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終結保留都市——未定義領域


あれ? 俺……何してたんだっけ。


思考が、滑る。


掴もうとした記憶が、指の隙間から零れ落ちていくみたいに。


確か——


ゲルヘナ様に、尋問という名の一方的な蹂躙をされて……

挙句には、右腕まで落とされて……


「……っ」


そこで、記憶が途切れる。


どこだ、ここ。


真っ暗だ。何もない。輪郭すら曖昧で、自分の身体があるのかすら分からない。


狭間とも違う。


あそこには、まだ“何か”があった。

ここには——


音も、匂いも、温度も。

何もかもが、抜け落ちている。


世界そのものが、空洞みたいだ。


「なら、少し明るくしましょうか」


——声が、落ちてきた。


聞き覚えがある、なんてレベルじゃない。

こんなことが出来る存在は、一人しかいない。


暗闇が、剥がれる。


その中心に——


まるで最初からそこに“在った”みたいに、白髪の女が浮かび上がった。


「……マリィ」


黒髪でも幼い姿でもない。

時折見せていた“大人の姿”。


けれど——どこか違う。


温度がない。

表情があるのに、感情が読み取れない。


「その姿……それに、一体俺はどうなって——」


「今も貴方は、魔王代理と死闘を繰り広げてるわ」


言葉が、噛み合わない。


「……待ってくれ」


自分の声が、やけに遠い。


「俺はここにいる。なのに“今も”って、おかしいよね……」


嫌な予感が、じわじわと滲む。


「……もしかして、君が代わりに——」


「狭間の獣よ」


「は?」


思考が、止まる。


なんでそこで、その単語が出てくる。


狭間の防衛機構。

異物排除のための獣がなんで俺の代わりに?


「話せば長いのだけれど……」


マリィは、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。

それが妙に人間らしくて、逆に不気味だった。


「そもそも貴方、自分が何か説明できる?」


「……何かって」


「“マコトの続き”とか“誠一郎”とか、そういう抽象的な話じゃないわ。

構成物として、貴方は何?」


言われて、言葉に詰まる。


俺は——


「……わからないよ」


喉が、やけに乾く。


「俺はただ、マコトの身体に入り込んだ別人の魂で……

あとは、君が欠けた部分を補ってくれたとしか……」


「半分は正解」


即答だった。


「でも、根本が違う」


空気が、僅かに軋む。


「本当は黙っているつもりだったけど……そうも言ってられない」


一度、息をゆっくりと吸う。


そして、こちらを真っ直ぐ見据えて——




「貴方は——封鍵三頭獣・ケルベロス(マコト擬態個体)。

英雄の“続きを歩ませる為に”、私が作った狭間の獣」




「……は? 何言って」


理解が、追いつかない。


言意味も理由もわからず、ただ言葉だけが頭の中で反響する。


ケルベロス?

封鍵

擬態個体?


ただ一つ、理解出来たのは自分が人ですらないという事。


マコトの続きを歩む者だとか、彼の意志を継ぐ存在だとか、決してそんな聞こえの良いものなんかじゃない。


マコトに擬態しているバケモノが俺であるという事実だけだった。



「……冗談はやめてくれマリィ……じゃなきゃ俺……」


自分でも驚くくらい、声が掠れていた……人の声じゃないみたいに。



「素材は三つ」


マリィは指を立てて淡々と続ける。


「暴食を司る狭間の獣。

別世界で平和に暮らしていた“貴方”の精神コピー。

そして——マコトの器と、魂の欠片」


一つ一つが、重くて、理解する前に、嫌悪感だけが積み上がる。


「狭間の獣に“貴方”という自我を上書きして、マコトの身体に移植した。」


「……そんなの」


思わず笑いそうになる。


あまりにも、無茶苦茶過ぎて


「そんなの適合するのか……それこそ……拒否反応とか」


「しないわ」


即答だった。


「だから、予め“調整役”を仕込んだ」


マリィは、自分の胸元に軽く触れる。


「——私の半身」


ぞわり、と背筋が粟立つ。


「それぞれのバランスを保つための楔。

……結果として、その大半は貴方に取り込まれたけれど」


「……じゃあ君は……元々俺の中にいた……」


理解が、さらに遠のく。


「なんで、今なんだよ……!」


思わず声が荒れる。


「情報量多すぎなんだよ! ついていけるわけないだろこんなの!」


「……見た方が早いわ」


その一言で、世界が切り替わり、視界が開く。


——俺の視点だけど、違う。


視点はいつもより低く、どこまでも歪んでいて、ただゲルヘナを追い続けていた。


「……なんだ、これ」


審刃円環。


そのはずなのに——


至る所の空間がまるで“噛み砕かれた”様に抉れて、壁も、床も、構造ごと破壊されている。


そんな中、半壊した鎧姿のゲルヘナは血を流しながらも防御に回っていた。

さっきの一方的な攻戦が嘘みたいに。


そして時折、視界の端に黒いモヤが、蠢く。


煙みたいけどもどこか違って、意思を持って、這い回っている。


「貴方から抑えつけていた“処刑目録”が溢れた」


マリィの声が、背後から重なる。


「あれの正体は、貴方の中に眠る“獣性”の顕現」


心臓が、嫌な音を立てる。


「ゲルヘナは、それを見事に呼び覚ました」


——理解してしまう。


「あのままじゃ——」


マリィは、淡々と言い切った。


「ゲルヘナが死ぬわ」


「……っ」


言葉が、なかなか出ない。


「……じゃあ」


絞り出す。


「あの時、“生きていられたら”って言ってたのは——」


「ゲルヘナに対してよ」


「ふざけんなよ……!」


反射的に叫ぶ。


「首都についてすぐ俺、聞いたよね!? ちゃんと説明してくれって!」


感情が、ぐちゃぐちゃに溢れる。


「なのに君はずっと話を逸らした!!

 なんで俺なんだよッ……なんで俺を作ったんだよ……」


「俺……ずっと自分が何なのか悩んできた。

自分なりに考えて、悩んで、答えを有耶無耶にして——それでも納得しようとしてたのに。

それを今さらあっさりキメラですって……!」


——そこで、言葉が詰まって思い出す。


初めて会った時。


「秘密は、君が話したくなったらでいい」


——そう言ったのは、俺だ。


「……っ」


喉が、焼けるみたいに痛い。


「……責める資格すらないのかよ……」


一瞬、視線が落ちる。


けれど——


「……でも」


顔を上げる。


「納得できるかどうかは、別だ……」


ほんの一拍。


「……最初から、そういう“もの”として作ったの?」


沈黙。


マリィは、またゆっくりと息を吸う。


「……そうよ」


その手が、わずかに震えていた。


「英雄の続きを歩ませる為に——そういう“もの”として作った」


握られた拳が、白くなる。


「でも」


かすかに、声が揺れる。


「同じ終わりだけは……絶対に辿らせない」



「同じ終わりって」



「再演はもう飽きたのよ……」


ぽつり、と零れる。


「何度も——」


言葉が、そこで途切れ、視線がほんの一瞬だけ揺れた。


「……もう、たくさんなの」


空気が、静かに軋む。


「それは……どういう——」


その言葉が、最後まで形になる前に。


——視界が、叩き割られた。


黒。


歪み。


そして——


“俺”。


空間そのものに、噛み付いている。


顎が裂けるほどに開き、存在ごと喰い破ろうとするそれは、もはや人の形をしておらず、審刃円環は軋み、空間ごと、削り取られていく。


その中心で——


ゲルヘナが、踏み止まっていた。


崩れゆく世界の中で、ただ一人。


砕ける足場を踏み締め、喰い荒らす“俺”を押し返している。


けれど——


限界が、近い。


「——っ」


思考が一瞬で現実に引き戻され、マリィの方を見る。


言いたいことは山ほどある。

聞きたいことも、まだ全部残ってる。


けど——今じゃない。


例え、最悪のタイミングだとしても彼女は話してくれんだから。


「……あぁ、もう分かった」


マリィが、わずかに目を見開く。


「——後で君、ゲンコツね

 黙ってたことに対してじゃないから。」


視線を崩れかけている“向こう側”へ向け、ほんの少しだけいつもの調子に戻す。


「……それで俺は何すりゃいい?」


「簡単。」


マリィは、崩れかけた視界の向こうを一瞥してから、もう一度こちらに視線を戻した。


「あの子が飛び出した理由はとても単純よ。」


「……あの子?」


思わず聞き返す。分かっているはずなのに、認めたくないみたいに。


マリィは一歩、近づいて俺の手を取る。


その距離感はやけに現実味を帯びていた。


「ゲルヘナという強大な敵と相対し、傷つける事を躊躇う自我。

 じゃあ誰が誠一郎を守る? 自分とも呼べる存在を?」


胸の奥が、ぎし、と軋む。


「乱暴なだけで、優しいのよ。あの子は」


淡々としているのに、その言葉だけ少しだけ温度があった。


「あの子は貴方の代わりに、飛び出しただけ」


「……優しい、って」


視界の端で、空間を噛み砕く“それ”が暴れている。


「優しいからこそ、止まらない。

 “敵”と認識したものを排除しきるまで終わらない」


喉が、乾く。


ならどうすりゃいい。


止める? 殺す? 抑え込む? 服従させる?


どれも違う気がするのに、答えが出ない。


マリィは、わずかに顎で“向こう側”を示した。


「見ないふりをするのをやめなさい」


その一言が、異様に引っかかった。


「……見ないふり」


「そう。貴方はずっとそうしてきた。

都合の悪い部分、使いたくない力、汚い衝動——全部“無かったこと”にしてきた。」


否定できない。


「けど、それも貴方の一部なの」


静かに、断言される。


「排除するものじゃない。押し込めるものでもない

 マコトが貴方に託した様に」


ほんの一拍。


「隣に立ってあげて」


——その言葉で、繋がる。


戦うんじゃない。


支配するんでもない。


「……並べ、ってことか」


「そういうこと」


マリィが、わずかに頷いた。


「命令でも、抑圧でもなくていい。ただ——“一緒にいる”と認識させなさい」


「それで、あれが止まるの?……」


「止まるわ」


迷いのない返答。


「だって、あの子は“貴方”なんだから」

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