墓標圧縮帝都ーー異物同化
俺はモチャルカの影に手を突っ込んで、おもむろにノイズを噛み切っていく。
寄生虫対策として、今度は飲み込まず慎重に。
『次、左下3㎝、奥行き約6㎝に芯』
手際は、かなり良くなった。
けど——
「うら”あ”ッ!!」
「姫!! 屈んで!!」
背後では爆発音と金属音が交差しどうしても、意識がそっちに引っ張られる。
『いいわ。もう少し』
「イエナとネリュスは!?」
『よく凌いでるわ。クロノアと夢喰獣無しに。
けど凌ぐのが精一杯、殺しきれない。
15分後の生存確率は20%って所かしら』
「ぐっ……!」
『勿論、貴方が早く終えればそれだけ生存確率は跳ね上がるけど』
「充分にやってるよ!!! けど君はどうなんだ!!
こうやって指示して見てるだけ!? もう赤ん坊でも無いってのに!!」
『MAOも言ってたでしょ?
私、貴方以外には懐かないの』
そうやって淡々と何一つ悪びれずに
『だから、基本的に貴方の危険以外は動かない』
「そんな!!」
『あぁ、そう言えばイエナとの約束があったわね。
だから特別、“獣の巣”の子達は守ってあげるつもりよ』
無茶苦茶だ。
けど——今までの彼女の行動は、全部一貫してる。
基本的に動かない。
ただ観察する。
そして、俺に危険が及びそうな時だけ、最優先で動く。
だからこそ——
俺は、彼女を果てしなく信頼出来る。
けどそれは、他者には適用されない。
どこまでも、彼女が“マリア”で、俺が“マコト”だから成り立つ不条理。
だったら——!!
「マリィ……何が欲しい!?」
『え』
「君が望むもの、何でもあげる。
だから——助けに来てくれ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、静寂が落ちた。
それから——
小さく、息を吐く音。
『……私じゃ、力になれない』
「どういう事だよ……!」
『隠せない様だから言う。今の私、残り滓なの。
魔瘴がなきゃ縮んじゃうし、こうして声を届けるのが限界』
「まさか……それって……」
喉が、ひりつく。
「俺に……右目をくれたから?」
『……ええ 強がったけど助けてあげられる程の力なんて私にはもう無い』
肯定は、あまりにもあっさりとしていた。
「そうか……」
指先に力が入る。
影の奥で、ノイズがわずかに脈打つ。
「だから君は、あの時——」
謝っていたのか。
全部、分かった気がした。
「……ごめん 今まで気づかなくて
自分の事しか考えてなくて本当にごめん」
歯を食いしばる。
「ごめんなさい」
『——別にいいわよ』
いつも通りの、温度のない声で彼女は続ける
『あげたのは私の意思だもの。
貴方が気にする必要はないわ』
「でも——」
『それに』
ほんの僅か。
ほんの僅かだけ——
声に、ノイズが混じった。
『……私は、“立てない”とは言ってないわよ』
「……え?」
その瞬間——
ダダンダンダダン
ダダンダンダダン
場違いな鼻歌が、戦場に割り込んだ。
『全員伏せなさい!!』
突然の轟音。
空気が、破裂し、振り返ると黒い“マリィ”の頭部が、散弾で粉砕されていた。
肉でも影でもない“何か”が飛び散り、地面に叩きつけられている。
「——は?」
思考が一瞬、止まる。
次の瞬間——
轟音が、もう一度。
今度は地面を削りながら“何か”が突っ込んできた。
校門を飛び越えて土煙を上げながら滑り込んでくる黒い影——
いや、違う。
「……あれって……イエナの?」
帝都の外に停めてあった筈のイエナの愛馬とそれに跨ったマリィの姿が目に入る
タイヤは悲鳴を上げて、スピンしながら横滑りで止まり、そのまま蹴り倒すように彼女は飛び降りた。
黒いコート。
風に煽られる髪。
そして——
不釣り合いなほど無骨なショットガンを片手に、サングラス越しに、こちらを見た。
「——I'll be back」
淡々と。
けど、どこか息が上がっている。
「マリィ……?」
俺の声に、彼女は肩をすくめる。
「そうだけど。何、その顔」
次の瞬間、黒マリィが“再生”を始める。
吹き飛んだはずの頭部が、ぐにゃりと歪みながら形を取り戻していく。
『対象:再定義』
『損傷:軽微』
『排除対象を更新 対象:逸脱個体』
「フッ……しぶといわね
さすが私のなり損ない」
マリィは不気味に微笑みながら、ポンプを引く。
ガシャリ、と重い音。
そのまま——躊躇なくもう一発。
今度は胴体ごと吹き飛ばした。
「——Get Down!」
「……は?」
「下がりなさい!」
その声音は、いつもの無機質なものじゃない。
ちゃんと“焦り”が混じっていた。
イエナが一瞬だけ俺を見る。
「……チッ、わかった!」
ネリュスもすぐに後退する。
「援護に回る!」
その隙を埋めるように、マリィが前に出る。
黒マリィの再生が、再び始まる。
「……ほんと面倒ね、これ」
ぼそりと呟いて——
そのまま、俺の方を見た。
サングラス越しでも分かる。
まっすぐ俺を見てる。
「誠一郎」
「……なんで、君、来れないんじゃ」
問いかけると、彼女は少しだけ目を細めて——
「来ないとは言ってないわ」
短く言ってから、銃を肩に担ぐ。
「貴方がイエナの隣に立ちたいと思う様に」
一歩、踏み出す。
影と夕日の境界に、彼女が立つ。
「私も——」
ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶ間。
それから、静かに続けた。
「貴方の隣に立ち続けたいの。
たとえ、助けになれなくても」
「……っ」
言葉が詰まる。
今自分がどんな顔をしているのかわからない。
けれど、少なくともとても人に見せられる様な顔では無い事だけが自分でも理解出来た。
「お礼のベロチューは後でいいわよ 誠一郎
今はそっちに集中なさい 一人でやりきれるわね?」
鼻を啜って涙を拭いながらも俺は宣言する。
「任せてよ 先生」
再びモチャルカの影に向き合い、歪みの切除を再開する。
けどもう俺は前を向き続けられる
だって
「お前これ……アタシの愛馬じゃねぇか!!
なんでこんなボロボロに……それに側車どこやった!?」
「外したに決まってるじゃない あんなの付いてたらマンホール入らないでしょ」
「まさか落としたのか!?」
「ええ」
「ちょっと二人で揉めてる場合じゃ無いって!!」
騒がしくて、どうしようもなく安心できる声が、背後で鳴り続けていたから。
——時間の感覚だけが、ゆっくりと削り取られていった。
どのくらい時間が経っただろう。
マリィの言っていた五分は、とうに過ぎていた。
気づけば夕日は沈みかかり、影は長く、そして薄くなっている。
その中で——
俺は、最後の歪みに手を伸ばしていた。
「……これで、終わりだ」
指先に絡みつく“ズレ”。
今までで一番、小さい。
けど、一番しつこい。
逃げるように、形を変える。
「逃がさない」
低く呟いて、輪郭をなぞる。
掴まない。
撫でる。
感じる。
ズレを、違和感を——
「……ここだ」
指に、引っかかったモノを一瞬の迷いもなく
それを引きずり出して——
「——終わり」
噛み切る。
ぶちり、と。
嫌な感触。
けどもう、慣れた。
吐き出す。
黒い残滓が地面に落ちて、じわりと滲んだ。
——その瞬間。
ぴたり、と影のノイズが、止まった。
「……あ」
思わず声が漏れる。
さっきまで感じていた“ズレ”がどこにも、ない。
影は影として、ちゃんとそこにある。
呼吸も、拍も、全部揃っている。
「……終わった?」
自分で言っておいて、実感が追いつかない。
背後では——
「ッ……はぁ、はぁ……!」
荒い息。
イエナの声。
「ネリュス、大丈夫か……!」
「……なんとか、ね……」
消耗しきった気配。
金属音も、爆発音も、もう聞こえない。
静かだった。
さっきまでが嘘みたいに。
「……そっちも、終わったんだ」
ゆっくりと振り返る。
そこにあったのは——
崩れた地面と、抉れた校庭。
そして、その中心に立つ——
二つの“マリィ”。
一人は、ショットガンを下げたままのマリィ。
もう一人は——
黒い、“それ”。
さっきまでと違う。
もう動いていない。
ただ、そこに立っている。
いや——
“立たされている”。
影のように、マリィに掴まれて。
「……それ」
俺が呟くと、マリィはちらりとこちらを見た。
「終わった?」
「うん……いけたと思う」
「そう」
短く頷いて。
それから——
手に掴んでいた“黒”を、持ち上げた。
ぐにゃり、と形が歪む。
抵抗しているのか、ただの反応なのか分からない。
『対象:誠一郎——回収』
『手段:再定義』
『別解を確認』
『——統合を』
最後まで言い切る前に。
「うるさい」
マリィが、呟く
そして——
そのまま躊躇もなく、“それ”を口に放り込んだ。
「——は?」
思考が止まる。
黒い塊が、彼女の口の中に消える。
一瞬。
ほんの一瞬だけ空気が、軋んだ。
噛む音はしない。
ただ、飲み込む音だけがやけに、生々しく響く。
ごくり。
それで、終わり。
「……」
何事もなかったかの様にマリィは口元を拭う。
「君は乗っ取られたりしないの?……」
「大丈夫 どちらが”私”か思い知らせたから」
本当にこの子はどこまでも……
「意味がわからないよ」
「分からなくていいわ」
あっさりと切り捨てるように言ってから、マリィは視線を横に向ける。
「それよりネリュス。回収よ」
「……はいはい」
ネリュスが一歩前に出て、軽く息を整える。
それから——
「グラシュ=アム、口を開けて」
低く命じる。
影が揺れ、巨大な顎がゆっくりと開かれた。
ぬるり、と内部から粘ついた音が漏れる。
「……うわ」
隣のイエナが露骨に顔をしかめた。
「絶対ロクな出方しねぇぞこれ」
「同感」
俺も思わず一歩引く。
その直後——
ぼとんっ!!
勢いよく“それ”は吐き出された。
「うわっ!?」
地面に転がったそれは、ぬるぬると光を反射して——
「……モチャルカ?」
全身が粘液まみれのまま、ぴくりと動く。
ゆっくりと、上体を起こして——
そのまま。
ぐりんっ、と。
こちらを向いた。
「——ぁ」
一瞬、目が合った次の瞬間。
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああんッ!!」
「!?!?!?」
「誠一郎様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ♡♡♡」
「は?????」
爆発した。
感情が。
いや、違う。
“方向性”が前までのそれとは違う
モチャルカらしくはあるがなんというかこう目がハートになってる……凄く怖い
一方向的に注がれるねっとりした愛情に似たその感情。
「やっと……やっと見つけたでござるぅ……♡
拙者の運命……拙者の全て……拙者の存在理由……♡♡♡」
素っ裸のぬるぬるのモチャルカ。
ずるり、と触手をぬめらせながら這い寄ってくる。
「会いたかったでござるぅ……誠一郎様ぁ……♡
触れていいですか? いいですよね? 触りますぞぉ♡♡♡」
「ちょっ待っ——」
距離が、一瞬で詰まる。
「うわ近い近い近い!!!」
がしっ、と両腕を掴まれて
うわぁ!! ぬるぬるしてる。
めちゃくちゃぬるぬるしてる。
「誠一郎様の匂い……ああ……これ……これですぅ……♡」
「ちょっイエナ!!ネリュス!!助け——」
「……」
「……」
二人とも、固まっていた。
「いやなんで見てるだけ!?」
「いや……その……」
イエナが引き気味に言う。
「なんだこれ……」
ネリュスも額に手を当てて、ため息。
「……これはちょっと予想外」
その時。
「——失敗ね」
マリィの声。
あまりにも冷静だった。
「嘘!?」
俺はそのまま拘束されながら振り返った。
「失敗って何が!?」
「見れば分かるでしょ」
ちらり、とモチャルカを一瞥して——
「時間を掛け過ぎた」
「……え?」
「影の再構築が完了する前に、外部要因が深く刻まれたのよ」
「外部要因? わかりやすく説明して」
一拍。
そして——
マリィは、俺を指差した。
「貴方よ」
「は?」
「影は世界から与えられる在り方そのもので設計図みたいなものよ。それに最も強く干渉していた存在。つまり——あなたが“基準”として認識された」
「ちょっと待って」
嫌な予感しかしない。
「それってつまり……」
「もっと端的に言うとそうね」
マリィは淡々と、いつもの調子で言い切る。
「運命の相手としてロックされたわ」
「は?」
一瞬、静寂。
そして——
「はぁ!?」
イエナが素っ頓狂な声を上げた。
「運命の相手!?!?」
「そう」
「いやいやいやいや待て待て待て!!」
俺は必死に振りほどこうとするが——
「逃げないでくだされえええぇぇぇ誠一郎様ぁぁぁ♡♡♡」
「無理無理無理無理!!」
がっちりホールド。
今俺は完全に触手プレイ寸前までに締め上げられている
「一生お傍に居ますからぁ……♡
例え世界が巻き戻ってもぉ……♡♡♡」
「何その言い回し怖いし重い!!」
ギチギチに触手固めされた俺を横目にネリュスがぽつりと呟く。
「……これ、治る?」
「さぁ」
マリィは肩をすくめた。
「保証はないわね」
「ないの!?」
「時間をかけて馴染ませれば落ち着く可能性はあるけど——」
一拍。
ほんの少しだけ、意地悪く。
「今は完全に“誠一郎信者”ね」
「最悪だよ!!」
「良かったじゃない」
「よくない!!」
イエナがじと目でこちらを見る。
「……モテモテだよな お前……」
「俺は君が一番だよッ!!!」
背後では夕日が完全に沈みかけていて、戦いは終わったはずなのに。
「誠一郎様ぁ撫でてくだされぇぇ……拙者のしょ・く・わ・ん……♡」
「やめて!! 来ないでえぇぇ!!!」
一番厄介な“後遺症”だけが、しっかり残ってしまったのだった。




