」


 女。


 銀髪。


 通路の向こう。


 いつの間にか立っていた。


 白い肌。


 穏やかな笑顔。


「せっかく来たのに?」


 ホオズキが拳銃を向ける。


「どいて」


「嫌」


「次は撃つ」


「撃てば?」


 女は笑う。


「あなたたち、それしか知らないでしょう」


 周囲。


 赤い瞳が増える。


 十。


 十五。


 もっと。


 ホオズキは理解した。


 ここは犯罪者のアジトではない。


 少なくとも。


 それだけではない。


 目の前にいるものが何なのか。


 まだ名前はつけられない。


 だが。


 一つだけ分かる。


 拳銃を恐れていない。


 血を流しても倒れない。


 人間ではあり得ない速さで動く。


 そして。


 自分たちは。


 敵の巣の。


 ど真ん中にいる。


 銀髪の女が、楽しそうに首を傾げた。


「ねえ、九条ホオズキ」


 初めて。


 その名前をはっきり呼んだ。


「あなたたち人間は」


 唇が開く。


 鋭い犬歯。


「どこまで壊せば、死ぬの?」


 ホオズキの目が細くなる。


「試してみる?」


 女が微笑んだ。


「ええ」


 照明。


 全消灯。


 完全な闇。


 次の瞬間。


 通路の左右。


 天井。


 前方。


 一斉に。


 何かが動いた。


 ホオズキが叫ぶ。


「接触――!」


 銃声。


 第三章。


 終。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。