2-2 再認識
マグリス・マキ・マライトが最初に取り掛かったのはモビルスーツの耐久力向上であった。
先に話した通り、我々の機体はガンリアンの機体に速度で到底及ばない。一度だけ、速度重視の機体を試作し実戦に投入したこともある。
結果は、散々なものだった。
原因はマグリスにある。
マグリスは単純かつ当たり前の問題点を見落としていたのだ。
それは―――パイロットの適応力。
速度を重視する設計は、今までのマトラクスの基本設計を根本から書き換えるものだった。今までの従来量産機でどれだけ凄腕のパイロットだったとしても、操作方法が違えば咄嗟の判断からの機体操作までにラグが発生してしまうのである。
“弘法筆を選ばず”という言葉があるが、それがモビルスーツパイロットに当てはまらない。
「マスティア装甲板を10%厚くしてください。こうすると全体魔力量が6%上昇しますので変換装置の変換率も12%上げてください。それでバランスは今まで通りになります」
「あの、主任」
翌日の朝礼で、いつも通りの連絡事項を伝えていると、1人の技術院が挙手をした。
眼鏡で白い短髪の小柄な女性。
「どうしましたか、解析班のえーっと……マリナさん?」
「正解です。恐れながらお訊ねしたいのですが、何故今更耐久力を上げるのでしょう?今の機体でも十分に敵の攻撃に対し耐えられています。わざわざコストを掛けて耐久力上げるというのは……」
「マリナさんの言う通りです。今の機体でも十分強度はあります」
「ですから攻撃力へ回すべきだと思います。以前主任が考案された新兵装の開発だってまだ着工すらしていませんよね?」
やり直しをする以前の1ヵ月前時点の僕は、まさにそちら側の考えだった。
機体のバランスは崩せない。でも勝てない。
ならば残る手段は新たな武器を開発し、速度を上回る広範囲大火力武装による一斉殲滅しかなかった。
本当の流れでは確かこの朝礼で僕が着工を開始すると宣言した。
だが、今は状況が違う。
「そうですね。確かにあちらを完成させることが出来れば勝利は必至でしょう。———ですが、あれは完成に至れません」
「い、以前の計算では1ヵ月前に着工すれば間に合うという結果だったはずですが……?」
「再計算したところ、僕は大きな見落としをしていたことに気づきました。最終完成状態へもっていくには、およそ3か月の時間を必要とします」
嘘ではない。実際に完成しなかったのだ。
1ヵ月前に着工し完成したのは訳4割。あの時は僕も焦っていたのだろう。技術室の皆には多くの苦労を掛けてしまい倒れるものもいた。
分かっている失敗を2度も繰り返すほど馬鹿ではない。
「それに、恐らく近日中に敵が切り札の一つを切るかもしれないという報告があります」
「もしや誰か出てくるのですが!?」
「———アーカリアル・インベック」
『っ!?』
マグリスの目の前に扇状に集まっている技術者たちの間から息を呑む音が聞こえる。表情も恐怖に凍り付いているようで、誰も口を開こうとしない。若干一名、逆に口が開いたまま閉まらなくなっている者もいるが。
「操る機体は不明ですが、まず間違いなくガンダッタ旅団最速の機体が出てくることは間違いないでしょう」
アーカリアル・インベックは敵惑星ガンリアンの主戦力艦隊“ガンダッタ旅団”に所属するパイロットであり、第四船団船長であり、かつ二惑星間最速のパイロットと呼ばれている。彼女が出てきた戦闘は開戦から十年弱経つ今までで約5回。たった5回の戦闘で、こちらの認識は完璧にそのパイロットを最強の一角とするには十分過ぎた。
彼女の戦績は約6000機。
平均的なパイロットが1年で倒せる敵の数が約100機。ベテランのパイロットであれば個人差はあれど約500機~700機。
規格外であることは実名の理である。
しかも、それをやってのけた時に彼女が使っていた機体が量産型であったものだから我々の彼女に対する印象は「化け物」以外の何物でもない
「じゃ、じゃあこちらも誰か船長格が出すしか———」
「体調格の機体状況は?」
マリナが片手に抱えていたタブレットPCを操作しデータを探す。
「第1から第4までの各機は現在修復作業中。第5、第6、第8は稼働可能ですが、4年以上動いていなかったので調整が必要と思われます。第7と第9から第13まででしたら問題なく出撃できま————……あっ」
「そういうことです。その状況では、1機たりとも出撃できません」
理由は現在の戦力分布にある。
艦隊数が同数になっている今、一隻に対し一隻をぶつけ必要がある。
惑星“ドルング”を挟み左右に各3隻ずつが配置され、正面に艦長艦と7隻が配置されているのが現状である。そして、問題無く出撃可能な隊長機を有する第7、第9、第10、第11、第12、第13艦は左右にしかいない。
左右と言っても、直線距離で40,000キロもの距離がある。
すぐに駆け付けるには、それこそガンリアンの有する機体並みの速度が無ければならない。当然、隊長格の機体と言えどそんな速度を有する機体は無い。
「だからこそ一般兵での耐久勝負になるんです。他にご質問はありませんか?」
全員の顔を見回してから、挙手が無いことを確認し頷く。
「それでは作業に取り掛かってください」
ぞろぞろと全員が動き出し各持ち場へと移動する。僕も自室兼作業部屋へと戻る。
新兵装の設計図の書き直しや装甲を厚くするために掛かる費用などの書類を纏めなければならない。
そして目下最大の問題であるアーカリアル・インベックへの対処にも、もう少し具体的な方策を考えなければならない。
「一番最高なのは一般兵だけで耐えきることだけど……」
現在出せる兵士の数はおよそ10万人が限度。それでも数時間耐えるのが限界だ。
ブツブツと呟きながら自動ドアがスライドし中に一歩踏み込もうとして、ピタリと立ち止まる。
「……昨週ぶりになりますか、ミュトラ副艦長」
ため息をつきながら訊ねると、この部屋唯一の椅子に座りタバコをふかしている男性がこちらへ向けて片手を上げてきた。
「ああ、久しぶりだなマグリス」
「確か後方で休養を取られていたはずですが、ご復帰なされたのですね。お喜び申し上げます」
「やめてくれ。君にそう畏まられるとこそばゆく感じる」
「それは、まあ形式上仕方が無いと思うんですが……まあいいや」
ミュトラの前へまで進み右手を差し出す。
「お帰りミュトラ兄さん」
「ただいま」
ミュトラ・マキ・マダムスキー第1艦副艦長。
マキュリー・マキ・マクベルの右腕であり、第1艦において艦長に並ぶナンバー2の実力者。機体も一般量産機を出来うる限り改造したマドリューM21を使う。
彼が船に乗船したのは15歳の時。パイロットとしての能力を買われ研修員として第1艦へ入り、当時中将であったマキュリーの元で腕を磨き、僅か20歳という若さで大佐の地位に立った。
僕が彼を「兄さん」と呼ぶのは、研修員時代に研究室にも入り浸って工学についても学んでいたから当時から研究室に居た僕と面識があったことが一つ。そして、彼の部屋が僕(父と共同の)の部屋の隣でありよく遊んでくれているからというのがもう一つの理由。所謂近所のお兄さん的な意味で本当の兄という意味ではない。
「怪我はもういいんですか?」
「もうちろんだ。大体医療部が過敏すぎるんだよ。これぐらいの傷、メディカルポットがあればすぐに治るってのに」
「ミュトラ兄さんはMMKでも指折りのパイロットなんだからしょうがないと思うよ?」
「研修員時代にあんな鬼の所に送り込んだ奴らがそんな気遣いするんじゃねえよ。はあ……」
「それ、閣下に聞かれたらまた後方送りにされますよ~」
「はっはっは、そんなへまはしない。それよりも、奴が来るらしいな」
「情報が早いですね。ええ、確かな情報です」
副艦長なんだから知っていて当然———いや、違うなこれは。ここで知ったんじゃない。後方で知ったから戻ってきたんだ、この人は。
後方の医療班戦艦からこの第一戦艦までは約一万キロ。左右のほか戦艦よりも近い。
「……そういう、ことですか」
「マグリス。お前は天才だからどうしても気づいちまうだろうと思ってた。だから挨拶に来たんだ」
つまり学志会は、第1艦隊の中でも隊長に及ぶ実力を持つ彼に、アーカリアル・インベックへのしんがりとして前線で時間を稼げと言っているのである。
正気の沙汰とは思えない命令だ。
ミュトラがいくら隊長に及ぶかもしれない強さを持っていたとしても、敵はこちらの隊長格が二人で相手しなければ倒せないような強大な力を持っている。それに、ミュトラの力はこれから伸びていく可能性の成長途上の力なのだ。今が全盛期ではないのだ。
マグリスの脳裏に浮かんだのは、昨日の閣下とのやりとりで自分が言った言葉。
「学志会はそこまで耄碌してしまったんですね……」
ああ。まさに的を射ていたんだ。
彼らはもう、昔父が憧れていた技術者の頂点では無い。
ただ、自分達の利益の為ならばどれだけの命を浪費しようと構わないという思想に憑りつかれた、ただの“化け物”になり下がったんだ。
まさか、その毒牙が、こうも早く牙を剥くとは思えなかった。完全な想定外だ。
元の時間では、この事態に対して行動したのは一般兵だった。それだって最善だったわけじゃないのに、このやり直しの世界ではもっと最悪の方向へ進んでいる。
彼は立ち上がり、僕の頭三つ分大きな高さにある顔を綻ばせる。
「出撃は奴が出てくると思われる明後日。少し早いが———」
言葉を区切り何かに耐えるような表情を浮かべたのち
「元気でな」
僕の頭をわしゃわしゃと撫で、部屋を出ていった。
グッとこぶしを強く握り、キッと鋭い視線でデスクトップのパーソナルコンピュータへ高速で指を走らせる。
途中でマイク付きヘッドフォンを装着し、コールを鳴らす。
発信先は、もちろん研究室。
通信はすぐにつながった。技術員開発班の一人だったが、彼の「こちら研究室ですが」という言葉の途中で遮った。
「今から送る設計図を最優先に着工してくれ。ただし、ミュトラ副艦長の特殊改造機の調整と並行して、です」
「で、でもそれでは一般量産型の装甲の改造が間に合わなくなりますよ!?」
「それでもかまわない。お願いします。今は言うとおりに動いてください」
「……分かりました」
此方の鬼気迫った声音に何かを感じ取ったのだろう。一瞬の逡巡の後に技術員は了承し通信は切れた。
ヘッドフォンを外し背後のベッドへと投げやる。
「最後の挨拶になんて———させないよ」
マグリスはあらん限りの全ての意思を込め、エンターキーを音高く鳴らす。
僕は再認識しなければならない。
この世界に戻れたのは、一つの光明であった。
同じ世界なら変えられる、救えると思った。
だけどここは同じじゃない。
ここは違う道を進むもう———並行世界であると。
〇ミュトラ・マキ・マドラスキー
年齢:29歳 身長:197㎝ 性別:男性
マトラクス主戦力艦隊“MMK”の第1艦副艦長。昔はやんちゃなガキ大将気味の少年だった。しかしある時、偶々見たMMKの戦闘に感銘を受け、自分もパイロットを目指す。元々三半規管が弱く、体は強い方ではあったがそこに難があり適性は低いとみられていた。しかしそれを努力で乗り越え、十二歳の頃には適正値を80%まで上げた努力の秀才。兄弟はいなかった為マグリスを本当の弟のように感じていた。実はもの凄い怖がり。




