↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/12

第九章 クロの正体

 浅見は戸惑った。

「……どういうことだ? あまりに抽象的すぎて、理解がおいつかない」

「じゃあ、具体的に話そうかな」

 クロが顔を前足で掻き、もう一度浅見を見上げた。


 クロが淡々と話しはじめた。

「一回目の悠人の願いを思い出してみてくれ。納期に間に合わない状態を『1』、間に合う状態を『0』とすれば、悠人が困っていた状況は、いわば『1』と『0』が重なり合った量子状態だ。つまり揺らぎの状態さ」

「でも、バグに気づいて間に合った」

「そう、吾輩は揺らいだ状態に現れて……『0』に確定したのさ」

 クロは鈴を揺らした。


「そんな馬鹿な……量子コンピュータじゃないんだぞ。じゃあ二回目も?」

 浅見は半信半疑だった。

「検査結果の陽性を『1』、陰性を『0』とすれば?」

 クロが、問いに問いで返す。

「……検査前の『1』と『0』の重ね合わせを『0』に確定したのか?」

 浅見がさらに問いで返す。

「まあ、いい線いってるね」

 クロが微笑みを浮かべながら言った。

「正しくは『0に確定するための検査キットを悠人自身に選ばせた』のさ。キットの選択はいわば揺らぎだから」

 浅見はあのプレゼンの朝のことを思い出した。

……そうか、検査キットがつねに陰性と表示されれば、それはコロナと判定されない……

 

 浅見がそう合点すると、疑問が浮かんだ。

「ちょっと待ってくれ……じゃあ俺はあの日、本当はコロナになってた……ということか?」

……実は陽性だったのか? なら、ヴァルカン社で流行したのも俺が原因……

 愕然とする浅見に、クロは悠然と応えた。

「さあ? わかるのは観測できたことだけだ」


「で、三つ目の願いだが……」

 クロが畳みかける。

「いい、わかった。やめてくれ……」

 浅見は頭を抱えた。

……三回目のあの後、しばらく携帯電話がつながりにくくなった……

 浅見が自問自答した。

……それは、城山綾乃から見れば俺はいないもの同然と観測されることになる……


 やがて浅見は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

……じゃあ、宮本さんの入院を確定させたのは、俺か? 俺なのか?……


 浅見は再びクロを見た。

「そんな揺らぎの中に現れて、観測によって状態を確定させるなんて、クロ、お前はまるで……」

 浅見はクロの丸い瞳をじっと見つめた。

「『シュレーディンガーの猫』そのものじゃないか」


「正解《イグザクトリー》」


 クロは少し寂しげに笑い、ウィンクしながら言った。

「やっぱり勘がいいね、悠人」


 浅見は言葉を詰まらせた。

「クロ……お前、そんなものに……」

「ああ、なると苦しいものさ。『生《1》』と『霊《0》』が重なりあった存在は」

 呆然とする浅見の前で、クロは後ろを向いた。

「そして、人間に見える状態を長く続けるのはもっと苦しい……だから失礼するよ」


 チリン。

 クロは暗い部屋の隅に向かって歩いて行き、やがて浅見の目に見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。