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墓標圧縮都市ーー寄生影

真っ暗な視界と頬に当たるやけに温かなぷにぷにともふもふ


俺の左目を覆うイエナの肉球はどこか香ばしくて


「極楽」


「お前……まさか見えてんじゃねぇだろうなぁ?」


「まさか!! そんな機能備わってないよ!!」


『備わってるわよ やってみたら?』


「やるな!! 

 まだモチャルカが入ってねぇ」


マリィの提案である合体技は到底技と呼べないほど雑なモノだった。

まず、素っ裸のモチャルカを用意。


聖剣クロノアを彼女に添え、剣ごとネリュスが呼び出した夢喰獣グラシュ=アムの口に入る


以上。


「マリィ……君を疑ってる訳じゃないんだけどこれ……いける?」


「こんなんで本当に連れ出せるモノなんかね?」


「これ消化ENDになりませぬか?」


「私も初耳なんだけれど……大丈夫?」


四人の半信半疑な反応に対して、マリィはトーンを変えず淡々と答える


『あくまで準備だからいいのよ。

 それとも技名でも必要だった?』


「なら拙者が考えますぞ!!」


「貴方はいいから早く入ってくれない?」


「無茶言いますな こっちにも心の準備が!!」


「安心して大丈夫だよ 

 うちの子お利口だから多分噛まない」


「多分……でござるか」


「そこは断言してやれよ」


「うわっぬるぬるしてる……拙者丸呑みフェチでは無いのですが」


「そんな癖あるの……?」


「ええ。世の中というのは広いもので人の数だけ癖は存在するのですぞ」


『くだらない事言ってないでさっさと入りなさい』


「はい」


……今までの抵抗はなんだったんだ。


ずるり、と何かが滑り込む音と同時に、空気がほんの少しだけ変わった気がした。


「……入った?」


「ああ……だがこれは」


不安げな声と共に左目を覆っていた手が、すっと離れる。


その瞬間——


視界に、光が流れ込んできた。


校庭に強く差し込む夕日。


長く伸びた影。


そして——その中心にいる、グランシュ=アム。


……いや。


「……」


思わず言葉を失った。


見えているはずなのに、どこかおかしい。


影が、影として“固定されていない”。


ぶつぶつと、途切れている。


まるで、世界の一部だけがノイズを起こしているみたいに。


その歪みが——


グラシュ=アムの影の一部に、確かに存在していた。


「……これ」


いつの間にか隣に立っていたネリュスも目を見開いたまま言葉を失っている。


『見えるでしょ? あれが”腫瘍”』


「腫瘍……」


『狭間に登場人物は必要ない。影も肉体も世界に存在する為だけに必要なの

 腫瘍は影に潜み次第に在り方を奪って無に返す浄化装置 狭間における掃除屋よ』


「まるで世界が物語みたいな語り様だね」


『そうね。 でもだからこそ貴方はモチャルカを救える。

 物語から退場仕掛かった彼女をね』


「どういう意味?」


『話が逸れたわね グラシュ=アムはいわばCT検査装置、クロノアは造影剤と言った所よ

 これでモチャルカの正常な部分とそうじゃない部分を明確化出来た。

 後は取り去るだけ』


「取り去るってまさかーー」


イエナは咄嗟に俺の顔を見て、後に続く様にネリュスも視線を向けた。


そう言う事か……


ため息をついてから頭に過ったものを一つ尋ねてみる。とても大事な話を


「……もし、正常な部分を少しでも齧っちゃった場合って……」


『勿論、あの子の一部が削れるわ

 魂か、はたまた肉体か』


合体技とは言ったが殆どの責任が俺にのし掛かっている

己の影を食べるのと話が全く変わってくるなこれ……。


「腫瘍か……なるほど、言い得て妙だね。

 つまり君は俺にオペさせたいんだ」


「ええ。そうよ」


「マコトみたいに?」


沈黙。


姿は見えないのに、空気がピリついた気がした。


『出来るならそれに越した事ないわ』


ほんの一瞬だけ、間があった。

彼女はそんな事一切思っていない


「……嘘吐き」


小さく、息を吐く。


「いいよ」


一歩、前に出る。


「俺としてやってやる」


そう言った瞬間、不思議と迷いは消えていた。


怖くないわけじゃない。


むしろ逆だ。


何を削るかで、“誰かの一部”が消える。


その重さは、ちゃんとわかってるつもりだ。


「……やるしかないんだ」


小さく呟いて、視線を“それ”に向ける。


グラシュ=アムの影に浮かぶ、歪み。


黒の中に混ざる、黒じゃない何か。


ぶつぶつと、断続的に途切れるそれは——


確かに“異物”だった。


「……どうすりゃいい?」


『私が執刀医、貴方は第一助手よ

 まずはバンダナを取りなさい。』


彼女の指示通り俺は右目を解放すると途端に熱を帯び始めた。

俺達は今、繋がっている。


『それでは只今より、影域解剖シャドウ・オペレーション並びに境界侵食剥離(ボーダーリムーブ)を始めます。』


「了解」


そう返した瞬間——


視界が、ぶれる。


影のノイズが、急に遠ざかって——


代わりに、別の光景が流れ込んできた——無数の黒煙の上がる都市。


荒れ果てた都市の中央、小さなテントに殺到する怪我人の列と対応する一人の男。


そして——その隣にいる、一人の女。


「……次」


低く、淡々とした声。


差し出される手。


触れられた瞬間、崩れかけていた誰かの身体が、ゆっくりと形を取り戻していく。


まるで——


壊れたものを、“あるべき形に戻す”みたいに。


「ひとまず大丈夫。 次」


優しく、けど迷いのない声でそう告げる男。


その横で、女はただ静かに頷く。


次の人間が、運ばれてくる。


繰り返し。


繰り返し。


繰り返し——


救っている。


何も迷わず。


何も疑わず。


ただ、当たり前みたいに。


「——っ」


息が詰まる。


これが——


“英雄”


「……こんなの」


喉の奥が、引きつる。


同じことをやれって?


同じ精度で?


同じ覚悟で?


無理に決まってる——


『——誠一郎』


頭の奥に、声が落ち、一瞬で景色が引き剥がされる。


『戻りなさい』


強制的に、引き戻される。


歪んだ影。


ノイズ。


現実。


『今、見るべきは“そっち”じゃない』


マリィの声は、いつも通り淡々としていて——


だけどほんの少しだけ、鋭かった。


『あなたがやるのは、“これ”』


視界の中心。


歪みが、脈打つ。


「……っ」


深く、息を吐く。


「……わかってる」


小さく、呟く。


あんなふうには出来ない。


最初から、別物だ。


でも——


「だから、俺なりにやる」


視線を、歪みに固定する。


逃げない。


比べない。


これは——俺のやり遂げたい事だ。


「行くぞ」


更に一歩踏み込み、影へ手を伸ばした。


沼に手を突っ込むかの様な粘り気と不快感。


『そこ。左に三センチ』


「……!」


言われた通りに動くと、歪みの輪郭がわずかに“定まる”。


さっきまで掴みどころがなかったそれが、“そこにある”と認識できる形に変わる。


『いい? 何度も言うけど、見えているものを信じちゃダメ』


「はい」


『“違和感”を信じなさい』


一瞬、言葉の意味を考える。


けど——


すぐに分かった。


「……ああ」


見えてる形は、あくまで結果。


本質は——ズレ。


“そこにあるはずのないものがある感覚”。


それを掴めってことだ。


「……行くよ」


ゆっくりと、手を伸ばす。


影に触れる。


——冷たくない。


むしろ、ぬるい。


生き物みたいに、わずかに脈打っている。


「……っ、気持ち悪……」


思わず顔をしかめる。


その瞬間。


ぶつん、と。


視界の一部が“飛んだ”。


「!?」


『触り方が雑ね』


マリィの声が、淡々と刺さる。


『それは“影”じゃない。“境界”』


「境界……」


『輪郭を撫でるの。掴むんじゃない』


言われるままに、今度は指先でなぞる。


する、とさっきまで抵抗していたそれが、嘘みたいに“指に絡んだ”。


「……これ、か」


『そう。それがノイズの芯』


それは、見た目よりずっと小さい。


けど、確実に“ズレている”。


周囲の影と、微妙に呼吸が合っていない。


拍が、ずれている。


「……こいつを」


『引きずり出して』


短い指示。


深く息を吸う。


「——っ」


ぐ、と指に力を込める。


その瞬間——


ぞぶり、と。


影の奥から“何か”が引きずり出された。


「ッ!?」


それは形を持たないけど確かに、“嫌な感触”だけがある。


冷たいのに、焼けるような違和感。


「これ……!」


『いいから、躊躇わないで』


間髪入れずに言い切る。


『それは“モチャルカじゃない”』


「……っ」


ほんの一瞬だけ、迷いがよぎる。


でも——


「……了解、執刀医」


歯を食いしばる。


そして——


その“歪み”に、噛みついた。


ぶちり。


音がした気がした。


味は——ない。


なのに、脳が拒絶する。


“食べてはいけないものを食べた”感覚。


「ぐっ……!」


喉の奥で、何かが暴れる。


けど、吐かない。


飲み込む。


無理やり、押し込む。


『いいわ、そのまま嚥下』


「簡単に……っ!」


視界が揺れ、世界が一瞬、ズレる。


でも——


次の瞬間。


ぴたり、とノイズが一つ、消えた。


「……え?」


さっきまであった歪みが、嘘みたいに“整っている”。


『成功よ。』


「……やった」


息を吐く。


けど、休む暇はない。


まだ、ある。


まだ——“ズレてる”。


『次が本番。』


「ああ……!」


さっきよりも、はっきりと見える。


より、“感じる”。


異物の位置が、わかる。


「……次、いくぞ」


影に手を差し入れる。


今度は迷わない。


ズレをなぞり、芯を掴み、引きずり出して——


「——食う」


さっきと同じ動作。


引きずり出した“それ”を、そのまま口に放り込む。


ぶちり。


同じ音。


同じ、嫌な感触。


「——っ」


喉に押し込む、その瞬間——


『——吐きなさい』


鋭い声。


今までで一番、強い命令だった。


「……え?」


一瞬、理解が遅れる。


けど——


『吐け!!』


マリィらしからぬその声色は間違いなく、“緊急事態”だった。


考えるより先に、身体が動く。


「っ、う——!」


ぐ、と喉を締めて、無理やり逆流させた。


次の瞬間——


「——ッ!?」


涙目になりながらもごぼっ、と黒い塊を、口から吐き出す


地面に叩きつけられたそれは——


どろり、と広がる。


粘ついた、影とも泥ともつかない何か。


「な、なんだこれ……」


イエナが一歩引き、ネリュスも息を呑んだ


「今の……ノイズ、じゃ……」


違う。


さっきまでの“芯”とは、明らかに質が違う。


それは——


ぐにゃり、と。


「……は?」


動いた……


黒い塊が、形を変えて……伸びて、歪んで、まとまって“人の形”を取る。


「……マリィ?」


そこに立っていたのは——


マリィの“形”をした何かだった。


けど


「……喋らない」


ネリュスが呟く。


そう。


そこにいる“マリィ”は、何も言わない。


ただ、こちらを見ているだけ。


表情もない。いや表情がないのはいつもだが気配もどこか薄い。


“空っぽ”。


そんな言葉が頭をよぎる


「……なんだよ、これ」


イエナの声に、わずかな警戒が混じっていた。


俺も、同じだ。


直感的にわかる。


これ、さっきのノイズなんかより——


「……相当ヤバいよね、これ」


『ええ』


本物のマリィの声が、頭の奥から響く。


やけに、落ち着いている。


『なるほど』


ぽつりと。


納得したように呟いた。


『そういうタイプ』


「どういうタイプだよ……!」


思わずツッコむ。


すると——


『危なかったわね』


淡々と本当に、何でもないことみたいに言う。


『今の、飲み込んでたら終わってたわよ』


「……は?」


『あなたの身体、あれに乗っ取られてた』


一瞬、思考が止まって


「……え?」


遅れて、理解が追いつく。


「……いや、ちょっと待て」


視線を、あの“マリィもどき”に向ける。


「操られてたかもしれないって事?」


『ええ 永遠にね』


サラッとまた怖い事。


『ロイコクロリディウムって虫、知ってる?』


「知らないよ」


『宿主を操って食わせる寄生虫よ

つまりタコの正体はカタツムリで本当の目的は貴方。』


「……」


ぞわり、と背筋が冷える。


「……一体誰が…」


『さぁ? 貴方のアンチじゃない?』


「それは厄介だな」


黒い“マリィ”は、何も言わずこちらを見ている。


ただ、立っているだけなのに——


空気が、じわじわと圧迫される。


「……で?」


イエナが一歩前に出て、顎でそれを指しながら、短く問いかけた


「どうすりゃいいんだ、これ」


『簡単よ』


マリィの声は、相変わらず淡々としていて。


だからこそ——余計に重い。


『安心して、殺して』


「……え」


一瞬、間が空いたが、マリィは続けた。


『あれはもう、モチャルカの影から切り離してある。

切除済みの肉片に用はないわ』


「……つまり」


ネリュスが、ゆっくりと息を吐く。


「遠慮はいらないってことだね」


『ええ』


言葉の温度の低さが、逆に現実を突きつけてくる。


「……」


ネリュスは数秒だけ黙ってから——


すっと、手をかざした。


影が揺れる。


そこから、細く鋭い“槍”が形を成していく。


黒と夢の境界みたいな、不安定な質感。


それを——


何の躊躇もなく、イエナに放った。


「姫」


軽い口調なのにその目は真っ直ぐだ。


「これ使って」


イエナは片手でそれを受け取る。


「……へぇ」


軽く振ってみて、感触を確かめて


「悪くねぇな」


口元が、にやりと歪む。


そして——


黒い“マリィ”へと視線を向ける。


「はっ」


小さく、笑った。


「日頃のストレスぶつけるには、丁度いいな」


「私も混ぜてよ リハビリに丁度いいし」


ネリュスが横でさらっと言う。


『複雑な気分』


「日頃の行いだ」


「うんうん」


軽口。


いつも通りのやり取り。


なのに——


誰も、笑っていない。


「……」


喉の奥が、少しだけ乾いてきた。


さっきまでの“オペ”とは違う。


これは——


完全な“排除”。


黒いマリィが、ゆっくりと首を傾げた。


ぎこちない動き。


遅れて、口が開く。


『対象:誠一郎』


機械みたいな声。


『侵入失敗』

『プロセス再構築』

『次段階——移行』


「……来るぞ」


イエナが槍を構える。


ネリュスの影が、足元でざわつく。


俺は——


拳を、握った。


夕日が、長く影を引き伸ばす。


歪みの中で。


俺たちは、“それ”と向き合う。


——そして。


次の瞬間へ。


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