30話:摩周湖の伝説と北方領土と英会話教室
その償いとして魔神に殺された五十四人の勇士の屍体を集めて、自分の持っていた薬を沸かして傷を治し、もとの達者な人にした。それでアイヌはこの山をニッネアウンシリ「魔神の入った山」と言って、たてまつらなかった。
しかし、その後、怪我や病気の時、雌阿寒の薬湯で身体を治すようになってからは、また、たてまるりをするようになった。この話を聞いて重野が美しい湖と山のおりなす摩周湖の景色が大好きになったと笑いながら告げた。
それでは、また、是非、再び、お越し下さいと摩周湖レストハウスの御主人が言うと、必ず来ますと言った。なお摩周湖の伝説については文献を参照させていただきました。
その翌日、厚岸の霧多布湿原まで足を伸ばし、とにかく広い湿原を見ていると川を悠然とカヌーを漕いでる女性達にあった。風蓮湖、温根沼の方まで足を伸ばし、根室に到着した。沼と言っても巨大でまるで海のような広さだった。
根室の港を回ったが、これと言った見所もなく、車で帰路について、途中のカフェで休んで、夕方、釧路のホテルに帰ってきた。その後、避暑のために来ていたので、疲れたら寝て、夕方天然温泉の風呂に行ったりして、その晩は、ゆっくりと休んだ。
その翌日、ホテルのフロントに北方領土が一番良く見える場所を聞くと釧路から近い所では根室か標茶町の北方領土館の前、中標津町海洋台、別海町の北方展望塔、叫びの像と言った所かなと教えてくれた。それを聞いて標茶町と別海町と中標津空港も見てこようと、車で出かけた。
釧路を出て国道272号線を北上して、1時間半で中標津空港へ到着した。空港内に入ると2階建ての小さな地方空港と言った雰囲気。周りが広大な土地と遠くにいくつもの山が悠然とそびえ立っていた。
飛行場内には、微笑ましい牛の親子の像が展示してあり、心が和んだ。空港内のレストランで、早めの昼食として、カレーを食べて、中標津空港を後にした。30分足らずで標津町に到着。その後、標茶町の北方領土館を見学した。
望遠鏡があって、見てみると国後島が目の前に見えて、こんなに近いのかと驚いた。外に出て、港を歩くと港に多くの漁船が陸揚げされ整然と並んでいて、その向こうに国後島の山が、くっきりと見えた。
こんなに近いと、以前住んでいた人にとって、郷愁の念に駆られるのは無理もない。首都圏にいう大勢の日本人達は、この苦しみ、悲しみを知らない人が、圧倒的に多いのも現実。この一連の見学で自分達の無知さを思い知らされた。
最終日、15時に、ホテルをチェックアウトして、釧路空港近くのレンタカー屋に寄って、生産した。その後、空港まで送ってもらい、喫茶店で珈琲とケーキセットを食べながら、空港を眺めて、羽田行きの18時40分発の飛行機を待った。
やがて、時間が迫り、登場口の近くの窓口で搭乗手続きを取って、近くの待合席で、待つと、搭乗手続きが始まり。飛行機に乗り込み20時半に羽田到着。羽田空港から横浜駅行きの高速バスに乗り、9時過ぎにマンション近くのバス停に到着した。
家に帰って、風呂に入って、空港で買ってきた、つまみを肴に、ビールを飲みながら、今回の旅行で多くの写真を見ながら、思い出話を続けて、0時過ぎまで、起きていて、やがて、ベッドに入ると、直ぐに、眠りに落ちた。
翌朝8時に起き、マンションの周辺を散歩してシャワーを浴びた。今日は、薫子は、着替えて、マンション近くのバス停から、横浜駅東口行きのバスに乗り込んで、そごうのカルチャーセンターへ向かった。
10時半過ぎに到着し、授業の用意を済ませて、教室に入り、年上の男性講師と打ち合わせをしていると、次々、生徒達が入室してきた。そして、授業が始まり、和気あいあいと授業が進んでいき、生徒の質問を受けると丁寧に説明した。
カルチャースクールを終えると、生徒10名と講師の計12名で、そごうのレストランに行って、和食を注文した。その時、生徒達の夏休みの話となった。ある人は、家族4人で、バンクーバーへ行き、美しい花で有名な、ブッチャードガーデンにいってきた話をした。




