四話『初めての野営』
村から旅立ち、三時間後。そろそろ何処かで野営をしないと徹夜で隣町に向かうことになる。
辺りは森だらけ、野営地のような場所は何処にもない。
これは困ったと首を傾げていると、ヒリアが小さな袋から巨大なテントを取り出した。
「リベル。これ結界付きのテントですから、安全ですよ?」
「凄い。それも錬金術?」
「はい。戦闘だけが魔法じゃないんですよ? 魔道具や錬金術だって立派な魔法です!」
「流石は生活能力だけは主婦並みだね」
ヒリアは恥ずかしそうにもじもじしながら照れた。
「つまり将来嫁に貰いたいってことですね?」
「ち、違う。そ、そうじゃないってば」
全くこの子はいつもあたしを振り回してばかりだ。まあ。そんなところが面白いんだけどね。
とりあえず妙な空気になったので無理矢理話題を変えることにした。
「そ、そんなことよりご飯にしない?」
「ご飯!! 大賛成です!!」
あ、詰んだ。ヒリアは人の四倍食べるんだった。
食料二日分しか持ってきていない。
そんな時、ヒリアは収納袋から美味しそうなチキンを取り出した。
「実は宴会のご飯を少々くすねてきたんですよね。収納袋なら腐らないので……」
あたしはじとっとした目でヒリアを睨んだ。
「それ、絶対に数日分じゃないよね? あとで夜食の分とかも用意しているでしょ?」
「あはは。バレましたか……」
「全く礼儀正しいのに、ヒリアって意外と悪いこと平気でするよね……」
「だって村を救って兵士を治したのはわたしなんですよ? これくらいすくねたって別にいいじゃないですか!」
「いや。それ普通にアウトだから……」
「そんなぁ……」
「よしよし。反省しているならそれでいいからね?」
「リベルゥゥゥ! 好き!」
「だからなんでそうなるんだよ!」
完全に自業自得とは言え、とりあえず頭を撫でておいた。きっと村の英雄を盗人扱いするように人たちじゃないだろう。
それにチキンだ。あたしはチキンが大好物なのだ。ここはご相伴に預かることにしよう。
これであたしも同罪である。
そう割り切ってなるべく自分が悪く聞こえないように食事にするためにヒリアの声をかけた。
「ヒリア。もうくすねたのは仕方がないし。せっかくのご馳走だから楽しもうか?」
ヒリアの顔はぱあっとわかりやすく明るくなった。
「いいですね! 食べましょう。すぐ食べましょう。はい。チキン好物ですよね。どうぞ!」
「うん。ありがとう……」
ああ。やっぱりチキンは美味しそうだ。あたしはチキンの足の包み紙を掴み、パクリと口内へ放り込んだ。
甘じょっぱいタレの味とチキンの柔らかくも食感のいい味わいに、脳汁が溶けそうだった。
「……美味しい」
「ですよね。二十個くらいくすねてきたので遠慮せず食べてください!」
「いやいや。あんたは村の英雄とは言え、もっと遠慮しなよ……」
「えへへ……」
まあこの際お説教は後だ。それより村のみんなが用意してくれているチキンを食べきってしまおう。
結局、食が進み、あたしは三羽。ヒリアは九羽も食べてしまった。
なんという無尽蔵な食欲だ。
今後の食費のこと考えたら街で冒険者をしてたくさん路銀を稼がないといけないな。
生活のことを冷静に考えていると、ふとヒリアが肩を預けてきた。
「お腹いっぱいになったので、しばらくこうしていてもいいですか?」
「どうぞ……」
「じゃあ遠慮なく」
肩と肩が触れ合う。
ドキドキというより、甘く溶かされそうな安心感がある。
こんな時間も悪くないなと思う。
すると、続いてヒリアが、あたしの手を握ってきた。
それに合わせるように指を絡めてしっかりと握る。
ヒリアの指の感触はちょっとだけゴツゴツしていた。
あれだけ毎日剣を振っているのだ。
そりゃあ手に豆だってたくさんできる。
一方肌が強いのか、あたしの手はヒリアよりぷにぷにしている。
同じ量だけ剣を振っているのに、あたしの手はスプーンより重い物を持ったことがないくらい綺麗だ。
でもあたしのなまっちょろい手より、努力で積み重ねたヒリアの手の方が好きだ。
しばらく互いの体温を確かめ合っていると、外も冷えるので眠気がやってきた。
「そろそろテントの中に入らない? 寒くなってきたし」
「そうですね。きちんと寝袋も用意しているので安心してくださいね!」
「流石。生活能力だけは本当にきっちりしているんだから」
「そうですか。えへへ……」
それ以外は天然で、お調子者で、食いしん坊だけどとまで余計なことは言わないことにした。
もしも追い出されでもしたら寒空の中で野宿だからね。
あたしはヒリアから寝袋を受け取り、その中に入った。
意外とぎゅっとしていて、温かくて安心感あるな。
あたしは寝ようとしたがなかなか寝付けなかった。
その時、ヒリアが向かい側の寝袋から手を差し出してきた。
「眠れませんか?」
「うん。まあ……」
「もしかしてお母さんのことで悩んでいるのですか?」
流石幼馴染の親友だ。こちらの心情はお察しというわけか。
あたしは素直に少し甘えるように、語ってしまった。
「実は不安なんだ。母さんはよくわからないけど、魔族に命を狙われているからね。もう死んじゃったんじゃないかって不安なんだよ」
あたしの正直な気持ちを聞いて、ヒリアはあたしの寝袋のチャックを開けて、手を握ってきた。
「大丈夫です。きっとお母さんは無事ですよ。だからですね。安心して眠れるように手を握っていてあげます」
そのヒリアの優しさにあたしは柄にもなく、頬から雫を垂れ流してしまった。とめどなく溢れて、あたしはヒリアの手を握りしめた。
「ありがとう。ヒリア。本当にありがとう……うぅぅぅ……」
ヒリアは優しくあたしの頭を撫でた。
「泣いたっていいんですよ。リベルが意外と泣き虫なのは昔から変わりませんからね」
「うぅぅぅ。うるさい……」
「はいはい。今日はもう寝ましょうね。ずっと朝まで一緒ですよ」
ヒリアの手は温かくてゴツゴツしていて、なんだか安心する手だ。
あたしはその手に縋りついて甘えるように、深い微睡の中に誘われていった。




