第一章 プレゼンテーション
浅見は段ボール箱と猫のぬいぐるみを自分の前に置いた。
社員たちの視線が集まってくる。
浅見は深呼吸をし、プレゼンを始めた。
開発部長の高木真一は腕を組み、無言で構えていた。
浅見はプログラマーとしては一流だった。だがプレゼンの能力はまだまだ二流以下だと高木は思っていた。
先輩のSEである宮本優奈が、心配そうに浅見を見ていた。
◇ ◇ ◇
「量子コンピュータは、量子状態というものを扱います」
浅見はそう言いながら、段ボール箱を開く。
「この箱は、閉じた瞬間に毒ガスが出る可能性が二分の一あると考えてください」
浅見は猫のぬいぐるみをもつと、段ボール箱に入れた。
「この箱に猫を入れてフタを閉じたとき、ガスが出れば猫は死にます。出なければ生きていることになります」
浅見はふたを閉じる。
「この猫が生きているのか、死んでいるのか。ふたを開けるまでは誰にもわからない」
浅見が箱を開けると、猫のぬいぐるみが倒れていた。
「この、猫が死んでいる状態を『0』とします」
浅見は箱に手を入れ、再びフタを閉じた後に開いた。
今度は猫のぬいぐるみが立っている。
「この、猫が生きている状態が『1』です。でも観測するまでは、『0』か『1』かわからない。重なり合った状態にあるんです」
浅見は、大型モニターにPCの画面を表示させた。
「この不確定な猫は『シュレーディンガーの猫』と呼ばれています。そして、この重なり合った状態、すなわち『0』と『1』が観測するまで確定しない状態を量子状態といいます」
さらにモニターを指しながら続ける。
「従来のコンピュータでも量子状態をシミュレーションできますが、指数的に計算量が増えるため現実的ではありません。量子コンピュータは量子状態を物理的に扱えるため、不確定性を扱う問題では計算の高速化が期待されます」
◇ ◇ ◇
浅見のプレゼンテーションが終わると、高木は少し唸ってから口を開いた。
「うーん。もう少しわかりやすく改善したほうがいいな。三日後、もう一度みせてくれ」
会議室の空気が緩んだ。
◇ ◇ ◇
会議室のドアが開き、社員たちは散っていった。
優奈が浅見に近づく。
「浅見君、あのプログラムは?」
「今夜中に仕上げます」
「大変だけど、頑張って」
浅見はうなずくと、開発室に向かった。優奈も浅見に続いて開発室に歩いて行った。




