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26 シャマール王国 4


 すんなりと潜入することができたシャマール国、第四王子の宮殿内。

 そんな、煌びやかな宮殿内は浮足立っていた。今日はセリアンテ国からやってきたご令嬢の歓迎パーティだ。

 忙しなく動きまわる使用人たちに紛れ、俺もせかせかと手を動かす。


「ルーイ、こっちも頼む」

「はい、ただいま!」


 うさ耳を頭を覆う布に隠して、しっぽもゆったりとした服の中。この国では獣人の特徴は隠すことが一般的なようだ。

 ルーイと名乗り、宮殿の使用人に志願したのはメーラが到着する二日前のこと。一人身軽な移動だったため、彼女より早く到着することができたのは幸運だった。宮殿内を見ることができたし、王子の噂もちらほら聞くことができた。しかし、まだ決定的なものがない。


 俺がなぜ使用人の真似事をしているのかというと、それはメーラと再び対面したあの日に遡る。

 色々やらかした俺を連れて執務室に戻ったフィリベール殿下から聞かされたのは、シャマール国の王子の噂。


「第三王子が獣人だという噂がある」


 シャマール王国第三王子、サリーフ。彼は先日の干ばつの際、私利私欲のために領民を苦しめた。シャマール国王が罰を与え、現在は謹慎中。領地も没収されている。ここまでは余談だ。

 その王子が獣人かもしれないというのが問題だった。第三王子には救済事業の時に会ったことがある。整った顔立ちの黒髪黒目の男で、その頭には耳や角はなかったと記憶している。国王が生粋の人間であることは間違いないが、母親の方はすでに亡くなっており詳細はわからない。

 その第三王子と同腹であるのが第四王子、アミール。シャマール国の王子が獣人であろうが、人間であろうが本来なら関係ないのだが、そこにセリアンテ唯一の人間のご令嬢が絡んでくると話は違う。彼らの母親が獣人であるのならば、彼女の婚約者だというアミールも獣人の血が混ざっていることになる。

 メーラの母親は純粋な人間の血を求めてアミール王子との婚約を承諾しているのだから、それが覆ることになるのだ。フィリベール殿下と相談し、俺がシャマールまで調べに来たというわけだ。

 そう、殿下の命令なのである。王命と言ってもいい。国として貴重な人間の女性をホイホイ他国へ嫁がせるわけにはいかないから。決して俺が、彼女を……こほん。


 まさか彼女もシャマールへ来ることになるとは思ってもいなかったのだが、それならばちょうどいい。俺があの王子から彼女を守らなければ。とにかく間に合ってよかった。


 幸いなことに、この宮殿の使用人にはうさぎが多い。俺のことを疑うやつはどこにもいなかった。






****






 宴が始まると忙しさが増した。まるで結婚披露宴のような雰囲気のそれに、苛立ちを覚える。

 アミールに王子を見張りながら、今日の主役であるご令嬢を視界に入れた。

 この国の衣装に身を包む彼女は艶かしく、正直、目のやり場に困る。似合っているけど、なぜそれを着てしまったのか。それのせいで、彼女と王子が結婚したような錯覚に陥ってしまうのだ。それに他の王子や、貴族が彼女に不躾な視線を送るのも許せない。しかし、何よりもアイツ。


「くそ、素肌にベタベタ触りやがって」

「ルーイ? 何してる、これを持っていってくれ」

「はーい、かしこまりました」

 

 低く悪態づいて、呼ばれた時は笑顔で明るい声を出す。次から次へと出てくる料理を運んで、帰りは空いた皿を下げて、呼ばれる前に酒を運ぶ。あまりにも自分が様になりすぎて、根っからの従者気質であることを実感していた。

 仕事の最中、ちらりと会場内のメーラに目を向けた。アミールが鼻の下を伸ばしている。


「ああ、しっぽでも出せば一発なのに……」


 俺の呟きは喧噪に紛れて消えていく。


「なんか会場からいい匂いがするんだよなあ」

「アミール様の奥様方がいるし、そのせいじゃないか?」

「ああ、そうかも。こんなに勢ぞろいなの久々だしな」


 うさぎたちが、こそこそと言葉を交わしている。確かに女性が沢山いたけど……


「奥様……?」

「ああ、ルーイも初めて見るよな、奥様方」

「え、ええ」

「あっちの第一王子のところにいるのがミーシャ様、もっとも正妃に近い人。でも、セリアンテの人間のご令嬢が来たら、彼女が一番になるんだろうなぁ。で、第二王子のとこにいるのがアイーシャ様、アミール様のお気に入りの方だ。で、あっちが……」

「ルーイ、これアミール様のところへ!」

「あ、すみません。また後で聞かせてください!」


 俺は話を切り上げて仕事に戻る。やっぱりアイツもハレムがあるじゃないか。おかしいと思ったんだ。シャマール国王はそれはそれは立派なハレムを持っている。アミールが未婚なわけがない。獣人であるかどうかも問題がだが、これだって大問題じゃないか。


 イライラしながら無駄にキラキラな食器を運んでいると俺はアミールに呼び止められた。あまり近づきすぎないようにしていたのに。

 一瞬バレたかと思ったが、ヤツは今やたらと機嫌がいい。俺に全く気が付く様子はなく、追加の酒を所望して、空になった水瓶を押し付けてくる。

 ふと、メーラに目を向けると、ぞわりと全身の毛が逆立った。彼女のとろんとした目は虚ろで、顔が赤い。何よりも嗅いだことのある、あの抗えない匂いが漂っているではないか。

 彼女だって恐らく抑制剤を飲んでいるはずだ。こういう場で、準備を怠るような女性ではない。それに俺だって飲んできた。それなのに、この匂い。さっきの使用人たちの話を理解した。甘い匂いの正体。


 このままでは危険だ。


 さっと辺りを見回した。やはり人間が多いからか、メーラの匂いに気が付いているようなヤツは見当たらない。それならば、一番危険なのは間違いなくアミール。


 急いで追加の酒を受け取り、王子の元へ向かう。高級なやつがなんとかと言われた気がしたが、それを探している時間はない。


 宴が始まってから大分時間が経っていた。他の王子や、貴族たちもお気に入りの女性とじゃれている。セリアンテではそういう雰囲気になったら大抵部屋に引きこもるが、この国の会場はふかふかの絨毯の上、わざとらしく至る所に死角になるような布が垂れ下がっている。その死角でいちゃつくというわけである。これがこの国では普通のことなのだ。


 俺が酒を持って戻るとアミールがメーラに覆いかぶさっていた。

 

 頭に血が上った。正常な判断ができなかった。もっと穏便なやり方があったかもしれない。まったくいつもの俺らしくもない。


 大きく振りかぶって、たっぷりと入った酒をぶちまける。もちろん、アミールの上へ。


「お前っ、何してくれる」 

「わぁ! 申し訳ありません。どうしよう! このままでは染みになってしまいます。すぐにお召し替えを!」


 勢いよく振り返ったアイツと俺が素早く床に頭をつけるのはほぼ同時。ドジっ子のような声を出しながら、すぐに謝る。

 

「何だ、お前、見ない顔だな。新入りか? 俺が誰かわかっていてこんなことしているのか?」

「はい、申し訳ありません。罰は後ほど、いかようにも。しかし、先にお召し替えをなさって下さい」

「チッ、メーラそこで待ってろよ」


 俺の失態を真っ青な顔で見ていた先輩使用人が、アミールを連れていく。俺は見えないところで舌をだして、ざまあみろと心の中で呟いた。


 アミールが消えたことを確認してから、顔を上げた。潤んだ瞳でこちらを見ていたメーラの腕を掴んで、引っ張り上げる。


 この宮殿の空き部屋は把握済みだ。


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