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終結保留都市——黒夢の胎動


「じゃあね、誠一郎。健闘を祈るわ」


「マリィ待って!! まだ具体的な方法まで教わっ——」


伸ばした手は、空を切る。


——音もなくマリィの気配が消え、取り残された、という感覚だけが、妙にくっきり残った。


その直後。


ふ、と。


足裏の感覚が、変わる。


「……?」


さっきまで“何もなかった”はずの場所に、確かな接地感が……けれど、それは——


硬い地面でなく、わずかに沈んで、遅れて押し返してくる。


……呼吸しているみたいだ。


「……なんだ、これ」


鼓動。


どくん、どくん、と。


足の裏から、直接伝わって、視界がゆっくりと持ち上がる。


いや——違う。


“俺が高い位置にいる”ことに、ようやく気づいた。


黒。


視界のすべてを埋め尽くすような、巨大な塊。


輪郭すら曖昧なそれは、山みたいにうずくまりながら——


確かに、“生きている”。


「……はは」


乾いた笑いが漏れた。


喉が、妙に軽い。


「これが俺って……」


その瞬間、ぴくり、と足元——いや、“その背”が、わずかに震えた。


遅れてぐるり、と意識を向けられる感覚。


視線じゃない。


もっと原始的で、直接的な“認識”。


喉の奥から、低い唸りが這い上がる。


重い。


空気そのものが震えるような音。


威嚇。


警戒。


そして——明確な敵意。


「……だよね」


苦く、息を吐く。


当たり前だ。


今までずっと、押し込めて、蓋して、無かったことにしてきた相手。


俺という自我を上書きされたあげく、その自我にすら煙たがられた。


俺が好かれる理由なんて、どこにもない。


それでも、マリィは隣に立てと言った。


「……」


一歩、踏み出すと足が、沈んでその度に、鼓動が強くなる。


——逃げろ。


本能が、そう叫ぶ。


このまま近づけば、確実に“喰われる”。


骨ごと、思考ごと、存在ごと全部、持っていかれる。


いや、飲み込まれると言った方が適切かもしれない。


そしたら本当にコイツを止められなくなる。


そうだ。だから今は距離を取ってまた別の機会に……今ならまだ戻れる。


「……嫌になる」


小さく、吐き捨てる。


「……自分の嫌いな部分まで複製されてるんだな 

 隙あらば逃げに転じる……俺は俺じゃないのに」


二歩目。


唸りが、強くなる。


三歩目。


空気が、張り詰める。


今にも、噛み砕かれる距離。


それでも——止まらない。


「大丈夫」


気づけば、口にしていた。


根拠なんてない。


説得力もない。


それでも——言わなきゃいけない気がした。


「……今までごめん」


さらに、一歩。


唸りが、ほんのわずかに揺らぐ。


「ずっと、押し込めてて」


正直に誤魔化さずに言うしかない。


「怖かったんだよ。周りが見えなくなるから。

 好きな自分じゃなくなるから。自分の嫌な部分が見えるから。」


心臓が、やけに静かになる。


「でもさ」


手を、伸ばす。


震えてる。


自分でも分かるくらいに。


それでも、止めない。


「……一人でやらせてたのは、もっとダメだったよな」


触れる。


黒。


毛並みとも、影ともつかないそれ。


温度はないはずなのに——確かに“触れている”。


拒絶される、と思った。


噛みつかれる、と思った。


そのまま腕ごと持っていかれる、と。


でも。


「大丈夫だよ」


もう一度、撫でる。


ゆっくりと逃げないように。


「もう逃げないから」


その瞬間、鼓動が変わった。


さっきまでの“暴れる音”じゃない。


落ち着いた、深い鼓動。


巨大だった“それ”が、ゆっくりと崩れ始める。


黒がほどけて収縮し、圧が抜けていく。


山のようだった体躯が、小さく、小さく形を変えて、腕の中に、重みが集まる。

やがて。


「……え?」


ぽつりと、零れた。


手の中に収まるくらいの、丸々フォルムに黒い毛並み。


さっきまでの暴力的な気配をそのフォルムからは全く感じないが……。


小さくなったそれは腕の中でぶひ、と小さく鼻を鳴らす。


「子豚……?」


ただじっと、こちらを見上げており、そこには警戒も、敵意も感じない。


ただ、“待っている”みたいな目。


「……振れ幅」


苦笑が漏れる。


指先で、軽く頭を撫でてみる。


逃げない。


噛みつかない。


ただ、そこにいる。


「……でも、君……」


そう呼びかけて少しだけ考えてしまう


君と言うには少し違うけど“俺”と呼ぶのも違う。


「何か良い呼び方……」


顎に手を当てる。


「えーと……黒いし……クロ、とか?」


ぴくりと鼻が、動いた。


「……いや安直すぎるか」


小さく首を振る。


「じゃあ、クロマメ——」


がぶ。


「いっっっッ!?」


指先に、鋭い痛み。


慌てて手を引く。


思いっきりじゃないけど、しっかり“意思”のある一噛み。


「痛いよ……」


睨む。


小さな黒いそれは、じっとこっちを見ている。


さっきまでの無垢な感じでなく、明らかに——“それはナシだろ”って顔。


「……あー気に入らないのね……了解」


指先をさすりながら、今度は少しだけ真面目に考える。


いや待てよ。


“名前”を付けるってことはこの子を、“別物”として扱うことだ


「……俺、だもんな」


“俺じゃない何か”として扱うのは、たぶん一番やっちゃいけない気がする。


小さな黒豚が、ぴくりと反応する。


「だったらさ」


もう一度、ゆっくりと頭を撫でながら、なんとなく口に出す。


「イチローってのはどうかな」


——その瞬間、鼓動が、重なった。


「……?」


一瞬だけ、視界が揺れる。


黒い影。

牙。

飢え。


空間ごと喰い千切ろうとした、あの衝動。


——だけじゃない。


何かが、外れた。


いや、“外れたはずのものが戻ってこない”。


どこか遠くで、噛み合っていた歯車が空回りしたまま、止まる。


「……なんだ、今の」


理解はできない。


けど——


“何かが変わった”感覚だけは、はっきりと残る。


そのまま、内側に落ちてくる声。


『もう逃げないから』


「……はは」


小さく、息を吐く。


「……じゃあよろしくね。イチロー。」


——その言葉が、落ちると同時に視界が裏返り、音が一気に流れ込んでくる。


軋みと崩壊。

空間が砕ける、嫌な音。


「——ッ!!」


肺に、空気が叩き込まれる。


重くて痛くて全身が軋んで思わず、バランスを崩す。


腕をつこうとして思考が止まった。


「……は?」


視界に映ったのは、自分の手じゃない。


黒い。


肘から先が、完全に“別物”になっている。


指は伸び、節が歪み、爪が——牙みたいに鋭く変質している。


足も同じだ。


踏みしめるたび、床が軋む。


「……マジかよ」


軽く握るとぎち、と音が鳴る。


力の入り方が、人間のそれじゃないが制御はできる。


暴走してる感じは、ない。


「……イチロー?」


内側に、意識を向けるとさっきまでみたいな“暴れる気配”はない。


ただ——“隣にいる”。


それだけが、はっきり分かった。


「……一緒にやろう」


小さく、息を吐いたその瞬間——


「ほぉ……」


低く、響く声。


視線を上げる。


崩れかけた審刃円環の中で、ただ一人立っている影。


大太刀は折れ、血に濡れ、鎧は半壊しながらも、まるで揺るがない。


——ゲルヘナ。


その視線が、まっすぐこちらを射抜いていた。


さっきまでの“獣”を見ていた時の目じゃない……今は完全に“別のもの”として見ている。


「また姿が変わった思えば……」


ゆっくりと、息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「——一体全体どういうことや? その姿は」


先ほどまでの古風な話し方と打って変わって砕けながらも探るような声音。


同時に——


楽しんで見えた。


この人……本当に強い………


「判定はもう終わりですか?」


彼女は片眉と口角が上げながら答える


「フッ……今のままやと不合格やで?」


「ですよね」


ゆっくりと構えると黒い四肢が、軋みながらも噛み合う。


「だから——今から、通ります」


その言葉と同時に足元が、砕けた。


——踏み込み。


そして、次の瞬間にはゲルヘナは目の前にいる。


飛んでくる斬撃、折れた太刀だろうと容赦なく、間合いに入り込んでくる。


——滑り込んで回避。


太刀が振り下ろされ、視界の端でその軌道を捉える。


速い。


けど——


「……細い」


芯と支える構造が。


日本刀は縦に強く、横に脆いって何かで読んだ事がある


なら——壊せるだろ。


「イチロー頼む」


内側に、呼びかける。


もちろん、返事はない。


ただ——


“足りない”という感覚だけが、流れ込んでくる。


届かない。


噛み切るには、少し——


「……ああ、そうか」


次の瞬間、右腕が軋んだ。


内側から、何かの“ほどける”感覚が滲むように広がり、肘から先が音を立てて膨張する。


骨が伸びる訳でも、肉が増える訳でもない。


——“喰うための形に、再編される”。


指が、裂け、増えて絡み合う。


牙みたいに、何層にも重なる。


「……うわ」


思わず本音が漏れる。


でも——


嫌悪より先に、理解が来る。


「これなら、届く」


振り下ろされる太刀。


それに対して振るんじゃない。


開く。


顎みたいに。


「——喰砕しょくさいッ!!」


拡張された右腕が、太刀の側面に喰らいつく。


ギィィンッ——!!


金属が悲鳴を上げる。


掴むんじゃない。斬るんじゃない。


——“噛み潰す”。


横から圧をかけながら逃がさないように、絡め取る。


「ッ——!」


ゲルヘナの目が、わずかに見開かれた。


そのまま——ぐしゃり、と歪み、耐えきれず。


バキンッ!!


太刀は完全に砕ける。




「いや——ペッして!!」


だがボリ、ボリ、と右腕は構わず砕けた太刀を咀嚼する。


次の瞬間。

——左腕から吐き出された。


ただの残骸じゃない。

噛み砕いたはずのそれが、“整えられている”。


余計な歪みが削ぎ落とされ、 強度も、形状も、まるで最初からそうだったかのように——


「……最適化、されてる?」


ぞくり、と背筋に走る違和感。


これは暴食じゃない。

もっと冷たくて、無駄がない——


「……マリィか」


黒く、歪んだ“刃”として。


「——あらら」


軽く、肩を竦めるような声。


「ウチのお気にがえらい形になってしまったなぁ」


ゲルヘナは、興味深そうにその刃を見つめる。


「いっその事、名前でも付けたらどない?」


一瞬、思考が止まる。


名前。


考えてなかった訳じゃないけど——これは俺一人のものじゃない。


内側に、意識を向ける。


イチロー。

そして——マリィの“何か”。


その両方が、静かにそこにある。


「……なら」


握り直した刃が、わずかに脈打った。


「——黒乃刃・虚式」


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