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終結保留都市——結び目

「一緒に帰ろ」というゲルヘナさんの一声で、俺は留置場を後にする事になった。


上層階は幹部の住居ってMAO様、言ってたっけ……。


そんな事を思い出しながら、俺達は彼女に連れられて魔王城内部の大型昇降機へ乗り込む。


無機質な駆動音と上昇する浮遊感を感じながら、俺は道中、聞かされた話を頭の中で反芻していた。


ダンの事。


教団の事。


そして——神を作る研究とボルタス。


考えるべき事は山ほどある。

けれど、今はまだ整理が追いつかない。


だから俺は、一旦それらを頭の隅へ押し込んだ。


モチャルカは現在も医療区画で精密検査中だそうだが、命に別状は無く、精神状態諸々、安定しているらしい。


それを聞けただけでも、正直かなり救われた。


……解剖とか実験でもされてたらと思ってたから……一先ず安心だ。


なによりあのモチャからの手紙が無ければ、俺は今頃まだテロリスト扱いだった可能性すらある。


けどそれ以上に驚いたのはゲルヘナさんは最初から俺の釈放へ向けて裏で動いてくれていた事だ。


勿論、全部を信じ切っていた訳じゃないだろう。


それでも、状況証拠や俺自身の行動を見た上で、“利用価値がある”ではなく、“切り捨てるべきではない”と判断してくれていたそうだ。


……どこまで見えていたのやら。正直怖い。


「どしたん神妙な顔して?」


「……誰のせいだと思ってるんですか」


ゲルヘナはケラケラ笑いながら壁へ寄り掛かる。


「自由になった筈なのに連行されてるからですよ」


「連行て。

 人聞き悪いなぁ」


やがて、昇降機が停止音を鳴らし、扉が開くと見慣れた客間区画への通路が見えた。


「あ、じゃあ俺ここで——」


降りようとした瞬間、後ろから首根っこ掴まれる。


「いやどこ行くん」


「どこって客間に……」


「もう客間にアンタの部屋は無いで?」


「えぇ……」


ゲルヘナは呆れたようにため息を吐く。


「あんだけ好き勝手して?

ややこしい問題首都に持ち帰って?

審刃円環半壊させてまだ客扱いされる思っとるん?」


「じゃあやっぱり連行じゃないですか!!」


「前科持ちやからな」


「不問の筈では!?」


思わず叫ぶと、ゲルヘナは腹を抱えて笑った。


「細かい事はええんよ別に。

 とにかく、おばちゃんちおいで」


「……」


「私だけじゃあの大きい部屋も持て余しとるしな。

 それに……みんなも待ってるで」


その言葉へ、何故か少しだけ返答に詰まった。


“みんな”。


その響きが、不思議なくらい胸の奥へ残る。


牢屋を出たばかりだというのに。


追われて、巻き込まれて、戦ってばかりだった筈なのに。


どうしてか——。


今だけは、“帰る場所”みたいに聞こえてしまった。


「……お世話になります」


そう答えると、ゲルヘナは満足そうに笑った。


昇降機は再び浮遊感を帯び、更に上層階へ登って行く。


客間の区画を通り過ぎた辺りで内装が少しずつ変わり、豪華というより、“生活感”が混ざり始めた。


壁際には乱雑に積まれた書類箱や武器立て。


誰かが食べかけたまま放置したらしい果物。


妙に緩い空気。


「上層階ってこんな感じなんですね……なんというかもっと厳かなのを想像してました。」


「下は仕事場やしなぁ。

 それに私生活までピリピリしとったら疲れるやん」


「魔王軍幹部の私生活、思ったより雑なんですね……」


「失礼やな。

 みんな最低限は片付けとるよ」


そんなやりとりをしている内に、昇降機は最上階で停止する。


開いた先には、広めの廊下と大きな扉。


そしてその前には既にイエナが待ち構えており、目が合うと彼女の尾が少し揺れた。


「お、おぅ。ちゃんと戻ったな」


「傷だらけだけどねぇ……ゲルヘナさんにはこってり絞られたよ」


「つい興が乗ってしもてなぁ〜!! 旦那借りたでぇ」


「借りるってレベルじゃないですけどね……。」


「照れるなぁ」


「褒めてない!!」


俺が抗議すると、イエナは呆れたようにため息を吐いた。


「……まぁ、元気そうで安心したけどよ」


そう言いながらも、イエナの視線は俺の右腕へ向いている。


包帯越しでも隠しきれない損傷跡。


やっぱり気付かれるか。


「大丈夫 これ別に大した事——」


「あるだろ馬鹿」


即答される。


「……」


「ゲルヘナ。返すならちゃんと壊さず返せよ……いくら世話になったアンタでも度を越すぞ。」


少し低い声。


怒っている……というより、心配していたのが分かる声音だった。


「堪忍な イエナちゃん。

 けど、これも必要工程やったんよ」


俺のよく知る彼女なら「必要工程で他人様の旦那、傷物にするとは良い度胸じゃねぇか」とでも返しそうだが……


「……そうか

 アンタが言うならそうなんだろう……気にいらねぇがよ」


やけに大人しく、それこそ借りて来たハイエナの様に引き下がった。


「え……イエナ……やけにゲルヘナさんに対しては折れるね。

 弱みでも握られてる?」


「はぁ!? 世話になったからだが!? 殴るぞ!!」


「せやよ。弱みなんて握ってへん 風呂の沸かし方からトイレの流し方まで私が教えーーもがっ」


イエナは跳躍して咄嗟にゲルヘナの口を塞ぎ、毛を逆立たせながら叫んだ


「誠一郎、聞くな!! 先入ってろ!! アタシはこの鬼ババァと話がある。」


「ええねぇ!! 晩ご飯前の軽い運動といこうかぁ!?」


随分仲良くなったんだな。

まぁそれもそうかこの魔王国に来てもう1週間以上経つんだもんな


微笑ましく思いながら、騒がしい声を背後に扉の前に立つと不意に扉が左右へ静かに開く。


どうやらオートロック式らしい。


「……へぇ」


中へ一歩踏み入れるとそこに広がっていたのは、想像していた“魔王軍幹部の私室”とは全く違う空間だった。


天井は高い。


けれど内装は妙に生活感がある。


大理石や黒金属で統一された壁面。

間接照明。

広い玄関ホール。


その造りだけ見れば高級なのに、靴は雑に置かれてるし、廊下の端には何故か書類の山まで積まれていた。


……高層マンションの一室みたい。


そんな感想を抱きながら視線を上げた瞬間、廊下の先。


壁から、ひょこりと黒髪が覗いた。


「……」


無表情。


じっとこちらを見る小さな顔。


「……マリィ」


名前を呼んだ瞬間。


スッ。


物凄い速度で壁の向こうへ引っ込んだ。


「ちょっ待ちなさい」


俺がそう言うと、数秒ほど沈黙。


やがて、観念したみたいに再び壁から半分だけ顔を出す。


「……怒ってる?」


「怒ってるよ」


当たり前だ。


マリィは少しだけ目を伏せる。


「そう……」


静かな声。


いつもの無表情なのに、ほんの少しだけ申し訳なさそうにも見えた。


俺は小さく息を吐く。


「……けど、逆に吹っ切れた所もあるし、お陰でイチローの存在に気付けた」


「……」


「だから、俺は君の事を責めないし、君が自分から話すまで待ち続ける。

 これ以上の秘密があったとしてもね」


その言葉に、マリィは僅かに目を見開いた。


「そう。なら——」


彼女が近付いてくると同時に握り拳に力を込める。


ゴッ。


「痛い」


無表情のまま、額を押さえるマリィ。


俺は軽く拳を握ったまま見据える。


「これはゲルヘナさんを危険に晒した分」


「……」


「君が必要最低限しか語らないのはいつもの事だけど、それが原因で他人に迷惑掛かるのはダメ」


マリィは黙ったままこちらを見上げる。


その赤い瞳が、ほんの少しだけ揺れた。


「私の事……嫌いにならないの?」


ぽつり、とあまりにも弱い声で少しだけ困って頭を掻く。


「混乱したし、流石にちょっとムカついたよ」


俺が、自分は何者なんだって悩んでた事。


イチローの事も、マコトの事も、俺の中にある違和感も。


全部、君は最初から知ってた。


君の“半身”はずっと俺の中に居たんだろ?


なら、俺がどれだけ自分の存在に悩んでたかも、きっと分かってた筈だ。


始まりから終わりまで全部知ってる癖に、君は何も言わなかった。


……なのに。


危なくなった時だけ、勝手に守って。


俺が壊れそうな時だけ、勝手に手を伸ばして。


「ずるいよ、そういうの」


整理なんて全然ついてない。


多分これから先も、簡単には割り切れない。


けれど。


「それ以上に俺、今、幸せだから」


「……」


「だからまぁ……これでチャラ」


その後、マリィは少しだけ黙り込んでいた。


何かを考えるみたいに視線を伏せ——やがて、そっと俺の袖を掴む。


「……来て」


「ん?」


「こっち」


小さく引かれるまま廊下を進む。


その背中はいつも通り小さいのに、妙にぎこちない。


……多分、気まずいんだろうな。


そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。


やがて通された先には広いリビングがあった。


大きなソファ。


高めのテーブル。


壁一面の巨大な窓の向こうには、魔王国の夜景が広がっている。


そして——。


「あ、やっと帰って来たね」


奥のキッチンから、エプロン姿のネリュスが顔を出す。


なんか随分久しぶりにその姿見たなぁ。

月哭村で出会った時みたいでやっぱり似合ってる。


「やっぱりネルはエプロン姿が似合うね」


「煽てたっておかずは増やさないよ?」


くすくす笑いながら、鍋をかき混ぜており、テーブルの上には既に料理が並んでいた。


香草の効いたスープに肉料理と焼き立てのパン。


……なんか、普通の食卓だ。


燈守だの教団だの魔王候補だのやってた直後とは思えないくらいに。


そんな中、マリィが、とことことテーブルの端へ向かい、小皿を両手に持って戻ってきた。


「……これ」


「ん?」


差し出されたのは、少し歪なおにぎり。

白色に照り輝き、海苔が一巻き、小さく山形に握られている。


「おにぎり……?」


「おむすびよ。 作ってみたの」


「へぇ」


俺はとりあえず手掴みで一つ摘まむ。


……うん。


「昆布も入ってるね。 あまじょっぱくて美味しいよ」


「そう」


「けど、世界観違くない?」


見た目からして完全に“和”だし、ネリュスの作ったであろう他の料理との世界観がズレているが、マリィはいつもの無表情のまま答えた。


「願掛けよ」


「願掛け?」


「結ぶの」


「……?」


マリィは少しだけ視線を逸らした。


そして。


「ちゃんと、“返ってくる”ように」


「……?」


意味が分からず眉をひそめる俺へ、マリィは静かに続ける。


「これから先、きっと色んなものが離れていくから」


「色んなもの?」


「貴方に集まっていた期待。

 貴方へ向けられていた願い。

 貴方を、前へ進ませ続けていたもの」


「……何言って」


「だから、願掛け」


マリィはそう言って、俺の持つおむすびへ指先を伸ばすと、小さく形を整えるように角を押した。


「ちゃんと結び直せるように」


「……」


「誰にも見られなくなっても」


その言葉だけが何故か妙に、胸の奥へ冷たく残った。


「ほら! 二人ともなに突っ立ってるの。

 誠一郎君は手洗って。マリィちゃんは二人呼んできて」


ネリュスの声で現実に戻される。


「はいはい」


「……わかったわ」


マリィは小さく頷くと、とことこと部屋を出て行った。

さっきまでの妙な言葉もその背中を見るといつも通りにしか見えない。


……どういう意味だったんだろう。


そう思いながら、俺は洗面台へ向かう。


蛇口を捻ると温かな水が流れ出し、手についた僅かな薬品臭や血の匂いを洗い流す。


「それにしても……」


鏡の中の自分は相変わらず酷い有様。

顔には細かい傷、右腕に巻かれた包帯には血が滲んでいる。


「イエナが心配する訳だな」


誰に言うでもなく呟く。


けどまぁ少し前まで、本気でここへ戻って来られない可能性もあった。

戻ってこられただけでも良しとしよう。


手を拭いてリビングへ戻る頃には、ちょうど玄関側が騒がしくなっていた。


「ええ腹ごしらえになったで イエナちゃん!」


「……ぜぇ……ぜぇ………この……バケモノ」


「照れるわぁ!」


「褒めてねぇ!!」


マリィと共にゲルヘナとイエナが揃って入って来る。

髪は乱れて服も少し皺だらけで、何よりイエナが完全にばててる……たった数分でどんな死闘を繰り広げたんだ。

ってかそれ以上にゲルヘナさんがタフすぎるんだが。


「ネルちゃんごめんなぁ。

 病み上がりやのにお任せして」


「全然!! リハビリにもなりますし、私料理するの好きなんで!」


そう言いながら、ゲルヘナが椅子へ腰を下ろした。

イエナも不機嫌そうな顔をしているが、その尻尾だけは微妙に落ち着いていた。


ネリュスが最後の皿を並べ終えるとマリィも自分の席へ座ると自然と全員の視線がテーブルへ集まる。


湯気の立つ料理。


柔らかな灯り。


窓の外には魔王国の夜景。


ほんの少し前まで牢屋にいたのが嘘みたいだった。


「んじゃ」


ゲルヘナが手を合わせ、それにつられるように皆も手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


「いただきます」


「……いただきます」


声が重なるその瞬間だけは、ダンの事も。教団の事も、神だの英雄だのという面倒な話も全部、少しだけ遠くなった気がした。


俺は湯気の立つスープへ手を伸ばす。


今だけはただ、この食卓を楽しもうと思った。

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