2-3 第一分岐戦
お待たせいたしました。
翌 8月3日 p.m.20:32
宇宙の為周りは何時も暗くとも、夜と朝の感覚は全員が持っている時計を見ていれば狂わない。
パイロットも研究室職員もこの時間帯になればぼちぼち夕食を取り始める。
全ての艦船には大食堂があり大佐以下の者たちはそこで食事を済ませる。
少将以上の者たちは、まちまちだ。自室で食べるものもいれば、会議室を使い小会議をしながらという者もいる。
しかし、ある3人の高官に関しては決まって同じ場所で共に食事をする。
「またブジャマフライなのか?健康に悪いぞ」
「いいんですよ、好物なので。それで死ねるなら悔いなしです」
「いや、その死に方悔い残るだろ」
「閣下こそまた豚の丸焼きって、どこぞの海賊ですかw」
「あ?」
「すいません何でもございません好きな物は人それぞれですからねはい」
どすの利いた声と獲物を刈る肉食獣のような視線からサッと顔を逸らし、自分の食事に集中する。
高官———艦長のマキュリー・マキ・マクベルは舌打ちした後豪快に肉へかぶりついた。それを「やっぱり海賊だろ……」と苦笑するもう一人の高官———ミュトラ・マキ・マダムスキー。
そしてここに居ない彼、マグリス・マキ・マライトを加えた3人が、いつものメンバーである。艦長室で共に食事を取っており、何も無駄な話ばかりしているわけではない。主に今後の作戦や資源運用についての話し合いをしている。決定権はマキュリー、ミュトラ、マグリスの順だが、資源運用に関してはマグリスが一番上である。
「そういえば今日、あいつ来ませんね」
「マグリス?何か研究室と自室を行き来してるみたいね。差し迫った仕事と言えば、今は装甲強化だけだったはずだが……」
「どうもそれだけではないみたいですね。……もしや先日言っていた新兵装に着工したのでは?」
「それはない。今朝それの着工は遅らせると連絡が来ている」
「となると……本当に何してるんでしょうか?」
「まあ、彼がやることに無駄なことはないからな。黙認しても問題あるまい」
「ですね」
この二人はマグリスが幼少の頃より成長を見てきた。その為全幅の信頼を寄せている。マグリスが合理的な開発しかせず、勝利のみをどん欲に欲する者だということも分かっている。
それ故、基本的に彼のすることに文句をつけない。
文句をつければ、拗ねてとんでもないモノを作り出すから、などとは本人の前で口が裂けても言えない。
マグリスの話題が終わった途端、2人の間に重い沈黙が流れる。
何故なら、互いに明日の予定に遠慮して、どう話を繋げていいのか分からないからのである。
だが、そこは幾つもの修羅場を抜けてきた歴戦の猛者。小さくだが、先に口を開いたのはマキュリーであった。
「……すまない」
「閣下。止めてください。貴女のせいではないんですから」
「私にもっと権限があればと、常々思う。実力でなら奴らを一薙ぎ出来たとしても、奴らを私の壇上へ上げることが出来ない」
「仇討ちなんて絶対にやめてくださいよ?すぐ感情的になって突っ込んでいっちゃうんだから」
「それで私が死ぬとでも?」
「思いませんけど!———でも、万が一のことを考えてください」
「……言われなくても分かってる。そんな蛮行はせん」
「ハハハ……」と空笑いを浮かべながら暗い表情を浮かべ床へ視線を落とす。
「マグリスにも、挨拶したかったんですけど……ね」
彼の顔が曇るのも仕方がない。実の弟のように相手をしていた者と永遠の別れになるかも———いや、確実に別れとなるだろう前に、最後の会話をしたいと思うのも当然の権利だ。
また流れる、重い沈黙。
マキュリーは腕組みし、思考する。
何か、ミュトラが助かる道はないかと。
しかし思いつくのは、実現不可能か実現できても彼が罪に問われるものばかり。
だから、こんなことを無意識に口をついて出てしまった。
「……逃げても———」
「———閣下!!」
急に大声で呼ばれ、自然と言葉が止まる。
ミュトラは此方へしっかりとした視線を向けて首を左右に振ってきた。
「それは、軍人パイロットとして侮辱されているようなものです。それだけ言っちゃ駄目だ」
軍人である限り、情感の命令は絶対。敵前逃亡などもってのほか。それを情感が進言するというのは、その軍人の力を過少と決めつけ、それが思いやりの行為であったとしても、侮辱する行為に等しい。
マキュリーとてその事を知らないわけがない。
だからこそ、無意識に出てしまったのだろう。
「すまない。もう少し考えて発言するべきだった」
「いえ、お心遣い痛み入ります。自分は自室へ戻ります」
「そう急くな。最後の一杯になるんだから、付き合いなさいな」
「……それはご命令ですか?それとも先輩後輩としての付き合いですか?」
マキュリーは艦長室にある冷蔵庫から一升瓶とグラスを取り出し、フッと不適に笑って見せてきた。
「上官としての命令だ」
マキナ酒。
マトラクスで生産されている一般的なお酒ではある。が、閣下が取り出してきたのは量産酒ではなく、金錠マキナ酒と呼ばれる最高位のお酒である。確か、惑星でも1年で5本生産されれば良い方だと言われる貴重なお酒を、自分への手向けにしてくれることに感謝の念を抱かずにはいられなかった。
差し出されたグラスの中身は透き通っているようで、少しだけ金色に濁っていた。名前通りということなのだろう。
マキュリーがグラスを小さく掲げる。
「英雄に、乾杯」
「乾杯」
グッと一気に飲み干す。高いお酒をそんな風に飲むのには引け目を感じたが、ちびちびと飲むのは最後の酒に無作法というもの。
軽い爽快感が口いっぱいに広がり、何とも飲みやすいモノだった。
グラスを置きソファーから立ち上がって、敬礼する。
「明日、0715より出撃します」
「機関の英雄的働きに期待する」
「はっ。必ず、祖国の平和のために」
時刻 p.m.23:42
艦長との最後の食事を済ませ、事情を知っている乗組員たちから激励を受け、別れの挨拶を済ませたミュトラの足は研究室へと向いていた。
結局あの後、どこへ行ってもマグリスが食事をしている、もしくはしていたという目撃情報は無く、まだ何かの開発を行っているという結論に至り研究室へと来ていたのだった。
挨拶はもうしている。
だからこれは、挨拶ではなく、ただの兄貴からの注意。
あんまり根を詰めるんじゃない。お前の頭脳はまだまだ必要なんだから。御父上のように死なれては困る、と。
「やっぱり、まだ明かりがついてるじゃないか」
研究室のスライドドアに嵌め込まれている円形の窓からは、しっかりと光が漏れ出してきている。食堂で研究員の全員が食事をしているのは確認済み。残っているのはおのずと彼だけになる。
「入るぞー……っとと!?」
自動ドアが開き入ってみると、いきなり足元で何かに躓きかける。
けんけん———ぱ!と三歩跳んで着地し、自分が何に躓いたのか振り返って確認する。
「お前かい犯人は」
そこに転がっていたのは、油や埃によって汚れた白衣を身に着け眠るマグリスだった。
口元からよだれを垂らし、死んだように眠っている姿から、かなり疲れていることが見て取れる。
「……まったく、仕方がないな」
嘆息し近くのテーブル上にあった薄手の毛布を彼にかけようとする。その時、その下にあった何かの設計図とその部品と思われる小さな物が露わになる。
「これは……俺の機体の基礎設計図?」
なんでそんな物が?と一瞬思ったが、そんなに不思議な事でもなかった。この機体を作ってくれたのは彼の父、マイアスだったのだから、その本人が亡くなった後彼の持ち物が息子のマグリスの物になるのは当然。その中にこの設計図も含まれることも必然。
ただ、その設計図には、見覚えのない追加部分があった。
自分の知識では理解できない複雑な機構なため何を追加されているのか分からないが、今は気にしないことにした。
眼鏡を取ってやり毛布をかけてやる。それでも起きない。
「やれやれだな」
何時までたっても、俺の弟は弟なんだなと、柄にもなく感慨にふけってしまう。
しかしそこで顔を左右に振る。
「いかんいかん!こんな事じゃ……」
折角の決意が鈍ってしまう。
彼から視線を外し研究室の中ほどへ進む。
周りを見回せば他のパイロット達の量産型が並ぶ。その中心に位置する場所の左側に、時機は自立している。
両腕の甲に付けられた円筒状の銃身。一般量産型には搭載されていない回転式連式銃である。両肩と腰の左右に取り付けられた長方形のモノ。全て同系統のレーザー砲。人で言う頭部の部分にはバルカンが、胸部の中心には真珠状の巨大レーザーキャノンクリスタルが填め込まれている。
完全な近・中距離戦闘型専門の機体。機体名“マスタング11”。
「果たしてこの機体で、どこまで耐えられるのか……」
相手の戦闘スタイルは過去の映像記録を後方での治療中に何万回と見直している。
速度を生かした連続攻撃主体の近接戦。俺の戦闘スタイルとの相性は良く、こちらに分がある———はずなのだが……
「今回こそ出てくるか、奴の専用機」
そう。その戦闘スタイルは大剣や連射魔法を基本装備とする量産型だったからなのかもしれない、というのはマグリスの推測。俺自身もそう思っている。
「連続攻撃の速さは増すだろうし、遠距離・中距離攻撃の手段もあるかもしれない。何の予備知識もない状態でってのが一番怖いな」
開戦時代こそ日常茶飯事だったそれも、今となっては過去のこと。
事前の情報戦の勝敗がそのまま実戦の結果となることも多々あるという。
そして今回は、完全に情報戦でマトラクス側が大敗している。
つまり、この戦いは————
「……神のみぞ知る、か。つっても俺たちの信仰する神様は戦神ってわけじゃないからな、戦ごとにどれだけ関与してくるのか……」
それでも、願う相手はその神しかいない。
伝承の逸話で語り継がれる世界の始まりの日に先祖へ知識を与えたように。
一粒の、神からしてみればそれこそ砂粒以下の事象かもしれないが、どうにか目にとめ、一生に一度のみの奇跡を。
「……さて、そろそろ寝ますかね」
最後にもう一度だけマグリスの寝姿を一瞥し、フッと微笑みを浮かべ研究室を出た。
〇●〇
翌 8月5日 a.m. 07:15
早朝、と言うには少し遅い時間。
マトラクス所属“MMK”第一戦艦の正面には3つのチームが並んでいる。
主に盾と遠距離武器を装備した艦隊を守るチームが最後尾。
中・近距離武器を装備した援護部隊の2番列。
そして、特殊武装の多い遊撃部隊の最前列。
しかし、彼らは戦闘の補佐。あくまで二番煎じでしかない。
彼らから遠く離れた2つの船団の中間地点に一つの機体。
機体名“マスタング11”。パイロット“ミュトラ・マキ・マダムスキー”
完全武装状態で宇宙空間に立って5分が経った時、機体に掛かる不可視の圧力に震えだす。
同時に対面へ現れた機体。
真紅の機体は猫のような小型の頭部に2つの突起。武装は無く、マスタング11とは比べ物にならないほど細い四肢に膝当てと籠手があるぐらい。
(やはり、近接主体の専用機)
大型の武装が少ないことから彼の推測は正しかったことが証明された。
相手は殴打や魔法を使った近接戦が得意でそれしかしないらしい。これならば、まだ勝ち筋が残っている。
外殻拡声器を接続し敵機へと呼び掛ける。
「俺はミュトラ・マキ・マダムスキー‼機関の名はアーカリアル・インベック殿で間違いないだろうか!?」
だが応答は無く、代わりに一瞬の内に目の前へ瞬間移動のような高速移動してきた。
「っ!?」
危うくバルカンを全力起動させかけ、まだ敵から殺意が向けられていないことに気づく。
操縦桿を握る手から少し力を抜く。
急にメールの送信を伝えるポン、という音がコクピットに響く。
「…………」
タッチパネルのメールアイコンを指先で触れると、三面鏡状の左モニターにメールの内容が映し出される。
『そうだ。今回の殿は貴様か?』
端的ではあるが、こちらへの問いへの返答であることに間違いはなさそうだ。
あちらのやり方に合わせ、こちらからの返答もメールで返す。
「その通りです。宣約の契りは必要でしょうか……と」
レスポンスは先ほどの倍の速さであった。しかし、その内容は
『必要ない。それよりも、お前は、妖精を信じるか?』
今一回答になっていない回答であった。
(なんだこの質問。全然意図が見えない。どう返すのが正解か……)
悩んだ末、正直に答えることが一番であると考え、「いいえ、信じていません」と答えのメールを送る。やはり返答は早くまたポン!と鳴った。
『なら、いい。忘れろ。始める』
「……?」
いったい何だったのだろうか?と考える暇など与えられなかった。
正面モニターに10という数字が浮かび、その数字がすぐ9へと減る。
これは決闘形式の戦闘で使われる同機カウントダウンシステム。
今の戦場ではこのやり方が多い。
また一瞬のうちに10機分の間をあけるように飛び退いた。
「あの速度、明らかに速くなってるんだよな。専用機だし当然か」
操縦桿から両手の指をパキリ、パキリと鳴らし、ついでに首も左右に傾け鳴らす。
「でも、出来る限りのことはしなきゃな———あの人たちの為に」
ぎゅっと握り直した刹那、カウントダウンが0を表示した。
第一の分岐戦の開始。
ミュトラ・マキ・マダムスキー VS アーカリアル・インベック
第一の分岐戦が開始しました。
マグリスの一度目の人生では発生しなかった戦闘です。
これに対する彼の行動によってこれから先の未来が決定します。
彼はこれからどう動くのか……。
次回の投稿も少し遅れるかもしれません。
しばしお待ちください。




