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終結保留都市——空白の預言

審刃円環を後にした俺達は、勾留区画内にある簡素な談話室へ通されていた。


談話室は無機質な灰色の壁に金属製の机。


備え付けのソファは妙に硬く、座り心地も悪かったけれど、数十分前まで戦場そのものみたいな場所に居たせいか、その安っぽさが逆に妙な現実感を生んでいた。


そこで俺は、ダンとの出会いから魔王国へ至るまでの経緯を掻い摘んで話す。


謎の異形とそれを追う暦信教。


モチャという名の兎。


マリィやネリュスとの出会い。


そして、王都での出来事。


途中からゲルヘナは頬杖をつきながら聞いていたし、MAOも何度か空中へ演算ウィンドウを展開していた。


けれど——


“ダンとの何でもない日常”を話し始めた辺りから、二人とも妙に静かになっていた気がする。


「……なるほどの」


ぽつり、と。


MAOはどこか疲れたように額へ手を当てる。


『……しかし、信じ難い話じゃ。

 まさか暴徒に成り果てながら、生き延びておったとはの』


「それをモチャルカと同じように弄って、兎へ戻した。

 実例を見てしまってる以上、完全には否定しきれません」


ゲルヘナが静かに呟く。


「ですよね。俺も色々ありすぎて、途中から驚くのをやめました」


『貴殿もようそれで生きてこられたのぅ……

 それも数ある選択を誤らずに』


呆れ半分、感心半分みたいな声音。


俺は少しだけ肩を竦めた。


「違いますよ。俺一人なら、多分……何も乗り越えられなかったです」


自然と、これまで出会ってきた顔が浮かぶ。


マリィ。

イエナ。

ヴェル美。

ネリュス。

ダン。

ぬらり村の人達。


「皆が助けてくれたから、俺はここまで来れたんです」


その言葉に、ゲルヘナがふっと笑った。


「調子ええなぁ自分。……けど嫌いやないで」


次の瞬間。


バシバシッ!!


「っだぁぁ!? ちょ、強い強い!!」


右肩を思い切り叩かれ、思わず悲鳴が漏れる。


「右腕まだ完全に繋がってないんですけど!」


「その程度アンタなら唾つけときゃ治るやろ。ツユハも言うとったで?」


「切り落とした本人が言っていい台詞じゃないですからねそれ!?」




騒がしいやり取りが一段落し談話室へ小さな静寂が落ちた。


そんな空気の中で、俺はゆっくり息を吐く。


「……俺、やっぱりダンを探したいです」


ゲルヘナとMAOの視線がこちらへ向く。

ちゃんと自分自身の思いを包み隠さずに、伝えなきゃいけない


「手紙読んで余計そう思いました。

 生きてるなら尚更、放っておけない」


あいつは絶対、一人で無茶をする。


多分、“調べるべきもの”とやらも、一人で抱え込む気だ。


だったら尚更——。


「だから、こんな所で足止め食らってる訳にはいかないんです」


そう言い切ったが、ゲルヘナは静かに首を横へ振った。


「……それはアカン」


「なぜです!?」


「王子殿下を探すんは、アンタ一人に背負わせてええ話やない」


先程までの軽い調子は消えて魔王軍幹部としての声音で淡々と告げた。

そしてMAO様も同じように頷いて足を組み替える。


『仮に本当に生存しておるなら、国家案件じゃ。

 動くべきは国全体。

 少なくとも、一個人へ押し付けていい問題でない』


「でも——」


「なにより」


ゲルヘナは、テーブルへ置かれた手紙へ視線を落とした。


「本人から“探すな”言われとるやろ」


「……っ」


言葉が詰まる。


分かってる。


分かってるけど。


「王子殿下のアンタを巻き込みたくないって気持ちは勿論、あるやろうけどな」


困ったように肩を竦めながら、ゲルヘナは続ける。


「面倒毎を増やされたくないってのが本心でもあるんちゃう?」


そんなこと言われたら何も言えない……否定出来ない。


実際今回も俺が原因で面倒毎に発展してる訳だし……けれども……


「せやから」


ゲルヘナは真っ直ぐに俺を見た。


「王子殿下の件は、うちら魔王国側で動く。

 それにな……正当なる後継者がおるのに候補者争いなんてさせとるわけにいかんのや」


「……」


「けどもし、その力持て余すんやったら……別件で力を貸して欲しい」


空気が変わる。


さっきまでの柔らかさが消え、部屋へ張り詰めた緊張が戻ってきた。


MAOも静かにこちらを見ている。


「……別件?」


ゲルヘナは頷き、ゆっくりと言葉を落とした。


「教団や」


その一言だけで、空気の温度が下がる。


『暦信教は今、水面下で妙な動きをしておる。

 我が息子の件とも、恐らく無関係でなかろう』


「……」


「せやけど、連中は尻尾を出さん。

 表から探っても限界がある」


ゲルヘナはそこで一度区切り——少しだけ笑った。


けれど、その目は笑っていない。


「やから、潜る」


「……潜るって?」


「捕虜を使ってな」


その瞬間、嫌な予感が背筋を走った。


「え……捕虜なんかいるんですか?」


「おるよ とびっきりのがな。

 MAO様 ええですね?」


MAOはしばらく沈黙したまま、静かに目を閉じていた。


無数に浮かんでいた演算ウィンドウも、今は最低限しか展開されていない。


まるで、“母親”へ戻ってしまった自分を、再び“魔王”へ戻そうとしているみたいだった。


やがて。


『……よかろう』


静かな声が落ちる。


『誠一郎に対する一連の嫌疑。

 これを全て不問とする』


「……!」


『加えて、魔王国内における行動制限も解除じゃ。

 無論、最低限の監視は続けるがの』


そう言ってから、MAOは真っ直ぐこちらを見る。


先程までの揺らぎは、もう無い。


けれど、その奥に僅かな柔らかさだけが残っていた。


『行ってよいぞ』


「……え? 本当にいいんですか?」


『魔王候補を必要とする条件そのものが揺らいでもうたからの

 全く……ゲルヘナにはしてやられたわ』


呆れたような声音。


けれど。


『ただし——独断専行は控えよ。

貴殿の行動は儂の演算を狂わせるでな』


「……了解しました。」


自然と頭が下がった。


すると横からゲルヘナが、ぽん、と俺の肩を叩く。


「ほな、行こか」


「行くってどこに」


「アンタに会わせたい奴がおるんよ」


嫌な予感しかしない。


魔王候補からの無罪放免。


この都合が良すぎる流れがゲルヘナの目論見通りに動いているのだとすれば本当の目的は多分これからだ。


ゲルヘナはそのまま立ち上がると、こちらへ付いて来るよう顎をしゃくった。









勾留所地下に進んだ更に奥。


幾重もの隔壁と認証を抜けた先に、その部屋はあった。


重厚な黒鉄の扉と周囲へ刻まれた封印術式。


更に、武装した魔族兵が無言で周囲を固めている。


「……なんか俺よりも厳重じゃないですか?」


「私が殺せる奴の警備は軽めにしてるんよ。

 けど中の奴は色々と面倒でそれが出来ん……」


さらっと怖い事を言いながら、ゲルヘナは認証端末へ手を翳す。


――ガコン。


重い音と共に扉が開いた。


薄暗い独房と中央へ固定された拘束椅子には幾重もの杭のような物が刺さっていた。


そして、そこへ座っていた人物を見た瞬間、俺は思わず目を見開いた。


「……は?」


白髪。


痩せ細った頬。


神官服。


けれど、その瞳だけは異様なほど濁っていない。


「……マクスウェル」


拘束された司教は、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。


そして、まるで最初から分かっていたみたいに、小さく笑った。


「おぉ……その何と神々しいお姿……お待ちしておりましたよ誠一郎様」


背筋がぞわりとした。


いや、今なんて言った? 聞き間違いか? 様付け? 

前のコイツはもっとこう、俺を含めて神に対する供物や駒程度にしか思ってない策略的な信奉者って感じだった筈なのに……今のコイツからは……


「いや、そもそもなんでここにいるんだ……。

 お前はヴェル美さんに……燈守へ引き渡されたはずだろ!?」


するとゲルヘナが、「あー……」と困ったように頭を掻く。


「って事はアンタもその後知らんかってんな」


「……その後?」


「アンタらが魔王国に堕ちてすぐ位や。

 燈守の連中が魔王国との関係修復の材料として差し出してきたんや」


「…………はい?」


意味が分からない。


いや、言葉の意味は分かる。


分かるけど。


「なんで魔王国引き渡しに繋がるんです!? 外交カードって事ですか?」


「せやなぁ。実際、終戦後

 いや、厳密に言えば王子殿下が行方不明になって以来、魔王国と燈守の関係は断絶されていた訳やし」


「つまり……現状の教団内部を知るカードとしては」


「有用やな」


思わずマクスウェルを見る。


その姿はもはや管理というか封印だ。


けれど当の本人は、妙に穏やかな顔でこちらを見ていた。


「安心してください誠一郎様。

 私は今、非常に満たされています」


「え……何で」


「貴方様が無事であると確認出来ましたので」


「怖いゲルヘナさん!!

 コイツ、俺の知ってる彼じゃないですぅ!! まさか洗脳でも施したんですか!?」


ゲルヘナが吹き出しながらも小さくため息を吐く。


「失敬な!! 最初からおかしかったわ!!

 魔王国ならもっとまともに洗脳する」


「信仰心と呼んでほしいモノですね」


「黙れ!!」


ゲルヘナに即座に遮られ、マクスウェルは静かに微笑む。


その姿を見ながら、俺の中で嫌な予感だけがどんどん膨らんでいく。


そして。


その予感を肯定するように、ゲルヘナはニヤリと笑った。


「さて誠一郎、問題や。」


嫌な笑み……絶対ロクでもない。


「コイツの引き渡しついでもう一つ燈守はとある申し出を魔王国にしてきました。

 それは何でしょう?」


ゲルヘナの問いに、俺は少しだけ息を呑んだ。


王都と燈守。

英雄支持組織。

マクスウェルと教団。


そして、何より俺の今置かれた状況。


そこから連想される答えなんて、一つしかない。


「……イエナ、ですか」


談話室ではなく、重苦しい独房の空気の中。


自分の声だけが妙に大きく聞こえた。


「燈守は魔王国まで俺達の旅路の邪魔をしない。けど、魔王国には話を通しておく。

 後々、クロノア諸々引き渡して貰える様に……位しか思いつかないですね」


恐る恐る言うと、ゲルヘナはにやりと口角を上げた。


「正解や」


やっぱりか。


思わず奥歯へ力が入ったが次の瞬間、ゲルヘナは肩を竦めながら続けた。


「けどな、それは既に魔王国側が断っとる」


「……え?」


予想外の返答に間抜けな声が漏れる。


「なんでって顔しとるな」


「いや、そりゃそうですよ!? 別にイエナを引き渡した所で魔王国に損ないし——」


「割に合わんやろ?」


ゲルヘナは即答した。


「情報吐くかどうかも分からん捕虜と、王都の危機を救った英雄やで?

おまけに魔王国がわざわざ捕まえて渡したる義理もないやんか」


「……たしかに」


「なによりイエナちゃんはクロノア持ち。

 戦力価値も政治価値も高い。流石に釣り合わん……何より彼女はモノやないんよ」


その言葉に、少しだけ胸の奥が熱くなる。


魔王国側から見ても、イエナはちゃんと守る価値のある存在として扱われている。


それが何だか、自分の事みたいに嬉しかった。


「だから言うたった」


ゲルヘナは楽しそうに笑った。


「燈守創設時の正しい在り方を魔王国に示すなら動いたる。

 とりあえずその”捧げ物”だけ受け取っといたるわってな?」


「強気すぎません!?」


「けど正解やった。コイツ実際、何も吐かんし」


ちら、とゲルヘナが拘束椅子のマクスウェルを見る。


「拷問も効果なし」


「さらっと怖い事言いました!?」


「安心してください」


そこでマクスウェルが、穏やかな笑みを浮かべた。


「途中から皆様、疲れた顔をされていました」


「お前どんな拷問受けてたんだよ……」


「爪剥ぎ、電撃、精神潜航、記憶逆流、魂魄分離——」


「具体的に説明するな!! ご飯喉通らなくなる!!」


思わず叫ぶと、ゲルヘナがケラケラ笑う。


「まぁ、ほんまに全然効かんくてなぁ。

 あかんなぁ思っとった所に、アンタや」


「……俺?」


「せや」


ゲルヘナはニヤニヤしながら顎をしゃくった。


「試しに、“誠一郎との関係”聞いてみたらな?」


嫌な予感しかしない。


「……聞いてみたら?」


「ペラッペラや」


「うわぁ……」


マクスウェルが静かに胸へ手を当てる。


「語らずにはいられませんでした」


「なんでだよ!?」


「貴方様が余りにも尊く——」


「怖い怖い怖い!!」


ゲルヘナは腹を抱えて笑いながら続ける。


「しかもな?

 やられた事を全部、神話みたいに語り出して」


「コイツ絶対有る事無い事言ってる」


「“絶望へ堕ちた私を、救済の光が導いた真なる神”やったっけ?」


「少し盛りました」


「盛るな!!」


独房内へツッコミが響く。


けれど、その空気の中でゲルヘナだけは、徐々に真面目な顔へ戻っていった。


「せやから取引したんよ」


「……取引」


「教団の情報提供。

 それと、魔王国への協力」


そこで一度言葉を切り、ゲルヘナは俺を見る。


「その条件として、こうして“誠一郎との面会”を許可した」


「……は?」


俺が固まっていると、拘束されたままのマクスウェルが、ゆっくりと顔を上げた。


濁りの無い瞳。


まるで、本当に救われた人間みたいな顔だ。


「私は、貴方様を崇拝しております」


「やめて」


即答するが構わず、マクスウェルは止まらない。


「魔を救い、人を救い、獣すら切り捨てきれぬ貴方様が——」


「やめてって!!」


「もし彼らをも救うとあれば」


拘束されたまま。

それでも彼は、まるで祈るみたいに微笑んだ。


「その使いである我らもまた、共にその使命を果たすべきなのでしょう」


「……」


またぞわり。


狂信なのに、その目だけは妙に澄んでいるから余計に怖い。


「それで、さっき言っとった“潜る”って話やけどな」


ゲルヘナは拘束椅子のマクスウェルを軽く親指で示した。


「コイツの監視役兼、教団内部への潜入協力を頼みたい」


ゲルヘナは笑みを消したまま続ける。


「要は内部へ入り込める駒が欲しいんよ

 んで、コイツが“是非誠一郎様を”とか言い出してな?」


「なんで俺なの!?」


「MY GODだからです」


聞いた俺が愚かだった……。


「安心して下さい 神の為ならば障害となる全てを排除する覚悟です」


「貴方だから安心出来ないんです わかってる!?」


即座に叫ぶと、ゲルヘナが吹き出す。


「まぁ、冗談抜きでコイツ経由なら教団内部へ接触出来る可能性は高い

 元々それなりに高い地位やしなぁ」


「……」


「けど勘違いしたらアカン」


そこでゲルヘナの声音が変わり、軽さが消える。


「これは命令やない。

 魔王国からの正式な依頼や」


真っ直ぐに俺を見る。


「断ってくれて構わん」


「……え」


「アンタはもう無罪放免や。

 魔王国と教団のいざこざへ、これ以上巻き込むつもりもない」


その言葉に、少しだけ目を見開き、ゲルヘナは続けた。


「王子殿下の件もある。

 もうアンタは好きに動いてええ立場や」


「……」


「けど、もし受けてくれるんなら」


そこで一度区切り。


ゲルヘナは、ゆっくりと笑う。


「燈守絡みは、私が何とかしたる」


「……!」


「少なくとも、イエナちゃんの自由を勝手に奪わせたりはせん。

 聖剣絡みの政治利用も、出来る限り抑える様に動いたる。」


空気が静まり、その言葉の重みは、俺でも分かった。


多分これは魔王代理としての保証だ。


「なんでそこまでしてくれるんですか」


「……息子にはしてあげられへんかったからな。

 その代わりや」


ゲルヘナは肩を竦める。


「けど——」


その金色の瞳が、静かに細まった。


「教団は、多分アンタが思っとる以上に危ないで

 王都に現れたボルタスを名乗る青年……アイツも教団の研究の産物やって情報や。」


「……研究の、産物?」


「せや。

 しかも——アイツだけやない」


ゲルヘナの言葉に、独房の空気が静かに沈む。


「教団は今、“神を作ろう”としてる」


背筋を嫌な寒気が這うと共に、今まで静かに微笑んでいたマクスウェルがふと恍惚とした表情で呟く。


「断罪の獣、咆哮をもって天を穿つとき、三つの星、天の輪にて交わらん。

焔を背負いし影は南より現れ、沈黙に導かれしものは西に伏し、名を持たぬ光は東天をさまよう。」


「っ……」


「星々の交わり、定めの刻に満ちるとき、その姿、正しき視に映されしならば、象徴は実を結び、名は刻まれ、封ぜられし門は音もなく開かれん。


咆哮は世界を震わせ、秩序は裂け、偽りの神々は沈黙する。」


その瞬間。


拘束具越しですら分かるほど、マクスウェルの目が狂気に染まった。


「全て預言書にある通りなのです」


——あぁ。


やっぱりコイツは、“壊れてる”。


なのに。


その壊れ方だけが、妙に“人間らしく”見えてしまった。

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