墓標圧縮帝都ーー救済前夜
「――とまぁ、これが異界奏楽部結成までの話かな〜。
……やっぱり他人の青春なんて、正直つまらなかったんじゃない?」
ネリュスはそう言って肩をすくめる。
「そんなことないよ」
俺は首を振った。
「人間のマコトと、その周りにいる魔族とか魔物とかさ。
先生と生徒っていう枠に収まらない感じが、逆に新鮮で……俺の知らない学生生活って感じが面白いよ」
ネリュスは一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑う。
「そっか。ならよかった」
「私もさ、こうやって誰かと思い出話するの、久しぶりだったし」
どこか、懐かしむような声で。
「……あのさ」
少し迷ってから、口を開く。
「旅の途中で、ダンとはそういう話しなかったの?」
ネリュスの指先が、ほんのわずかに止まった。
「……ううん。してないよ
基本、あの人ずっと“モチャ”でいようとしてたから」
「……そっか」
「多分さ」
ネリュスは視線を窓の外に向けたまま言う。
「わかってたんだと思うよ。君は君だって」
その言い方は、どこか断言に近かった。
まるで——もう確かめる必要がないみたいに。
「モチャ……どこ行っちゃったんだろう」
思わずこぼれた言葉に、ネリュスはほんの少しだけ、言葉に詰まる。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
「……さあね」
すぐに、いつもの調子に戻る。
「ほんと、どこ行っちゃったんだろ」
笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
「でも、今考えても仕方ないから」
少しだけ強引に話を切り替えるように、
「気長に探そうよ。皆でさ」
「うん、だね」
ネリュスは立ち上がって、くるりとこちらを振り返る。
その顔は、さっきよりずっと穏やかで——
同時に、どこか決意みたいなものも滲んでいた。
「そろそろ戻ろっか」
「もう大丈夫?
戻った瞬間モチャルカ刺したりしない?」
軽く茶化すと、
「しないわ!」
即答。
「たった数十分で私のイメージどうなってるのさ!」
「元ヤンアラサーミステリアスガール」
「刺すよ?」
「ごめんて」
……これはマジで刺されるやつだ。
ネリュスは一つため息をついて、それから少しだけ真面目な顔になる。
「……まぁ、さ
今回のは完全に私が悪かったと思う」
「お互い様ではあると思うけど……」
「あの子の配信してた理由って、多分……この場所に縛られてても、誰かと関わっていたかったからでしょ」
「……」
「それなのに、私は“存在しないもの”みたいに扱った」
ぎゅっと拳を握る。
「久しぶりの再会で、あれはなかったなって……ちゃんと思えたよ」
少しだけ照れたように笑って、
「話、聞いてくれておかげ。
ありがとね 誠一郎君」
「でへへ……いいよ、別に」
教室を出て、廊下を戻る。
さっき通ったはずの道なのに、どこか少しだけ歪んで見える気がした。
……やがて見覚えのある扉の前に辿り着く。
音楽室。
さっきまでのざわつきが嘘みたいに、今はやけに静かだ。
「……入るよ」
ネリュスが一歩前に出る。
そして——
扉を開けた、その瞬間。
「——ネル殿ぉぉぉ!!」
黒い影が、床から弾けるみたいに跳ね上がった。
「!?」
ネリュスの目が見開かれる。
そのまま——
影は彼女に飛びついた。
「ちょっ——!?」
反射的に受け止める形になって、ネリュスの体がぐらつく。
「この度は誠に!! 誠に申し訳ございませんでしたぁ!!」
「え、なに、ちょ、重っ……!?」
影はそのまま、がっちりとネリュスに巻きついたまま離れない。
「拙者、言い過ぎました!! 調子に乗りました!!
反省しておりますゆえどうかその怒りの拳だけはご容赦を!!」
「ちょっと待って意味がわからない!!」
さっきまでの殺気が嘘みたいに、ネリュスが完全に振り回されている。
……いや、俺も意味わかってないけど。
ふと室内に目を向けると部屋の中央。
そこに——
モチャルカ本人が、きっちり正座していた。
背筋を伸ばし、膝の上に手を揃え、完全に反省モード。
そしてその正面には——
腕を組んで仁王立ちしているイエナ。
「……おう、戻ったか」
俺達に気づいて、にやっと笑う。
そのまま、顎でモチャルカを指す。
「とりあえず説教は終わったとこだ」
「本当に……終わってる? 最中じゃない?」
「終わった終わった」
軽く言いながら、イエナは腕を組んだまま、ゆっくりとネリュスの方へ視線を向ける。
影に抱きつかれているネリュスと、その奥で正座しているモチャルカ。
その両方を見て——
くすっと、小さく笑った。
「ほら、当人同士でやることあるだろ?」
その言い方は普段の粗々しさとは真逆で妙に優しく、改めてママだなって思ってしまった。
本当そういうところ好き
影に抱きつかれたまま、ネリュスもしばらく固まっていたが、
やがて小さく息を吐いて——
「……いいから、離れなさい」
その声は、さっきみたいな棘はなかった。
「はっ!!」
影は即座に飛び退く。
その動きがあまりにも機敏すぎて、逆にちょっと面白い。
ネリュスは軽く服を整えてから、正座しているモチャルカの前まで歩いていく。
数歩。
立ち止まる。
モチャルカは顔を上げない。
「……さっきは、ごめん」
先に口を開いたのはネリュスだった。
「あんたの事ちゃんと見ようとしなかった……また辛い思いするのが嫌だったから」
「……」
「あんたはあの頃と同じで接してくれたのに——ごめんなさい」
少しだけ、言葉を探すような間。
「……もう一回、ちゃんと話そ」
静かに、そう言った。
モチャルカの肩が、わずかに揺れる。
「……ネル殿」
ゆっくりと顔を上げる。
その目は、さっきまでとは違って——どこか人間らしい温度が戻っている。
「拙者こそ、言葉が過ぎました」
「……」
「本来ならば、触れてはならぬ事でござった」
モチャルカは頭を下げる。
今度は影じゃない。本体が。
「お互い様でしょ」
ネリュスは小さく笑う。
「……ほんと、面倒くさいね私達」
「ええ、実に」
少しだけ間があって、二人とも、ふっと笑った。
張り詰めていた空気が、ようやくほどける。
「……よかったな」
ぽつりと呟くと、イエナが横で頷いた。
「ああ。ようやくだ」
腕を組んだまま、どこか満足げだ。
その様子を見て——
なんとなく、胸の奥に引っかかっていたものが少し軽くなった。
……けど。
「ねぇ」
気付けば、口が動いていた。
三人の視線がこっちに向く。
「本当にさ」
出来るだけ言葉を選んで、
「モチャルカって、本当にこの帝都から出れないの?」
静かに、問いを投げる。
一瞬、空気が止まってモチャルカは目を細めて、少しだけ困ったように笑う。
「……無理、でござるな」
あっさりとした答え。
「なんで…そんな簡単に」
けど、モチャルカは首を横に振った。
「これは意地や覚悟の問題ではなく、構造の問題でござる」
「構造?」
「ええ」
モチャルカは自分の足元——そして影を見下ろす。
「この帝都……半狭間に呑まれたこの場所では、次第に“自己”と“影”の均衡が崩れていきます」
「……」
「ここ三層は中心層に比べ、進行も遅かったのですが……抜かりましてな」
静かに言い切り、イエナは変わらず腕を組みながら尋ねる。
「抜かったってのは、どういう意味だよ」
「……まぁその話は長くなりますから 然程重要でもありませんしな
ただ少なくとも拙者の現状はあまり芳しくありませぬ」
床に落ちる影が、わずかに揺れる。
「影が“独立した存在”として振る舞っている時点で、拙者は既にこの場に縫い留められているという事ですからな」
「だから……外に出ようとすれば?」
「崩れますぞ いとも簡単に」
さらっと言う。
「留まり続けたとていずれは影が変形し異形に成り果て、自己が霧散しますでしょうから
結局、“拙者”という形は保てぬという訳です。」
「……」
軽い口調なのに、言ってることは全然軽くない。
ネリュスが小さく頷く。
「……結界とか、拘束とかそういう問題じゃないんだよ
今のモチャルカ存在そのものが、この場所に依存しちゃってる
この場所だから曖昧でも存在出来てしまってる状態なの」
イエナも腕を組んだまま口を開く。
「どっちにしろロクな結果にならねぇってわけかよ
ならこのままの方がまだーー」
彼女は途中で言葉を紡ぐのをやめた
救いたいのに救えない
救おうとすれば、消えてしまうかもしれない
「……」
つまり——
本当に、どうしようもないってことだ。
モチャルカは、いつもの調子で肩をすくめる。
「というわけで。拙者はここで、配信でもしながらのんびり余生を過ごすと致しますよ
案外、悪くないものですぞ? 姿は変わりましたが友もおりますし」
軽く笑うが、その言い方が妙に引っかかる
……諦めてるわけじゃない。
けど、受け入れてはいる。
その温度が、やけにリアルでなんとももどかしい。
「……そっか」
けどそれ以上、言葉が出なかった。
どこかで納得してしまいそうになる。
——その時。
『ムカつくわね……』
頭の奥に、直接響く声。
「っ!?」
ネリュスがびくっと肩を震わせる。
モチャルカも目を見開いた。
「ま、まさか……マリィちゃん?」
『天の声よ』
なんでそんなすぐにわかる様な嘘言ったんだのかはわからないが、どうやらモチャルカやネリュスにも聞こえている様だな。
「まさか心に直接!? これが噂のテレパス通信というやつでござるか!? 拙者ついに選ばれし存在に——」
『うるさい』
「すみませんでした」
秒で正座し直すモチャルカ。
……順応早いなこの人。
隣を見ると、イエナと目が合う。
お互いに、じとーっとした視線。
「……なぁ」
「……うん」
多分俺たちの思考は今シンクロしている
「お前さ」
俺の代わりにイエナはため息混じりに尋ねた
「ずっと聞いてたよな?」
『ええ』
またこのパターン……なのに悪びれもせず、即答。
『学園青春モノを見てる気分で、そこそこ……まぁまぁよかったわ
10点満点中4点といった展開かしら』
その答えにイエナはもう何も言わずただ、呆れたように頭を掻いた。
「よかった割には評価微妙じゃん
何が気に入らないの」
『回りくどい。』
天の声が、少しだけトーンを落とす。
『そして何よりムカつく』
「え?」
『誠一郎。あなたによ』
「俺!?」
まさかの矛先に素っ頓狂な声が出てしまった……なんで俺に対してなんだ……全く心当たりがない。
『主人公力が落ちてきてるからそこは仕方ないとしても、あなた狭間にいるってわかってたでしょ?』
「主人公力?……君も大概回りくどいと思うけどなぁ」
『黙って』
「はい」
『狭間といえば私ってわかってるでしょう
なのにどうしてすぐ名前が出てこないのかしら?』
「いやだって……君、ずっと黙ってたし……いないのかと」
『いないわけないでしょ 私、鈍感系主人公は好きだけどこの場合は嫌いよ』
間髪入れず好みまで返ってきた
『そもそも、私が何の為にネリュスを“行かせた”と思ってるの?』
「えっと……君自身の愉悦の為?」
「半分当たり」
「当たりなのかよ」
『だけど、もっと“乙女心”まで察して欲しかったものね』
ぐい、と圧が来る。
頭の中なのに圧があるってどういうことなんだこれ。
「いや多分乙女心の使い方間違ってるし、難易度高いよ」
「お前さ。姿、戻ってからより面倒臭くなったよな」
横からイエナがぼそっと言う。
『……は?』
一瞬の沈黙。
『あーあ』
拗ねた様な声とあまりにわざとらしいため息。
『もういいわ』
完全に拗ねモードに入ったな……
『知らない。
せっかく私、あなた達のお願いを叶えてあげようと思ってたのに』
その一言に空気が変わる。
「……え?」
イエナは眉をひそめ、ネリュスも、はっとしたように顔を上げてモチャルカは——動かない。
『可哀想なモチャルカ』
静かに、淡々と。
けど確実に刺さる声音で。
『こうして友人とまた会えたのに』
一拍。
『また、一人ぼっちね』
空気が冷えたその直後、モチャルカはまるで分析する様な声色で返す
「確かに面倒臭いでござるなぁ」
一切の遠慮のない言葉にイエナも続く。
「あるならあるでさっさと言えよ 面倒臭ぇな」
ほんの一瞬沈黙が落ちてしおらしく悲しげに彼女は言葉を返した。
『……誠一郎……みんながいじめる』
「君が嫌味な事言うからでしょ。
それに……このやり取りすら楽しんでるよね」
『バレた……後で貴方に身体で慰めてもらう作戦』
「とんでもないなその作戦!!」
天井に向かって牙を剥き出しているイエナを横目に俺はため息を吐きながら尋ねた
「それで先生……どうすりゃいいの?」
「ふっ お待ちかね合体技を使うの」




