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幽間世界  作者:
71/83

完成された魔術

外では不規則に乱れた鼓動がさらに大きく空間を揺らした。巨大な花は膨張と収縮を繰り返しながらその輪郭を保てなくなりつつある


紗夜達が根や花弁を足場にしながらなおも上へと駆け上がっていた


添霧「また来た!」


蔦を言霊で吹き飛ばし紗夜は一切言葉を発さずに次の根へ飛び移る。昴琉もその後に続くが、その表情はどこか沈んでいた。


紳漓が自分を突き飛ばした瞬間、紫暖が紗夜を庇った瞬間、朧偈が代わりに巻き込まれた瞬間の全てが頭の中で何度も反芻されている


昴琉「……」


守られたという事実は理解している。しかし理解しているからこそ胸の奥に重く沈殿していた


添霧「昴琉!」


声が飛び昴琉は我に返る。目の前へ迫っていた根を咄嗟に魔術で弾き飛ばして


添霧「大丈夫!?」


昴琉「はい……大丈夫です」


答えるがその声音には明らかな迷いが滲んでいた

紗夜は振り返らず何も言わず、ただ一歩も止まらず進み続ける。


その背中を見ながら昴琉も再び前を向こうとした瞬間

_ドクン、と巨大な花がこれまでと異なる重い鼓動を放った


昴琉「……え」


昴琉が足を止めると空間の奥から直接何かが伝わってくるような感覚がした


添霧「どうしたの!?」


昴琉は周囲を見回しながら言葉を失う。

何かがいるが明確な形ではない

……ただ、確かに存在している



再び鼓動が響いた瞬間昴琉は確信する


昴琉「父さん……?」


思わず零れた声に


添霧「え?」


反応するが昴琉の視線はすでに花の奥へ向いていた。見えるはずのない距離、重なり合う繊維や根…の向こう側でも分かってしまう


紳漓が、紫暖が、朧偈がいる。まだ生きて抗っているという事実が胸の奥で強く跳ねた


昴琉「…まだ終わってないみたいです」


その声には先ほどまでの迷いは無かった。守られたまま終わるつもりはないという意志とともに再び駆け出す。

だが、その変化を花は確実に察知した



そして…次に狙われたのは紗夜だった



不規則な鼓動と同時に紗夜が着地した根が激しく脈打つ。瞬間、足元から無数の根が噴き出し紗夜の両足を絡め取った


添霧「紗夜!」


叫ぶが紗夜は即座に刀を振るう。しかし斬り裂いた隙間からさらに根が増殖するように伸びて瞬く間に身体へ巻き付いていく


その時近くの巨大な花が不気味に蠢き花弁が裂けるように開いた。

それはもはや花ではない


巨大な口から幾重にも重なる花弁が牙のように変形し、中心には底の見えない闇が広がっている



『寄越せ』



低く濁った声と同時に花は紗夜へ向かってゆっくりとその口を開いていく


添霧「やめろ!!」


言霊を放つが別方向から伸びた根が進路を遮り足止めされる。紗夜は刀を握ったまま動けない。


紗夜が間に合わないと花が勝利を確信したその瞬間、昴琉が飛び込む


添霧「昴琉!?」


叫ぶ声を背に昴琉は紗夜の前へ立つ。両手を突き出し巨大な魔法陣を展開する。これまでとは比べ物にならない規模の術式。


未完成で荒削りだが、今だけは引けない力だった


昴琉「もう、もうこれ以上奪わせない!」


花の牙が魔法陣へ食い込む。衝撃が空間を震わせ昴琉の膝が沈む


昴琉「ぐっ……!」


術式に亀裂が走るが手は下ろさない。頭に浮かぶのは突き飛ばした紳漓、庇った紫暖、飛び込んだ朧偈の姿だった


守られたままでは終われない。今度は自分が夜刀神家として守る番だと


昴琉「通さない……!」


魔法陣がさらに輝きを増す。花が悲鳴のような唸りを上げる中、紗夜は何も言わないままわずかに瞳を細めてその背中を見つめていた


昴琉の展開した魔法陣と巨大な花は真正面からぶつかり合っていた。互いの力が拮抗したまま空間そのものを歪ませていく。


昴琉の額を汗が伝い両腕は細かく震え、足元は少しずつ沈み込んでいた。確実に押されているが退くわけにはいかなかった。


背後には紗夜がいる為一線が崩れればまた誰かが奪われる。


昴琉「ぐっ……!」


歯を食いしばるが魔法陣の一部が揺らぎ、円環の軌道がわずかに乱れ始める。


本来なら成立しない未完成の構造、その欠陥が限界として露わになりかけていた。花はそれを見逃さないで


『寄越せ!!!』


低く響く声とともに花弁がさらに押し込まれ、魔法陣の表面に亀裂が走る。昴琉の表情が歪んだその瞬間…添霧の声が響いた



添霧「昴琉!!頑張って!!!」



振り返る余裕はないがその声は届いた。ただ真っ直ぐで、余計な理屈も技術もない声だったが、それが逆に遠くまで突き抜けていく


昴琉の脳裏に過去が流れ込む。敵に未完成と評された魔術、家族の技術に追いつけない焦り、繰り返した失敗と挫折。


そして先ほど感じた家族の気配。皆が前へ進んでいるのなら自分だけ立ち止まる理由はない。


昴琉は大きく息を吸った。震えていた指先が止まり乱れていた意識が一点へ収束していく


昴琉「……違う」


静かに呟いた声は自分自身への否定ではなくこれまでの認識そのものへの否定だった。


ずっと足りないと、未完成だと思っていた。だから迷いって揺らぎ続けてきた。しかし今は違う。


昴琉「俺は、」


魔法陣の円環が輝きを増し、ばらばらだった線が一つへと収束しては欠けていた術式が繋がり、魔力の流れが完全な循環を形作っていく。



昴琉「ここで完成させる!」



空間が眩い光に包まれた。魔法陣が変貌して揺らいでいた構造は完全な形へと固定される。


幾重にも重なる紋様が展開されて未完成だった術式は今、誰の目にも明らかな完成形へと到達した。


『__ッ"!!!』


言葉にならない悲鳴のような反応とともに完成した魔法陣が一気に前方へと押し返した。

轟音が響き花弁が弾かれ、巨大な口が強制的に閉ざされる。


周囲の根が悲鳴を上げるように軋み空間そのものが揺れた。昴琉は両手を前に突き出したまま


昴琉「下がれないのは俺だけじゃないんだ!」


その叫びとともに魔法陣はさらに輝きを増し、花の圧力を真正面から押し返す。世界の中心へ続く巨大な障害が確かに一瞬だけ制圧された


その刹那の隙を紗夜は見逃さなかった。紗夜は刀を握り直し何も言わず一歩を踏み出す。二歩目で根の群れへ踏み込み刀を振り抜いた


空間が裂けるような一閃とともに紗夜を縛り付けていた無数の根がまとめて断ち切られる


添霧「よっしゃぁ!!」


声を上げる。紗夜は着地すると一切止まらず再び前へ向く。その視線の先には未だ吊るされたままの恋冬と虚の姿があるから。


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