第八章 お前は、クロなのか?
数日後。ネオリンクス社の開発室。
出張から戻った浅見は、部長の高木の言葉に耳を疑った。
「入院!? 宮本さんがですか?」
「ヴァルカン社の担当につかまって、ずっと徹夜続きだったらしい。お前が出張で携帯がつながりにくかったのもあるかもしれんが」
浅見は唇を噛んだ。
「あの女……宮本さんにまで……」
高木は肩をすくめた。
「さすがに苦情を言ったがな。だが代償は痛い」
浅見は何も言えなかった。
ヴァルカン社の担当、城山綾乃は厳重注意を受け、担当から外された。
おかげで、深夜の呼び出し電話は完全になくなった。
その一方、こちらでは主戦力の宮本優奈が入院してしまった。
◇ ◇ ◇
深夜の開発室。
優奈の見舞いから戻った浅見は、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
◇ ◇ ◇
病院の優奈は、明るさをすっかり失い、力なく笑っていた。
「でも、おかげでゆっくり寝られているわ」
優奈の前向きな言葉だけが救いだった。
もちろんそれが無理をしていることぐらい、浅見にもすぐにわかった。
浅見は、優奈にできるだけのことをすると言った。
あの明るい優奈が、目に涙を浮かべながら自分にしがみついてきたのは、彼女の心が弱った証拠だったのだろう。
浅見はそう思った。
◇ ◇ ◇
「俺もそろそろ、やばいかもしれない……」
浅見は疲れ切った体を起こすと、優奈のことを思い出しながらノートパソコンを開いた。
「自分まで倒れたら、宮本さんの場所が無くなってしまう……」
浅見は休暇申請の社内サイトを立ち上げた。
ふと窓際から鈴の音が聞こえた。
目を向けると黒猫がいた。
鈴の音が静まり返った空気に鮮明に響く。
浅見は口を開いた。
「お前、クロなのか?」
「ああ。でも正確には『そうだった』と言うべきかな」
浅見は、机の上の写真と黒猫を見比べた。
「……正直、怖くなってきたんだ。お前のことが」
「どうしてだい?」
「クロに会えたのは嬉しいんだ。たとえ幽霊でもな。でも、願いの代償が自分以外に及ぶのは耐えられない」
クロは一瞬黙り込み、静かに言った。
「誤解してるよ。吾輩は霊ではない」
浅見は目を見開いた。
「幽霊じゃなきゃ、どうしてこんな現実離れしたこと……願いを叶えることができるっていうんだ?」
クロが応えた。
「吾輩は願いを叶えているんじゃないのさ。不確定なものを確定しているだけだ」
クロが近づいてきた。
チリン、チリン。
鈴の音が鳴り響く。
「悠人。人間の心が揺らぐとき、吾輩は観測されるんだ」
クロが浅見の足元に来て、浅見を見上げた。
「つまり、心が病みかけている時とか、何かに悩んでいる時さ」
クロが続ける。
「そういう、心が量子状態になっているとき、周辺の世界の確率が揺らぐんだ。吾輩はその揺らぎに現れる。そして揺らぎを確定するんだよ」




