穏やかな場所
カーテンの隙間から柔らかい光が差し込んでくる。
紗夜「……」
紗夜はしばらく天井を見ていた。知らない模様、知らない匂い。
紗夜「……朝だ」
添霧「おはよー!!」
すぐ横から声がする。
紗夜「……おはよ」
添霧「ちゃんと寝れた?」
紗夜「…まあまあ」
ベッドから起き上がると体が少し重かったが、昨日よりは楽だった。
添霧「顔、ちょっとだけ柔らかいよ」
紗夜「……そう」
添霧「もにもに」
紗夜「触んないで。」
添霧「えへへ」
着替えて部屋を出ると、廊下は静かで朝の音が小さく響いている。
食堂のような場所では簡単な朝食が用意されていた。
紗夜「……いいの」
「はい。どうぞ」
昨日よりスタッフの視線が柔らかい。どこか大切なものを見るみたい
紗夜は席に座って、パンをちぎる。
紗夜「……普通」
添霧「普通って最高だよね!」
添霧は相変わらず食べられないのに楽しそうだ。
添霧「ねえさな」
紗夜「紗夜」
添霧「今日はさ、何する?」
紗夜「……何も決めてない」
添霧「じゃあさ、宿の中探検しよ!」
紗夜「……勝手にして」
添霧「一緒に行こ!」
紗夜「……」
断らない時点でもう了承だった。
宿は思ったより広かった。中庭があって、小さな噴水がある。
添霧「ここ、気持ちいいね!」
紗夜「……うん」
ベンチに座ると風が通り、鳥の声が遠くで聞こえる。
紗夜「……静か」
添霧「さな、こういうの好きでしょ!」
紗夜「嫌いじゃない」
添霧は噴水の周りをぐるぐる回る。
添霧「ここさ!ずっと居れそうじゃない!?」
紗夜「…居場所って感じ」
言葉にしてから自分で少しだけ驚いた。添霧は止まって振り返る。
添霧「今、いいこと言った!」
紗夜「……?」
添霧「さな、ここ居場所って言った!」
紗夜「言った」
添霧「すごい進歩だよ!」
紗夜「…大げさ」
昼には部屋に戻って何もせず過ごす。
紗夜はベッドに座って窓の外を見る。添霧は床に寝転がる真似をしている。
添霧「ねえさな」
紗夜「……何」(訂正諦めた)
添霧「ひとってさ、何もしない時間も必要なんだよね?」
紗夜「たぶん」
添霧「僕、死んでからずっと動いてたからさ!」
紗夜「…今は」
添霧「今は止まれてる!」
それは少しだけ誇らしそうだった。
昼食も宿で簡単なものを出してもらった。
紗夜「……ありがと」
「いえ。どうぞごゆっくり」
その言葉が自然に出てくることが紗夜には少し不思議だった。
食後は中庭でまた座る。
紗夜「…眠い」
添霧「寝なよ!」
紗夜「ここで?」
添霧「見張りする!」
紗夜「さっきも言ってた」
添霧「何回でも言う!」
紗夜はベンチにもたれて目を閉じるが完全には眠らない。……でも、意識が少し遠のく。
紗夜(……静か)
誰にも怒鳴られない。
誰にも急かされない。
添霧は隣で何も言わずに座っていた。
夕方頃には空がオレンジ色になる。
紗夜「…もう夕方。」
添霧「一日、早かったね!」
紗夜「……うん」
部屋に戻って窓から外を見る。
知らない街
知らない世界
でも今日は怖くない。
紗夜「ねえ」
添霧「なぁに?」
紗夜「…ここ、嫌じゃない」
添霧は一瞬黙ってからすごく嬉しそうに笑って
添霧「うん!!」
紗夜「…それだけ」
添霧「それで十分だよ!」
夜は早めに布団に入って
紗夜「おやすみ」
添霧「おやすみ、さな!」
紗夜「……紗夜」
添霧「さな!」
紗夜「……………(諦)」
電気が消えて部屋が暗くなる。
紗夜「ねえ」
添霧「ん?」
紗夜「明日も、ここにいる?」
添霧「いられるならいよ!」
紗夜「…そう」
紗夜は目を閉じる。今日は何も起きなかった。
それが何よりだった。
この宿での一日は今までの紗夜にとって初めてずっと安心できた1日だった。
████はまだ正体を見せない。でも確かに、紗夜と添霧を拒まない場所はここにあった。




