34話:同窓会と初詣と新年会
これは、その教授が、手柄を独り占めにせず、どんな先生方にも自由に、同じ規格のデータベースを無料で開放したために出来上がった。それは、患者さんのデータベースを作り、医療の効率化の理想に燃えていたからであろう。
しかし、この動きに、敏感な日本のパソコン大手、N社とF社は、この様子を眺めていて、自社で医療用データベース専用に特化した、コンピューターを作り、販売価格が高すぎるので、販売せず、リースという形で、日本中の大型病院に広めていった。
そして、多額の利益を得たのも事実である。マック「アップル社」は、パーソナル・コンピューターを専門として、大型には興味を示さなかった。
その話をじっと聞いていた仲間達は、ほんとかよ、映画みたいなことが本当にあったのかよと懐疑的だった。
ウソ言って、僕にとって、何の得があるのかと、清水が言うと、当たりはシーンとした。これを聞いた、薫子が、すごいわ、ほんとすごい、清水君らしいと拍手した。それに対して、男性陣から、その情報で、多額のパテント料金をもらわなかったのかと質問が出た。
それに対して、その医局の教授の懐の深さに感銘したのと、多くの先生方に試行錯誤の実験をお願いして完成したものであり、アイディアは、出したが、全部、自分だけでやったわけではないと思っている。
そう思うからだと言い、僕自身、出しゃばるのが得意ではない、典型的なシャイな日本人だからかも知れないと答えた。これによって、日本が、最初に、医療用のデータベースを作ったのは間違いないと語った。
そんな事で、清水は、話が長くなったので、これで終わりと言った。そして22時を過ぎたので、清水が、ここで、歩いて帰ると言い、外に出た。その後、少しして薫子が店を後にした。
その後、桜木町への道の交差点で待っていた清水と、タクシーで自宅マンションへ帰った。帰ると、直ぐ風呂を沸かして、2人で、一緒に入って、今日の同窓会の話をした。
風呂から上がると、ベッドに入り、眠りについた。その後、12月24日、近くのスーパーマーケットで、シャンペンとフライドチキンとケーキを買って、2人だけでクリスマスパーティーを開いた。
マンションのリビングの部屋から見える、横浜港の船の灯りを見ながら、今年の夏の北海道旅行の話をしたり、つい先日の中学時代のクラス会をして、昔の旧友の変わりようについて、尽きない話を長い時間続けた。
そしてシャンペンが、ほど良く、まわり、その晩は、久しぶりに、ゆっくりと時間をかけて、ナイトライフを楽しんだ。翌日は、早く起きれずに8時頃まで寝ていたが晴天の青空を見て、いつものように11時頃から、マンションから海岸の方まで散歩に出かけた。
帰って来る頃には、部屋から強い光が差し込み、部屋の温度が上昇して、まるで温室のような暖かさになっていた。やがて、2013年が終わりを告げて、2014年が空けた。今年、伊勢山皇大神宮に初詣でに行って、健康祈願をして来た。
家から徒歩30分歩いて行き、帰りは、途中の喫茶店に立ち寄って、家に帰ってきた。数日後、横浜中華街に自転車で出かけ、北京料理店に入り、昼食を食べ、肉まんとあんまんを買って帰って来た。マンションの鍵を開けようとすると電話が入った。
急いで、室内に入ると、英会話の講師の仕事を終えてから、奥さんが、招待された新年会に着ていく、ドレスを探しに行くと言うので、横浜駅で待ち合わせた。
その後、3回に分けて、ルミネ、モアーズ、タカシマヤ、マルイシティ、ポルタ、そごう、ジョイナスを周り10件以上、見て回り、薫子に会いそうな衣装を3点見つけた。そして、清水が、一緒に回って、そのうちの2点を買ってあげた。
家に帰ってくると早速、鏡の前で着て見て、笑顔で、ぐるっと一回りして買ってくれてありがとうと感謝してくれた。1月19日になり、昼過ぎから、薫子が、ドレスを着て、楽しそうに、合わせる小物を選んでいた。
16時半過ぎ、家を出て17時半には、日比谷の東京帝国ホテルに到着して、指定されたレストランに行った。紅茶を飲んだ。すると、清水に、挨拶してくるカップルが、次々と挨拶しにきて、予約した部屋に案内してくれた。




