40話:祖父母の遺産と釧路旅行とMMタワーに引っ越し
清水と薫子さんが、驚きの表情で、こんな豪華な昼食、良いのですかと聞きなおすと、えー、プライベートバンクのお客様ですからと言った。昼食をしっかり食べ、1時間足らずで電話して斎藤さんにお礼を言い握手してUBSを出て帰路についた。
横浜の家に帰って、薫子さんが、清水に、多額の遺産が入ったら、もっと良いマンションに引っ越さないかと言い出した。具体的にはと聞くと、散歩してみていた素敵なMMタワーの海側のマンションと告げた。
その後、家賃25万円以下で1LDKで、海が見えるMMタワーのマンションという事で、探してもらう事にした。しかし、すぐには、見つからず、夏になったが、条件を満たす物件は、出てこなかった。
そこで、夏休み、避暑のために、北海道の釧路の一流ホテルが、8月1日からツインルームの2食つきで、マンスリーパックで20万円と言う記事を見つけて出かけた。羽田空港から釧路空港へ飛んで、空港から釧路駅行きの直行バスで到着。
その晩、ホテルの最上階の海が見える素晴らしい景色のレストランで、暮れなずむ太平洋を見ながら夕食を食べた。翌朝、朝6時に、起きて、ホテルの近くの幣舞橋「ぬさまいばし」の4つの女性像の彫刻をじっくり見てきた。
その後、ぬさまい広場も散歩して帰ってきた。数日後に、摩周湖の3つの展望台を回って、多くの写真を撮り、この湖の美しさ、神々しさを感じた。また、休憩所で聞いた、アイヌの民話の話も胸を打った。
その他、屈斜路湖、阿寒湖、を周遊した。翌週は、網走湖、能取湖、サロマ湖を回ってみると、北海道の雄大さに感心した。牡蠣「かき」で有名な厚岸に行き、たらふく食べてきた。
後日、ホテルを早朝に出てレンタカーで根室、風蓮湖、標津町、羅臼、斜里を抜け丸1日をかけて長距離ドライブを楽しんできた。また、ある日は、早朝に出て、足寄から、大雪山を見てまわるドライブをした。
その途中の池田町で特産のワインを購入し、帯広に寄り豚丼を食べて帰ってきた。そのうちに1ヶ月が、経って横浜に帰ってきた。9月、10月となり10月17日、希望の物件が月25万円の家賃で見つかったと連絡が入り入居した。
11月、山下公園前や多くの街路樹のイチョウの木が色づいて素晴らしい景色になる。長い散歩をして、ホテルニューグランドで、お茶しながら、外を見ていると、亡き、鞠子の笑顔が、海の中に浮かんで見えた。
人生をゆっくり楽しんで、過ごしてねとでも言っているような笑顔で、安心した。一緒に散歩していた、薫が、奥さんを思い出してるのねと言った。私が、いくら頑張っても奥さんほど長く、一緒にいる事はできないし完敗だわと笑顔で答えた。
本当に清水君は、優しくてたくましいからと言い、生まれ変わったら正妻になりたいわと告げた。この話には、何もコメントせずに、ただ、海を眺めていた。
港の浮かぶ船、遠くのベイブリッジ、対岸の大きな風車、やっぱり横浜は、最高だと、清水が言うと、薫も同感だわと語った。
その後、タクシーに乗って根岸森林公園に向かった。
公園に入ると、馬の博物館「根岸競馬記念公苑」の看板が目に入り入館した。実際に大きな馬や小さなポニーも放牧されていて、じっくり観察してきた。その後、根岸競馬場と一頭、見所後も遠くから見学してきた。
これだけの広い競馬場が、遠い昔、ここにあったと想像すると、強い郷愁を感じざるを得ないほどの景色だった。これを一緒見ていた、薫は、もし、私たちが100年前のこの頃、ここで競馬馬を見たかったわと言いキスをした。
不意を突かれ、よせよ、他の人に見られるだろと、言うと、構わないわ、今は、私は、あなたを独り占めできるのだからと、あっけらかんとした態度で述べた。女って、本当は、強いのよと笑いながら言った。
もう少し、ここで、夢を見させて欲しいから、30分位、眺めていようよと、薫が言うので、思わず、首を縦に振った。しばらくして、でも、やっぱり亡くなった、奥様にはかなわないわと悲しそうに話し始めた。




