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幽間世界  作者:
79/83

_別離_


静かな墓地の奥には二つの墓が並んでいた。一つは紗夜の母の墓、そしてもう一つは添霧の墓がある


紗夜はその前で静かに足を止めた。風が木々の間を吹き抜けて墓地全体を穏やかに揺らしていく。


墓石へ視線を向けた瞬間、紗夜は僅かに目を見開いた。墓は以前訪れた時とは明らかに違っていた


壊れていたはずの添霧の墓石が元通りになっている


欠けていた部分も砕かれていた箇所も、まるで最初から何事もなかったかのように修復されていたのである


隣に立っていた添霧もその変化に気付き、不思議そうに首を傾げた


添霧「あれ……?」


次の瞬間……添霧のその輪郭は陽炎のように曖昧になり、少しずつ現実から切り離されていくように身体が微かに揺らぎ始める


紗夜「……添霧?」


呼びかける声には隠しきれない不安が滲んでいた。添霧もまた自らの手を見下ろしてその異変を理解する


ゆっくりと確実に存在が薄れていくように指先から静かに透け始めていたのだ


その様子を見つめながら、添霧は全てを悟ったように小さく笑った


添霧「っあ……そっか。僕、元々墓が壊されたから存在してたんだ……。」


紗夜「添霧、?」


添霧「直ったんだね、僕のお墓」


その言葉に紗夜は何も返せないまま一歩前へ踏み出し添霧へ手を伸ばす



しかしすでに添霧の身体は実体を保てなくなっていた為、紗夜の手は空を切る



紗夜「ねえ、待って……」


必死な声でさらに一歩近付き再び手を伸ばす


紗夜「待って……!」


今にも壊れそうな声だった


恋冬と虚を失った


紳漓も紫暖も昴琉も朧偈にも最後まで一緒に帰れなかった


そして今


最後に残った存在まで消えようとしている




紗夜「…行かないで………」




紗夜はもう俯かないで真っ直ぐ添霧を見つめている


紗夜「お願い……」


その言葉は弱く掠れていた。それでも、それは紗夜がようやく零した本当の願いだった


添霧は少し困ったように笑う。会った時から変わらない屈託のない笑顔だった


添霧「紗夜」


名前を呼ばれても紗夜は返事ができない。ただその姿を見つめることしかできなかった


添霧「大丈夫」


風が吹いて添霧の輪郭がさらに薄れていく。雲の陰から覗く月明かりが差し込み、その身体を透かしていた





添霧「また会えるよ」





紗夜の瞳が大きく揺れたが添霧は変わらず笑っている。


添霧は本当にその未来を信じているかのように、恐れている様子も悲しんでいる様子もなかった



添霧「だから、その時まで元気でね」




最後の言葉が静かに墓地へ響くその瞬間、添霧の身体は光の粒となって崩れ始めた


紗夜が伸ばした手もそのまま宙に残されたまま見送ることしかできなかった


添霧は最後まで笑っている


その姿は少しずつ薄れ、やがて夕暮れの光へ溶け込むように消えていく




____そして、静寂だけが残った



墓地には風の音だけが響いている。紗夜の前には母の墓と、綺麗に修復された添霧の墓。そして誰もいない空間が広がっていた



紗夜「いや……いや、行かないで……」



もう届かないと分かっていても、その声は止められなかった



紗夜「帰ってきてよ……添霧…ひとりは嫌…添霧と……一緒、に………」



そこにあったはずの気配も温度も、いつもなら明るく帰ってきた返事も完全に消えていた



墓地はただ静かで冷たく、残酷なほど現実だけがそこにあった



紗夜はその場に崩れ落ち、声を押し殺すこともできずただ泣いた


呼吸が乱れ喉が痛み、涙が枯れる感覚すら分からなくなるほどに泣き続けた


時間の感覚は既になくなっていた



__どれほど経ったのかも分からない頃、遠くから砂利を踏む音が聞こえてくる


誰かの声、無線機の雑音、そして近付いてくる複数の足音


「……いたぞ」


「まさか、」


「一人だ。怪我はなさそうだ」



やって来たのは警察だった


長らく行方不明となっていた少女が、墓地で一人泣き続けているところを発見されたのである


紗夜は肩を揺らされても、名前を呼ばれても反応できなかった。ただ虚ろな瞳で前を見つめている


「……君、大丈夫?何があったのか分かる?」


事情を聞かれても答えられない。世界の核のことも人外達のことも…


……添霧との別れのことも。説明できる言葉など何一つ持っていなかった


紗夜はただ虚空を見つめ、何も返すことができなかった


父親も現在は失踪扱いになっていると告げられたが、その言葉でさえ紗夜の心を少しも動かすことはなかった


胸の中に残っているものは一つだけだった


_添霧


一緒に過ごした時間、隣を歩いた道、聞き慣れた声、何度も守ってくれた背中


その全てだけが、頭の中で何度も何度も繰り返されていた


パトカーの後部座席で毛布を掛けられても、警察署の明るすぎる照明の下にいても


紗夜はずっと同じことを考えていた


(……添霧……)


もう涙は泣き続けた果てに感情さえ空になってしまったように出ないままだった


ただ、大切なものがそこにいないという現実だけが…重く、静かに


深い夜の底へ沈めるように、紗夜の心へ残り続けていた

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