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27 シャマール王国 5

 飛び込んだ部屋はベッドルーム。

 セリアンテのものよりも背の低い天蓋付きのベッドが部屋の中心に置かれている。

 ふらつくメーラを支えながら、そこに倒れこんだ。


 息を整えて、俺の下にいるメーラを見下ろした。二人きりになると、さらに匂いは鮮明になる。


「はぁ、メーラ、大丈夫ですか?」

「えっ、ルシアン、さま?」

「そうですよ、メーラ」

「んん? あれ? ここ、セリアンテじゃないですよねぇ? ふふふっ」


 理解できないとでもいうように目を(しばたた)かせた。甘い匂いを放つ彼女は、やや呂律の回らない様子で、俺の名前を呼んだ。甘い匂いの中に、酒の香りを感じる。


 まさか、この発情の匂いとメーラのふわふわした状態は酒のせいなのか?


 俺たち獣人は酒に強い。よっぽどのことがない限り、ふらふらになったり、呂律が回らないとまではいかない。確かに俺の父親のように酒癖の悪いやつもいるが、意識はしっかりしている。だから厄介だとも言えるのだが……それは置いておいて。

 今のメーラは意識がしっかりしてるとは言い難い。


「ええ、ここは間違いなくシャマール国ですよ」

「……じゃ、なんで、ここにルシアンさまが……? もしかして、夢……?」

「夢じゃないですよ。メーラが心配でここまで来たんです」


 俺の言葉が理解できたのかわからない。正直な気持ちを伝え、顔にかかった髪を避けてやると、ふにゃりと微笑んだ。そして、彼女は「ふふふ」と声を出して笑い始める。

 

「ふふふ、会いたいと思っていたから夢に出てきちゃったの?」

  

 何かの聞き間違いかと思った。メーラが俺に会いたかった?

 そんな都合のいい話あるもんか。邪念を振り払い、メーラと目を合わせる。


「……会いたかったのですか? 私に?」

「ふふふ、ルシアン様、会いたかったんですよ」


 金色の瞳がとろりと蕩ける。ふわりと香る濃い酒の匂い。 


「っ、……メーラ、もしかして酒を飲みましたか?」

「おさけ……? ああ、あれってお酒だったんですねぇ……それなら、たっくさん飲みましたぁ!」


 元気な返事が返ってきて、力が抜ける。酒を飲んだ時の父と同じ面倒くささを感じた。これは酔っているということで間違いなさそうだ。俺はメーラを囲っていた身体を起こして、深呼吸する。

 

「人間って酒に弱いんですか……」

「知りませーん、ふふふ」


 頭痛がする。酔っ払いの相手は父で懲りている。 

 しかし、今のメーラの様子は、どちらかというと猫科のやつにマタタビを盛ったときのよう。気分が高揚して、楽しくてなんでも笑える、と使ったヤツが言っていたのを思い出した。

 

「実はメーラが猫で、アミールにマタタビを盛られたとかじゃないですよね?」

「猫? 私が? にゃー」

 

 同じように起き上がったメーラの丸めた手が俺の頬を掻く。猫の鳴き声付きで。


「っ、何してるんですか」

「猫です!」

「メーラ……人間ですよね……」

「そうですっ私は人間ですよぉ。もう、ルシアン様もアミール王子もなんで人間かどうかなんて何度も確認するんですかねっ」

「え、メーラ、もう一度。アミール王子がなんだって?」


 今彼女が大事なことを言った気がする。


「ふふふっ、ルシアン様がいる、ふふふ」


 あ、駄目だ。もう聞いていない。俺の顔をぺしぺしと猫手が叩く。


 なんだこの酔っ払い。可愛すぎる。まだ猫の真似をしているメーラの腕についたアクセサリーが、彼女の手の動きに合わせてシャラシャラと音を立てている。

 この可愛い生き物をどうするべきか悩んでいると、にゃーにゃー言っていた彼女がぴたりと動きを止めた。


「メーラ……?」

「夢、ですよね? 夢ならお耳触りたいなぁ」


 メーラは一瞬真剣な顔をして、ずずいと身体を寄せてきた。俺の頬を擦っていた手が、頭の布を奪っていく。


「はっ!? えっ、耳!? っちょ、ゆ、夢じゃないって言ってるじゃないですか」

「ずっとずーっと触りたいと思ってたんです」

「な、なに言って、ちょっ、あっ」


 布を取り返そうとした手は宙を掻く。ご令嬢とは思えない素早い動きで、メーラの細い指が、俺の耳を捉えた。感触を楽しむようにふにふにと動かされ、ついでのように頭を何度も撫でられる。どういう状況?

 この歳になってから頭を撫でられることなんてない。あ、……心地良い。


「はあ、やっぱりふわふわだあ」

「め、メーラっ」


 などとうっとりしている場合ではない。ふにふにと耳を弄る手は止まらない。

 耳は獣人の弱点でもあり、性を直接的に連想させる。甘い雰囲気になって、誘うときに、耳やしっぽを弄るのだ。それを思い出して、ぶわっと熱が上がってきて、彼女の顔がまともに見れない。酔っ払いのメーラを突き放すこともできず、されるがまま。彼女の布の少ない衣装が目と鼻の先に突きつけられていて、俺はまた理性を試されているらしい。


「あっ、ルシアンさま、しっぽは?」

「はっ!? そ、それは絶対ダメです」

「えー、なんでですかぁ」


 俺が何をしたというんだ。どうにか耐え忍んでいだところへ、耳を弄っていた彼女の手が腰に移動してきた。きゅっと巻き付き、力が込められて、身体が跳ねた。思いのほか強い力で巻き付いて、俺の背後を(まさぐ)っている。


「こらっ、メーラ!」

「あれぇ? ない! しっぽない!!」


 素っ頓狂な声を上げて、俺を見上げたメーラは本気で驚いているようだった。

 彼女は酔っ払い。彼女は酔っ払い。自分に何度も言い聞かせたけど……


「はぁ!? ありますよ! 俺うさぎだからしっぽ短いの! 中にある!!」


 この国は耳やしっぽは表に出さない。その通りにしてズボンの中にしまってある、俺の小さなしっぽ。

 俺だってセリアンテの獣人だ。セリアンテでは耳も角もしっぽも見せびらかすのが当然。確かに、小さいけど、耳もしっぽもちゃんとある。……今意地を張る必要なんてどこにもなかった。だけど、傷付いた。俺のプライドが。

 

「なかぁ??」

「あっ、ちょっ、ッ」

「ここかな?」


 再び俺の腰に巻きついたメーラはあろうことかズボンに手を突っ込んだ。


「メーラ! それ以上はっ、本当にッ」

「あ、見つけた。ふふ、こっちもふわふわ、ふふふっ」


 抱きついまま、俺を見上げ、いろんなものを押し付けて、可愛らしく笑うメーラ。

 ああ、本当にこの国の服は布が少ない。あと柔らかいし、いい匂いがするし、可愛いし。

 ……俺は充分我慢したと思う。


「メーラ。俺のこと、うさぎだと思って安心してたでしょう」

「わっ、ルシアン、さま……?」


 しっぽを(まさぐ)る手を掴み、そこから引き抜く。俺にのしかかっていたメーラをくるりとひっくり返した。状況が掴めていないように目を白黒させているメーラを見下ろして、にっこり笑う。耐えろ、耐えろ。何度も自分に言い聞かせて。


「ほら、メーラ。もう離れて。獣人のしっぽも耳も簡単に触っちゃダメですよ」

「……」

「メーラ?」

「うさぎだから、じゃなくて、ルシアン様だから……」


 恥ずかしそうに顔を背け、潤んだ瞳だけをこちらに向けた。赤らんだ頬、ぞくぞくするその表情。

 俺だからってどういうこと。俺だから安心しているっていうこと? 俺は何もしないと、できないと思われている? 



「ルシアン様、夢なら、もっと触りたい……触って欲しい……」

「っ、それは、反則……っ」


 俺だから触りたいってこと? そう、都合よく解釈していいの?

 メーラの手が伸びてきて、俺の耳を、頬を、唇を撫でていく。触られたところが熱い。身体が痺れる。全部熱い。


 いつの間にかあの匂いが部屋に充満している。薬を飲んでいるとは言え、俺の理性も限界が近い。早くこの部屋から出たい。メーラを傷つけてしまう前に。

 でも、こんな匂いをさせていたら、誰かに気付かれてしまう。


「メーラ……くそ、なんだこれ、早く匂い消さなきゃ……」


 朦朧としてきた頭で、レーヌ様の言葉を思い出していた。


『メーラの発情の匂いにはマーキングが有効よ』

 

 そうだ、マーキング。

 俺は慌てて、彼女の首や頬、腕に頭を擦りつけた。マーキング……知識しかない。やったことなんてない。

 すりすりと、彼女の全身に匂いをつける。


「んんっ、ルシアンさま? 何してるんですか?」

「マーキング」

「ええー! 違いますよ! マーキングってキスのことでしょう?」

「っ、は? き、キス!?」


 この酔っ払い令嬢は何を言っているのか。俺のマーキングにくすぐったそうに身をよじり、嬉しそうに笑っていると思ったら、マーキングがキスだって?


「モニカ様とレーヌ様に聞いたんですよぉ、マーキングはキスだって」

「メーラ、きっとからかわれます。獣人のマーキングは身体を擦りつけることで匂いを移すことです。これでとりあえずメーラの匂いが消せればいいんですけど……」

 

 俺だって、マーキングなんて初めてだった。どれだけやればいいのかなんてわからないし、部屋中にメーラの匂いが充満していて、大元が消えているかもわからない。とりあえず、いろんなところに擦り寄って、擦りつけて。全部俺の匂いになればいい。

 あれ、やばい、なんか興奮してきた。このままだと、本当に(たが)が外れる。


 これくらいにしなきゃ、ふと顔を上げると……

 

「うそ」

「え?」


 メーラの蜜のような瞳に俺がいる。同じ温度の手が俺の首に回って……

 唇に柔らかなものが一瞬触れた。


「マーキングってこれですよ」

 

 それはすぐに離れていき、俺の下で彼女は照れたように笑う。

 匂いだけじゃない。彼女の笑顔も、声も、肌も、感触も、何もかもが俺を刺激して、そそるのだ。


 まったく、人の気も知らないで。


「……この酔っ払い」

「これで私はルシアンさまの匂いになりましたか?」


 メーラは嬉しそうに笑っている。ああ、可愛い。俺は耐えたほうだよな。

 

「まだ、足りません」


 可愛らしく色付く赤い唇に吸い付いて、甘いそこを舐め上げる。


「んっ、ふぁ……」

「メーラ」

「っ、ルシアン、ぅんっ」


 彼女の名前を呼べば、もっと甘い響きで俺の名前を呼んでくれる。煽るように縋りついて、舌の侵入を受け入れてくれる。何度も角度を変えて、メーラの唇を奪い、食む。


 俺の理性はやっぱり、うさぎ。


 どれくらいそうしていたのだろう。いつの間にか、メーラは寝息を立てていた。匂いも治まった気がする。


「……やってしまった」


 治まったどころじゃない。これだと完全に俺の匂いがメーラについてしまって……


「ああっ、くそっ……」


 


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