第七章 ものをいう猫、三たび
しばらくして浅見がぼそっと口を開いた。
「担当を変えて欲しい」
「次は、それかい?」
声が聞こえた。
その方向に視線を向けると、黒猫が入口のドアそばにいた。
鈴をチリンと小さく揺らしながら、浅見の方へ歩いてくる。
浅見はしばらく黙り込み、やがて首を振った。
「……いや、やめておく」
「なぜだい?」
「物語でよくあるだろ。幽霊に願いを続けると、代償がどんどん重くなるって話」
黒猫は、浅見の足元まで来ると、静かに尻尾を振った。
「なぜ吾輩が霊だと思ったんだい?」
「突然現れたり消えたりするし、こんな遠い街にまで現れたりする。幽霊じゃなきゃ無理だ」
黒猫はニヤリと笑った。
「勘がいい子供だったもんな、悠人」
携帯電話が振動した。また城山からの着信だった。
「さっきのプログラムだけど、やっぱりつけることにするわ。さっきの仕様で明日の朝までに送ってちょうだい。じゃあそれで」
それだけまくしたてると、一方的に電話が切れた。
浅見は、忌々しげに携帯電話を眺めていた。
「前言撤回! 担当を変えてくれ」
「そうか、わかった」
黒猫はそう言うと、浅見の机に飛び乗り、携帯電話に触った。
「悠人の悪い癖は、ときどき思考が量子状態になることだな」
「……それは俺の癖じゃない」
「まあ、人間も量子状態ってことだね」
黒猫は床に飛び降り、薄暗いドアに向かって走っていった。
スキップするように走る癖。見覚えがある走り方。
浅見は叫んだ。
「待ってくれ! やっぱりお前、クロだろ?」
返事はなく、小さくなる鈴の音だけが響いた。
◇ ◇ ◇
その後の出張は楽だった。
携帯電話が鳴る頻度が格段に下がったからだ。
夜間の呼び出し電話が減った浅見は、すべての予定を滞りなく終わらせ、帰社することができた。




