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終結保留都市——未帰還者

なんて言ったこの人……いや、この鬼。


「えっと……冗談ですよね?」


「冗談に思うん?」


質問で返してみたが、彼女の細められた瞳は全然笑ってない。

冗談特有の“逃げ道”が、一切無い。


「なるほど……まだ俺の事試してるんですね?」


恐る恐るそう聞くと、ゲルヘナは「んー」と気の抜けた声を漏らしながら顎を掻いた。


「半分はそうやな」


じゃあ残り半分は何なんだ。

凄く嫌な予感しかしないが、ゲルヘナは気にした様子もなく続ける。


「けど実際、ちゃんとした地位を得れば今回の件は全部お咎め無しに出来る

 それこそ魔王候補者にでもなればな?」


「……魔王候補?」


「うちを含めた魔王軍幹部四名がそれぞれ推薦しとる有力者。いわば、魔王の卵やね」


ゲルヘナは肩へ担いだ大鎌を軽く揺らしながら、わざとらしく指を折っていく。


「勝手に廃棄区画へ侵入しました〜」

「国内限定とはいえ配信して、情報漏洩してました〜」

「危険疑惑個体を首都に連れ帰りました〜」


一拍置いて、にぃ、と牙を覗かせて


「とまぁあんたの罪は極刑一直線」


「自覚はありますけど……配信に関しては俺も本意ではなかったというか」


「せやろなぁ。

けど、“魔王候補”としてなら話は変わってくる」


ゲルヘナの口調が、僅かに芝居がかったものへ変わる。


「“独自行動による現地調査”」

「“未確認存在の保護”」

「“危険区域の実態把握”」


そのまま、うんうんと大袈裟に頷き。


「報告書次第で、いくらでも体裁は整えられるし、必要なら私の指示での行動やと追記してあげてもいい」


「なるほど……」


筋は通っている。


本来であれば願ってもない申し出だ。


片や牢獄暮らし。

片や特別待遇。


選択を迫られるまでもなく、普通なら答えは決まっている。


思わず納得しかけてたが……。


いや、待てよ。いくらなんでも都合が良すぎる。


「で? どうする?」


「いや、いやいやちょっと待って下さい!!」


声を裏返らせながらも俺は尋ね返す。


「流石にそんな大事な事、この場で決めていい訳ないですよね!? 

というか、肝心のMAO様本人に確認取らないと駄目な話では!?」


すると。


「安心せい」


不意に、空間へノイズが走った。


ピシ――ッ、と青白い走査線が空中を裂き、ゲルヘナの隣へ半透明の光が集束していく。


粒子が重なり、輪郭を持ち、やがて形作られたのは——小柄な少女。


『儂は了承済みじゃ』


「——MAO様」


MAOは楽しげに口元を緩めると、宙へ浮かぶ椅子へ腰掛け、優雅に足を組み直した。


『元よりこれは、儂自らの提案……いや、“提示質問”と言った方が近いかの』


「……どういう事ですか?」


『差出人不明のメッセージ』

『隔離区域への侵入』

『未確認個体との接触』


MAOは宙へ幾つものウィンドウを展開しながら、くすくすと笑う。


『泳がせてみれば、実に愉快じゃった』


「え……それって最初から……」


『うむ』


ぱちん、とMAOが指を鳴らすとその瞬間、空間一面へ映像が展開された。


イエナと布団へ潜り込んだ場面。

配信画面。

廃墟学園でのやり取り。

モチャルカの歪み摘出。

偽マリィの襲来。


そして、ゲルヘナによる判定まで何一つ漏らさず記録されていた。


「……マジか」


思わず漏れた声に、MAOは満足げに目を細める。


『お主らがどう動くかは、ある程度織り込み済みじゃった』


「……監視してたって事ですか」


『観察じゃよ』


即答するもも悪びれる様子は一切ない。


むしろ俺の反応を見て楽しんでいる節すらある。


『実に久しい。“予測からズレる個体”というのは』


「……ズレる」


『儂はな』


MAOの身体が、ノイズ混じりに揺らいだ。

肌が光の粒子みたいに崩れ、その内側から無数のコードと演算式めいた光が走る。


『とっくに肉体を捨てておる』


「……え」


『この首都の中枢管理機構——主制御領域と融合済みじゃ』


いきなり何言ってんだ。

さらりと告げられた内容が重すぎて、理解が追いつかない。


「融合……?」


『最初に貴殿と出会った時に話した通り。

 儂は、国そのものというわけよ』


宙へ広がるウィンドウ群。


都市構造。

魔力流路。

監視網。

生体反応。


膨大で、複雑で、常人なら見るだけで頭がおかしくなりそうな情報が、絶え間なく彼女の周囲を流れ続けていた。


『故に、大抵の行動は予測出来る』


MAOは頬杖をつきながら続ける。


『個人が何を考え、どこへ向かい、何を選ぶか——国家規模で演算出来るからの』


その言葉に、息が詰まった。


魔王が国を支配しているんじゃない。


言葉通りに国そのものが、魔王。


そんな存在相手に、隠し事なんて成立する訳がない。


いや——最初から、“隠し通す”という概念自体が存在していなかったんだ。


「……じゃあ俺達は」


『うむ。盤面の駒としては、大方予測通りじゃった』


あっさりと言い切る。


「……つまり」


喉が妙に乾く。


「俺が問題起こしそうなの、最初から分かってた。」


『ある程度はの』


「なのに止めなかった」


『止める理由がないからの』


「その結果起きた問題を、“魔王候補なら不問に出来る”って話へ持っていく……」


嫌な予感がゆっくり形となって、自然と声が低くなる。


「最初から俺に罪を被せる前提で、断れない状況に追い込んだって事じゃないですか?」


空気が静まり返る。


数秒の沈黙。


その後、ゲルヘナが「おー」と感心したように声を漏らし、MAOは少しだけ目を細め――やがて、楽しそうに笑った。


『正解じゃな』


「否定してくださいよそこは!?」


『いや、何もせず帰る可能性もゼロでは無かったぞ?』


「絶対低かったでしょう!?」


『うむ!』


即答。


しかも全く悪びれていない……なんかもう頭、痛くなってきた。


『大きな声を出すでない。貴殿は儂の想定以上の動きをした。暴徒との接触、侵食部位の切除、モチャルカの保護……』


MAOの周囲へ無数のウィンドウが展開される。


そこへ映し出されていたのは、俺の行動と、それによって大きく乱れた予測演算の推移。


幾重にも重なっていた未来予測が、俺の選択を境に一斉に分岐している。


赤と青の演算線が、何度も衝突し、逸れ、あり得たはずの未来から外れていく。


『本来なら切り捨てられる場面で、お主は必ず盤面へ干渉し、結果をズラした』


「……」


『故に欲しくなったんじゃよ、儂は』


MAOは頬杖をついたまま、愉快そうに笑う。


『国家演算を乱す例外と未来予測へ誤差を生む存在をな』


その瞳が、真っ直ぐこちらを射抜いた。


『お主は儂にとって、極めて希少な“想定外”じゃ』


ぞわり、と背筋が粟立つ。


初めてこの存在が、“魔王”として俺を見ている。


けれど。


「……高く買って頂いて、ありがとうございます」


そう返しながらも、胸の奥には妙な違和感が残っていた。


違う。


俺じゃない。


この国に必要なのは、多分——もっと別の誰かだ。


「けど、俺より魔王に相応しい人を、俺は知ってます」


その瞬間、ゲルヘナの眉がぴくりと動き、MAOが興味深そうに目を細める。


『それは誰じゃ』


「俺たちが今、探してる人です」


喉が妙に乾く。


けれど、もう黙っている理由もない。


「ダンシュペン・カリオン」


——空気が止まった。


「……何」


MAOの声から、初めて感情が抜け落ち、それでも俺は、ゆっくりと彼女を見る。


「MAO様……いや」


自然と、その名が口をついた。


「ヴァルディーネ・カリオン様」


次の瞬間。


——轟ッ!!


凄まじい圧力が空間を叩き潰した。


床が軋み、空中のウィンドウ群が一斉に赤く染まり、視界そのものが警告灯みたいに点滅する。


『——たわけが』


今までの軽薄さが完全に消え、MAOが、静かに立ち上がる。


その瞳だけが、凍えるほど冷たい。


『我が息子が既にこの世におらぬ事を知らぬわけではあるまい』


低い声。


感情を押し殺しているのに、逆にそれが底知れない怒気へ変わっている。


『儂自らが……教団施設にて亡骸も確認しておる』


空間へ無数の映像が走る。


焼け落ちた研究施設、崩壊した培養槽、血塗れの瓦礫。


そして。


一瞬だけ映った、角の折れた青年の姿。


『貴様——』


びり、とMAOの周囲から膨大な演算光が噴き上がる。


『我と、我が子を愚弄するか』


「違——」


『ゲルヘナ』


その名を呼んだ瞬間、更に空気の温度が一気に下がり、ゲルヘナは無言のまま、大鎌へ手を掛ける。


『——即刻、首を刎ねよ』


「……ッ」


殺気。


さっきまでの“判定”なんかじゃない。


本物だ。


今この瞬間、MAOは本気で俺を殺そうとしている。


ゲルヘナがゆっくりと前へ出る。


けれど。


「……MAO様。それは出来ません」


『……何!?』


「……この者はただ真実を述べているだけなのですから」


ゲルヘナは静かに目を閉じ——小さく息を吐いてから語り始める。


「数年前、王子殿下が最後に乗っていた飛行艇。

 ……今回、誠一郎達が乗ってきた機体と一致しております」


「——ッ」


MAOの表情が完全に固まり、ゲルヘナは続ける。


「墜落現場の状況もずっと気掛りではありました。」


静かな声だけれど、その内容だけで空気が変わる。


「座席は四つ。副操縦席には大量の血痕が残っており、ネリュス殿の負傷箇所と一致してます

後部座席も、使用形跡ありで不自然な点はありません。」


「……」


「しかし問題は——操縦席です」


ゲルヘナの目が細まる。


「その席だけ、“シートベルトが装着された状態”で残っていた」


背筋が、ぞわりとした。


「普通、墜落直前に脱出するならベルトは外す。

 逆に墜落時まで乗っていたなら、死体か血痕が残る」


淡々とした分析。


「けれども操縦席には誰もいなかった」


沈黙。


「……つまり」


俺が呟くとゲルヘナは、静かに頷いた。


「“最後まで操縦していた誰か”だけが消えてるんです」


静寂。


空気が、凍ったみたいに動かない。


けれど次の瞬間——


『……くだらぬ』


MAOが吐き捨てるように言った。


その声には、先程までの怒気とは別の色が混ざっている。


拒絶。


まるで、それ以上考える事そのものを拒むような。


『その程度で、何が証明出来る』


空中へ展開されていた無数のウィンドウが激しく明滅する。


『死体が見つからぬなど珍しくもない』

『焼失、捕食、空間断裂、転移事故——戦場では幾らでも起こる』


「……」


『それに貴様らは、たまたま同型機へ乗っていただけやもしれぬ』


その瞳が、鋭く俺を射抜いた。


『希望を見たい者は、どんな欠片からでも希望を捏造する』


低い声。


けれど。


それは俺へ向けた言葉というより——自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。


しばらくの沈黙が続き、それを壊したのはゲルヘナだった。


「なぜ拒むのです?」


『……何』


「我が子の生きている可能性をどうしてそこまで否定するのかと聞いています」


ゲルヘナは大鎌を添えたまま、真っ直ぐにMAOを見る。


「彼らの他に生存者がもう一人いる方が辻褄も合う。」


『黙れ』


「黙りません」


『ゲルヘナ……あの時の様にはいかぬぞ』


「貴方様がお望みなら何度でも止めて差し上げます。

 しかし、少しでも証拠を出せと言うのなら私が証明致しましょう。」


ゲルヘナは、ゆっくりと懐へ手を入れた。


その動作だけで、空気が変わる。


MAOの視線が鋭く細まり、空間へ展開されていた警告ウィンドウが一斉に赤く点滅した。


『……何をするつもりじゃ』


「証拠を出すだけです」


ゲルヘナは静かに告げると、一通の封筒を取り出した。


黒ずんだ紙。

端が少し焼け焦げ、何度も持ち運ばれた痕跡が残っている。


けれど。


そこへ刻まれていた封蝋を見た瞬間。


『——ッ』


MAOの表情が、初めて完全に固まった。


翼を広げた獅子。

中央へ刻まれた一本角。


魔王国王家――カリオン家の紋章。


「誠一郎……これ、モチャルカちゃんからアンタに。」


「これ……」


思わず声が漏れる。


ゲルヘナは封筒をこちらへ差し出したまま、静かに続けた。


「アンタの探し人からの手紙」


「なんでモチャルカが……」


「なんでも迷い猫が運んできたらしいで?

 色んな事立て続けに起こったからな 渡しそびれたんやって」


肩を竦めるゲルヘナ。


「不思議な事があるもんやね」


軽い調子。


けれど、その瞳だけは真っ直ぐMAOを見据えていた。


逃がさない。


そう言わんばかりに。


『……偽造かもしれぬ』


「かもしれませんね」


あっさりと頷きながらも、ゲルヘナは封筒を軽く掲げる。


「ですが——筆跡と刻印。

 貴方様なら、この手紙を書いた人物が誰か分かるはずです」


沈黙。


空気が、重い。


さっきまで怒りに満ちていたMAOが、今は逆に何も言えなくなっていた。


「……開けます」


自分でも分かるくらい、喉が乾いていた。


封を切る。


中へ入っていたのは、一枚だけの紙。


そこへ書かれていた文字を見た瞬間。


『……ぁ』


MAOの口から、小さな声が漏れ、演算ウィンドウが止まる。


空間を埋め尽くしていた情報群が、一瞬だけ静止した。


まるで。


“国そのもの”が息を呑んだみたいだった。


『その、文字……』


掠れた声。


今までの魔王としての威圧感が、完全に消えている。


ゲルヘナが静かに目を細めた。


「王子殿下は昔から、“ル”の払いだけ妙に癖がありましたね」


『……やめよ』


「長文になると無意識に右上がりになる癖もある」


『やめろ』


「あと、文末だけ妙に弱気になるとか」


『ゲルヘナッ!!』


怒声。


けれど。


それは怒りというより、悲鳴に近かった。


俺はゆっくりと、手紙へ視線を落とす。


そこへ書かれていたのは——



誠一郎殿

イエナ殿


私には、調べねばならぬものが出来ました。


故に、先にこの場を離れる非礼をお許しください。


本来であれば直接お伝えすべきなのでしょうが、

恐らく誠一郎殿は放っておくと面倒事へ自ら突っ込み、

更に面倒を連れて帰ってくる性分でしょうから、

後々余計な疑いを掛けられぬよう、一筆残しておきます。


貴方方と過ごした時間は、

私にとって随分と心地の良いものでした。


あのように肩書きも立場も忘れ、

誰かと言葉を交わせたのは久方ぶりです。


……特にイエナ殿。


貴女の料理は、少々味が濃すぎましたが嫌いではありませんでした。


誠一郎殿も、

もう少し自分が狙われやすい人種だと自覚してください。


見ているこちらの胃が痛くなります。


ですが——


そんな貴方方だったからこそ、

私はもう一度、人を信じてみようと思えました。


母上へ。


ダンシュペン・カリオンは、

貴方の息子として生きられた事を誇りに思っております。


あの日より今日まで、

一度たりとも、その事を後悔した事はありません。


どうか、自分を責めないでください。


そして、この者達をよろしくお願いします。


……ゲルヘナにも、

あまり無茶はするなとお伝えください。


最後に。


お二人の幸せを、心より願っております。


追伸。


探さないでください。


本当に探さないでください。


誠一郎殿は絶対来そうなので先に書いておきます。



MAOの周囲で浮かんでいた無数の演算式が、一斉に崩れた。


ノイズ。


明滅。


国家規模の演算処理が、一瞬だけ乱れる。


『……う、そ……じゃ』


震える声。


『こんな、事は……』


その瞳から、初めて。


完全に、“魔王”が消えた。


残っていたのはただ一人。


息子を失ったと思い込み、その痛みごと機械へ押し込めていた、一人の母親だけだった。


なら俺が今出来ることは………


「ダンは姿が変わるんですよ……元は兎なんで。

 あぁえっと……出会った当初は帝都の中の暴徒みたいな異形姿だったんですけど……マリィが手伝ってくれて兎の姿を得て……だからベルトからも兎姿に戻って抜け出したんだと思うんです」


沈黙。


自分で言ってて、正直意味が分からない。


いや、意味は分かるんだけど説明として終わってる。


「……ごめんなさい」


思わず頭を掻く。


「何言ってるか分かんないですよね……俺も時々よく分かんなくなるんで」


『……』


「でも、いたんです。

 ちゃんと笑って、飯食って、兄貴みたいに俺達の旅を支えてくれたもう一人の仲間が……」


言葉を探す。


上手く説明出来ない。


けれど。


「俺達にとっては、ちゃんと“生きてる人”なんです」


空間が静まる。


MAOは俯いたまま、何も言わない。


ただ、その肩だけが僅かに震えていた。


やがて。


『……もっと』


掠れた声が落ちる。


『もっと、聞かせてくれぬか』


その言葉に俺は少しだけ笑って、頷いた。


「……喜んで」

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