終結保留都市——判定保留
「黒乃刃……ええ名前やん」
ゲルヘナが不敵な笑みを溢した——その時空気を裂いて巨大な大鎌が回転しながら飛来する。
「ぐぅッ!!」
咄嗟に黒乃刃を滑りこませた。
火花が散り、あまりの重さに受けた瞬間、左腕ごと持っていかれそうになる
けど——弾いた。
弾けた。
イチローのおかげで力も反応速度も桁違いに上がってる
あとは軌道を逸らしながら隙を——
「は?」
そんな俺の思考とは裏腹に弾かれた大鎌は空中で不自然に軌道を変える。
まるで鎌そのものに意志でもあるみたいにぐるりと旋回し、ゲルヘナの手元へと戻った。
「……魔法……なのか?」
いや、呪文や詠唱を行なっている様には見えなかった。
だとしたら今のは……嫌な汗が、背を伝う。
さっきから、ずっとだ。
避けたと思った場所に斬撃が来る。
視界の外から、寸分違わず急所を狙ってくる。
間合いも、呼吸も、癖も完璧……まるで——最初から全部知っているみたいに動いてる。
歴戦の武人。
そんな言葉だけで片付けるには、あまりにも出来すぎていた。
「……ッ」
黒乃刃を握る手に、自ずと力が入る。
俺が弱い訳じゃない。寧ろ過去最高に調子が良い。今だってイチローの隣に立ててる筈だ。
なのにまだ足りない
未だに彼女の掌で踊らされ続けているような……そんな感覚が、ずっと拭えない。
何かある。
絶対に。
見えてないだけで、“仕掛け”がある。
だったら——
見つけるまでは、無理に踏み込むな。
距離を取って、観察しろ……そう判断した——が
「学ばへんな」
ぞわり、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
気づけば、ゲルヘナが目の前にいる。
「なッ——」
大鎌を振りかぶった姿勢のまま、一気に間合いを潰していた。
まただ。
速い、じゃない。
——“居た”。
よりそう錯覚するほど、動作の繋がりが見えなかった。
振り下ろされる刃。
真っ直ぐ、寸分違わず、俺の胴体へ。
「ッ……!!」
避け——
られない。
当たる——
そう確信した、瞬間。
——ガギンッ!!
「ッ!?」
黒い右腕……イチローが勝手に動いていた。
幾重もの牙が咬合し、そのまま振り下ろされた大鎌の刃へ、真正面から噛みつく
衝撃。
「イチロー!!」
返事はない。
けれど、噛み砕くように固定された鎌から、“抑える”という意思だけは伝わってきた。
なら——十分だ。
踏み込み、黒乃刃を真正面から振り抜く。
「ッ——!!」
だが当然の様にゲルヘナは片手で大鎌の柄を滑らせ、そのまま持ち手で黒乃刃を受け止めた。
重い衝撃が、腕を突き抜ける。
鍔迫り合い。
互いの武器が軋みを上げ、火花が散る。
近い。
ようやく、届く距離だってのに
「……届かないッ」
その時、何気なくも至近距離で捉えたゲルヘナの目。
ふと——左右で、色が違うことに気がついた。
右は金。
左は、わずかに濁った紅。
「……え」
違和感。
ほんの一瞬だけ、左目の方が遅れて“こちら”を見た気がする。
いや、違う。
見ていたんじゃない。
“先に知っていた”。
「……まさか」
けどそれなら説明がつく。
俺が距離を取ろうと考えた瞬間、踏み込まれた。
避けようとした先に、攻撃が来る。
視線。
呼吸。
力の入り。
全部——先回りされているのだとすれば
「ゲルヘナ様……」
鍔迫り合いのまま、睨み上げる。
身長差のせいで、ほとんど見下ろされる形。
二メートルを軽く超える巨体。
ゲルヘナは、相も変わらず楽しそうに笑っているのに圧迫感だけで呼吸が詰まりそうになる。
「なんや?」
「……その目……」
一瞬。
ほんのわずかに。
ゲルヘナの片眉が動いた。
多分——当たりだ。
「……未来視ですか?」
そして、ゲルヘナの口元が更にゆっくりと吊り上がる
「——10点。けどまだ遠いなぁ」
ギチ、と右腕の牙が鎌をさらに噛み締める。
『■■■』
言葉にならない感覚。
けれど、イチローが妙に苛立っているのが分かる。
「……あ」
そこで、気づく。
さっきから。
ゲルヘナの視線が、“右腕”にだけ微妙に遅れている。
読めていない。
いや“噛み合っていない”。
「獣だからか……?」
思考で動いてない。
理屈じゃなく、“喰う”という本能だけで反応している。
だから未来が、ズレていたり……
「もしくは……対象、絞ってる」
全てを見てる訳じゃない。
俺を見て、俺の“選択”を見ている。
だから——
イチローみたいな“思考を挟まない動き”だけ、微妙に対応が遅れる。
「……なるほど」
ほんの少しだけゲルヘナの攻略法が見えた気がした——けど
「じゃあこれはどうや?」
——轟ッ!!
空気そのものが、爆ぜた。
「がッ——!?」
見えない何かに真正面から叩きつけられ、身体が浮きあがる。
肺の空気が、一瞬で押し出されながら、景色が回転する。
そのまま背中から壁へ激突。
「ぐぁッ!!」
鈍い衝撃が背骨を突き抜け、石壁が蜘蛛の巣状に砕け散る。
何が——
そう思考した瞬間。
ヒュンッ——!!
頬に熱。
次いで、肩。
腹。
遅れて血が噴きだす。
「ッ!?」
斬られた。
見えない。
なのに切れている。
風。
いや——
「かまいたち……!?」
空間を走る細い風の筋。
それが通った場所だけが、紙みたいに裂けていく。
「ははっ せいか〜い」
ゲルヘナが愉快そうに笑い、大鎌を肩へ担ぎながらゆっくり歩いてくる。
「妖術っちゅうんは便利やろ?」
妖術……なんだよそれ。
知らない言葉じゃない。
けど、魔法や魔術とは別物なのか原理がそもそもわからない。
ただただ現象だけが成立している。
「ッ……!」
理解出来ないまま反射的に横へ飛ぶ。
直後、さっきまで首があった位置を透明な刃が通り抜け、石壁が音もなく斜めに裂ける。
まただ。
避ける。
切られる。
避ける。
また別方向から来る。
完全に——
“そっち”へ意識を持っていかれている。
「……ッ!」
次はどこから来る。
右か?
上か?
風を見ろ。
音を聞け。
そう考えるとすぐに。
——ギィンッ!!
「なッ!?」
大鎌。
いつの間にか目の前まで踏み込まれていたゲルヘナの一撃を、黒乃刃でギリギリ受け止める。
重い。
「ほれほれ、どないした?」
楽しそうな声。
「風ばっか気にしとると——足元すくわれるで?」
「ッ……!!」
まずい……押し返される。
掴みかけたってのにまた引き離された気分……妖術に関してもあっさりと喋った。
つまり、まだ何かを隠してる。
何よりこの人、本当に戦い方がいやらしい
近距離は未来視or思考を読んで着実に追い詰める。
遠距離はかまいたちを警戒させ、視線を散らし、思考を削り、そこへ本命を通す。
相対した時点で全部。
全部、この人の狙い通りなる様になってる。
「くそッ……!」
黒乃刃を弾かれ、後退。
その瞬間、また肌が粟立つ。
来る。
右。
いや左——
「違うッ!!」
反射的に身体を捻るも風の刃は、髪を数本持っていく。
浅い。
けど。
避けたはずなのに、“避けさせられた”感覚が消えない。
「なんで……」
思考した、その瞬間。
『■■■■』
イチローが、不意に唸り、右腕が勝手に軋む。
「……え?」
視線の先、厳密に言えば右手が向く方向。
何もない。
誰もいない空間……なのに——
ドッ!!
黒い右腕が、爆ぜるように伸びた。
牙。
顎。
そのまま空間ごと噛み砕く勢いで突き出される。
「な——」
ギィンッ!!
火花。
何もないはずの空間で金属音が弾け、そしてそこに——ゲルヘナが“浮かび上がった”。
大鎌でイチローの牙を受け止めた姿勢のまま、片眉を上げている。
「……ええやん」
同時に。
さっきまで前方にいた“ゲルヘナ”が、霧みたいに崩れる。
黒い靄となって、音もなく消えていく。
「……は?」
理解が、遅れる。
今、消えた方が偽物で……じゃあ今まで見ていた位置も、踏み込みも、間合いも。
全部——
「幻……?」
ぞわり、と背筋が冷える。
高速移動でなく、未来視だけでもない。
見せられている。
俺の認識そのものを歪め、行動を制限し、その上で思考を読んできているんだ。
着実に相手を追い詰める殺り方。
「……はは……そんなのチート過ぎる」
理解した瞬間、逆に視界がぐらついた。
だからこそ、意識した時点で、術中に嵌まる。
見るほど、考えるほど、誘導される。
その時、脳裏を過った。
低く地を蹴り、牙を剥き、考える前に飛び込むイエナの姿。
獣。
本能。
イチローが彼女を追い込めたのはきっとこれだ——けど、もうお前だけには背負わせない。
「俺が出来るのは妄想と再現だけだ。」
右頬から首筋にかけて、ぶわりと鳥肌が立つ。
ゆっくりと腰を落としながら、重心を前へ。
左手で黒乃刃を肩へ担ぎ、両足を大きく開く。
理屈でなくこれは、“飛びかかるため”の姿勢。
思考を本能に変換する。
イチローの更に隣へ——とそう決めた瞬間
カラン。
不意に。
ゲルヘナが、大鎌を肩へ下ろす。
「……え?」
さっきまでの殺気がふっと薄れ、ゲルヘナはそのまま、呆れたみたいに笑った。
「ここまでやねぇ」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れて、彼女は顎へ手を当てながら面白そうにこちらを見る。
「見たかったもんは大体見れたし」
そう言って俺の構えを見て、口角を吊り上げた。
「今、イエナちゃんの動き模倣しようとしたよなぁ?」
「ッ……」
図星。
ゲルヘナは小さく吹き出す。
「あー、やめときやめとき」
ひらひらと手を振る。
「ウチにはもう通じへんから」
「……なんで」
「私、あの子とも手合わせしてるんよ
流石に何回も見とるしなぁ」
ぞくり、とした。
つまりこの人。
イエナの動きも、癖も、飛び込みも、全部見た上で言ってるって事か。
「そんなの——」
食い下がる。
「やってみなきゃ分からないでしょう」
すると彼女の笑みが、少しだけ鋭くなる。
「また肉塊になりたくないやろ?」
軽口みたいな声色なのに、その言葉だけは冗談に聞こえない……いや冗談じゃない
構えたまま、動けない。
いや、動けば、本当に肉塊にされる。
そんな確信だけがあった。
ゲルヘナは、そんな俺を見て満足そうに頷く。
「うんうん。賢明や」
大鎌を肩へ担ぎ直し、そのままくるりと背を向ける。
「最初に比べたら大分マシになったわ」
「……待ってください」
思わず呼び止める。
「まだ……俺は——」
「十分だと言っている」
ぴしゃり、とけれど不思議と冷たくない響き。
「これ以上は“判定”やなくて“殺し合い”になる」
ゲルヘナは半身だけ振り返り、紅と金の異なる瞳でこちらを見た。
「幻術に気付いた」
「未来視にも辿り着いた」
「しかも対策まで考え始めた」
そこで、小さく鼻で笑う。
「充分すぎる出来やん」
「……でも、勝ててない」
「あっはっはっ そらそうや」
あまりにも当然みたいに返されて、逆に言葉が詰まる。
「おばちゃん、これでも魔王代理やで?
私の背には国が乗っかってるんやから」
「…………」
「そこらの強者と一緒にされても困るわ」
悪びれもせず言い切る姿に、逆に笑いそうになる。
この人、本当に規格外だな……
「せやけど」
ゲルヘナが、ゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。
自然体なのに、一歩近づかれるたび空気が重くなる。
「その右腕の……イチローやっけ?」
黒い右腕が、ぴくりと脈打った。
「一時とはいえ、完全に呑まれとったな」
先程までの軽い調子が、少しだけ薄れる。
「戻ってくるんがあと少し遅かったら、判定中止。
そのまま魔王軍総出でアンタを処分しとったよ?」
「……ッ」
「安心しぃ」
ゲルヘナはぽん、と軽く俺の肩を叩く。
「ちゃんと戻ってこれたんは評価してる」
「……評価」
「せや。ちゃんと主導権取り戻したんやから
偉い偉い〜ってな」
その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜けたが、彼女は目を細めて続ける。
「やから、本来やったら——満点合格で釈放やったんやけどなぁ」
「……え?」
嫌な予感。
というか、今この人“本来なら”って言った?
「残念やけど、今回は及第点止まりや」
「……ちなみに、その“及第点”って」
ゲルヘナは、にっこり笑った。
「人間の寿命を鑑みるとして……刑期45年やな」
「えぇ!?」
「危険度考えたらむしろ温情やで?」
「45年が温情な訳!!」
「ほな解剖と実験材料にでもしようか?
ちょうど研究開発部がサンプル欲しい言うてたしな」
「ぐっ……!」
ゲルヘナはそんな俺を見て、楽しそうに肩を揺らしたあと——ふと、声色を変えた。
「……まぁ」
何かを試すような目。
「罪そのものを無くす方法はあるんやけど」
「……え?」
「しかも、一つ“やります”と頷くだけでええ」
一瞬、息が止まる。
「……その条件は?」
ゲルヘナの口元が、愉快そうに吊り上がった。
「簡単や」
そして。
まるでアルバイトにスカウトするみたいな口調の軽さで言う。
「——魔王、やってみぃひん?」




