ひとり
保護された後も紗夜はほとんど反応を示さなかった
名前を呼ばれても視線を向けることすら曖昧で、質問をされても答えない
食事を勧められても手を付けず、椅子へ腰掛けたまま前だけを見つめ続けている
その様子に警察官達も最初は困惑していた
長期間行方不明となっていた少女が発見されたと思えば墓地で泣き崩れており、保護後は会話すらまともに成立しない。
事情が事情だけに無理に聞き出すこともできず、担当者達は少し離れた場所で小声の相談を始めていた。
「精神的なショックが大きいんでしょうね……」
「父親も失踪扱いですし」
「親族は?」
「現在確認中です」
誰も紗夜を責めているわけではなかった。ただこの先どうするべきかを考えているだけ
やがて、一人の職員が難しい顔のまま呟く
「……孤児院、ですかね」
その言葉に別の職員も静かに頷いた
「現状だとその可能性が高いかもしれないな」
現実的な判断だ。誰かが面倒を見なければならない。
保護者はおらず、連絡の取れる家族も確認できない
そうなれば選択肢は限られてくる
しかしその会話は紗夜の耳には届いていなかった。仮に聞こえていたとしても、意味を理解する余裕はないから
未だに彼女の頭の中を埋め尽くしているのは別のこと
最後に見た笑顔、最後に聞いた声
添霧「また会えるよ」
その言葉だけが何度も何度も、壊れたレコードのように繰り返される
終わることなく胸の奥で反響し続けていた
紗夜は膝の上で爪が食い込むほど拳を強く握り締める。
だが痛みは感じなかった
……感じる余裕すら残っていなかった。失ったという一つの事実だけが胸の奥で重く沈み続けている
ひとり
ひとりになった
帰る場所もない。親もいない。街はあって日常も残っているけれど、その日常の中にいるはずだった人達はもういない
隣で笑う声も、名前を呼ぶ声も、当たり前のように交わしていた会話も、全て失われてしまった
気付けば、あの世界から戻ってきたのは自分だけだった。
ふと、屋上で何気なく交わした会話を思い出す
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屋上に風が吹いて服の裾が揺れた時、紗夜は何気なく…ほんとに平穏な日常の合間にふと言っちゃうような感じで何気なく言った
紗夜「……ねえ、添霧」
添霧「ん?」
紗夜「ずっと、一緒にいられる?」
添霧「……え」
紗夜「……」
添霧「え?どのずっと!?今日!?明日!?来週!?単位欲しい!!」
紗夜は少し首を傾げる。
紗夜「…別に深い意味じゃない。ただ、今みたいなのが続くか聞いただけ」
添霧「うん!(即答)一緒にいられるよ!僕消える予定ないし!勝手についてくし!」
紗夜「…そ」
添霧「むしろ離れる理由ある!?」
紗夜「重くない?」
添霧「全然!!」
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紗夜(ずっと…一緒に居るって言ったじゃん…)
紗夜がゆっくりと俯くと、机の上へ一滴の涙がぽたりと落ちた
誰にも気付かれないほど小さな音だったが、紗夜にはその音が現実を認めてしまった証のように聞こえた
だれもいない
戻ってきたはずなのに何も戻ってきてはいなかった
紗夜は震える唇を噛み締めながら、涙が溢れてくる目を閉じる
未だ、声は出なかった
叫ぶ力も縋る相手も、今の彼女には残されていない
静かな警察署の一室で少女はただ俯いていた
失われた日々を抱えたまま
失われた人達を胸に刻んだまま
そして、本当の意味で独りになってしまった事実だけをその小さな身体で受け止める
1人の少女が抱えるには、あまりにも重い現実だった




