表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽間世界  作者:
68/83

返事が欲しいでござる

_花の内側


巨大な鼓動が花の内部へと響き渡る


脈打つたびに無数の根が蠢き、繊維が震えて空間そのものが生き物のように呼吸を始めていた。


その中心で紳漓は歯を食いしばっていた


視界に映るのは過去だ


守れなかった家族達、届かなかった手、何度揺すっても動かないまま消えていく命、日常から失われていく笑顔。


そのすべてが幻のように目の前へ重なっていく


『お前は守れなかった』


『今回も同じだ』


『お前は何も変わらない』


紳漓「……うるさいわ」


呟くがその声は消えず、むしろ傷口を抉るように繰り返されていった


その隣では紫暖もまた同じように苦しんでいた。


彼女の視界には自らの最期が映し出されている。身体から力が抜け、激痛の中意識が薄れていく感覚だけが鮮明に蘇っている


『怖かっただろ』


『苦しかっただろ』


『お前の命はまた失われる』


という声に紫暖は答えないがわずかに震える指先がその影響を否定できていないことを示していた。


そして二人の間に同じように拘束された朧偈だけは異質な空気を纏っていた。


朧偈「父上~」


呼ぶが返事はない。紳漓は苦悶の表情のまま動かず、朧偈はもう一度


朧漓「父上」


呼び直すがやはり沈黙が返るだけ

今度は


朧偈「母上ぇ」


と紫暖へ呼びかけるが応答はなく、朧偈はしばらく待ってから


朧偈「困ったでござる」


と(本人は)真面目に呟いた。その様子は場違いなほど気が抜けており、むしろこの異常空間において唯一の緩和する存在ですらあった


『何故だ』


朧偈「にん?」


『何故苦しまない』


花は問いかけるが朧偈は首を傾げて


朧偈「この根っこは苦しいでござるよ?」


『そうではない』


朧偈「にぬ?」


『お前にも悲しみがあるはずだ』


朧偈「あるでござる」


『なら何故だ?』


朧偈「父上もおるでござる。母上も兄上も添霧殿方もおるでござる」


『……なに?』


朧偈「だから今を見るのでござる」


言い切ったその瞬間、花の鼓動がわずかに乱れる。


理解できないのだ。過去に縛られた感情から生まれたこの世界において、今を見ている朧偈という存在という異物はあまりにも相容れなかった。


苛立つように空間が軋むが、朧偈は意に介さず


朧偈「父上ー…母上ー」


呼び続けるその姿はこの地獄のような空間の中で唯一、異様なまでに真っ直ぐ(で間抜け)だった。



その一方で紳漓はなおも過去に囚われている

守れなかった者達の記憶が視界に重なる


『お前は守れる父親にはなれない』


紳漓「…うるさい言うとるやろ……」


と押し殺すように返すがその後悔は消えない。紫暖もまた自らの死の記憶に沈み、冷えた感覚と終わりの確信が彼女を締め付け続けていた。


そんな中朧偈だけが変わらず


朧偈「父上ー!母上ー!」


二人「「………」」


朧偈「返事してほしいでござるー!」


紳漓「……うるさいわ……」


朧偈「父上ぇ!!」


紳漓「叫ぶなアホ…頭割れそうや……」


朧偈「よかったでござるー!」


花の内部に場違いなほど嬉しそうな声が響いた


『守れなかった家族など忘れろ』


紳漓「…っぐ、」


『お前はまた』


朧偈「父上ー!!」


『目の前で家族を…』


朧偈「父上ーー!!」


『出来損ないな自分など』


朧偈「返事してほしいでござるーーー!!」


紳漓「うるさいわアホ!!!!」


『…………』


朧偈の存在は、花にとってかなり邪魔だった


花の内部に響く鼓動は先ほどとは異なり、どこか乱れた拍のように歪んでいた。


紳漓「静かにせぇ……」


拘束されたままだというのにちゃんと返事した


朧偈「父上ぇ〜!」


その声は迷いも遠慮もなくただ真っ直ぐだった。

そして、紳漓の中に沈み込んでいた過去の光景がほんのわずかに遠のいた。


守れなかった者達、失ったもの、消えない後悔。それらは消えてはいないが、今はそれとは別の場所(特に隣)から声がしている


紳漓はゆっくりと目を閉じ息を吐く。そして再び目を開け


紳漓「……ほんまに」


どれだけ沈められようとしても隣の息子は空気を読むことも遠慮もなく、ただ騒がしく呼び続けてくる。


それでもその声は確かに現実へと引き戻してくるものだったからか紳漓は顔を上げる


もう過去の光景は見ない。見るべきは前であり今であり、その先には守るべきものがある。


紳漓「勝手に終わった気になんなや……」


低く吐き出した言葉と同時に全身を縛る根が軋んだ。紳漓は拘束されたまま無理やり身体を捩り肩に食い込む繊維に力を込める


紳漓「まだ、終わっとらん!」


その頃、紫暖もまたゆっくりと目を開けていた。

ぼやけた視界の奥に響くのは朧偈の声


朧偈「母上ー!」


紫暖「……聞こえてるわよ」


小さな声だけで満足そうに笑うその姿を見た紫暖はわずかに表情を緩めた。


死の記憶は消えていないし今も鮮明に残っている。だがそれはすでに過去だ。


恐ろしかったし苦しかったが、今自分はここにいて声が届いている。

だから紫暖は静かに顔を上げ


紫暖「まだ諦めるには早いわね」


と呟き拘束された腕へ力を込めた。


花は彼らを閉じ込めたつもりだったし過去へ沈めたつもりでいたが、三人はまだ現実に立っていた。


その様子を見て朧偈は安心したように


朧偈「よかったでござる!」


紳漓「お前なぁ……」


紫暖「ふふ」


思わず笑いが漏れる。こんな状況でも息が少しだけ楽になる感覚があった。


だが隣に朧偈の姿がなかった


紳漓「……あれ」


紫暖「いないわね」


先ほどまであれほど騒がしかった存在が消えていることにむしろ不自然さを覚える。直後下方から


朧偈「父上ー!!母上ー!!」


二人が同時に視線を落とすと…そこにいた


いたのだが位置がおかしい。朧偈はなぜか二人より遥か下、根の塊の上に転がるように落ちていた。


朧偈本人も状況を完全には理解していない顔をしているがすぐに胸を張って


朧偈「父上!母上!!拙者が助太刀致すでござる!!」


そう叫ぶと根の山をよじ登り始める。


夫婦「「……」」


朧偈「待っておるでござる!!今参るでござる!!」


よじよじしてのぼるも足を取られ滑り落ち、それでもまた登る


朧偈「ぬおおおお!!」


その光景をしばらく無言で見た紳漓はぽつりと


紳漓「……ガン無視やな」(色々)


紫暖は堪えきれず小さく笑いを漏らすと


紫暖「……あなたとの子よ」


紳漓「何でや」


紫暖「勢いだけで突っ込むところとか」


紳漓「否定できへんな……」


その間にも朧偈は必死に登っている


朧偈「とうっ!!」


跳ぶが届かないで落ちる


朧偈「にん!!」


紳漓「何しとんねんアイツ……」(正論)


紫暖「助けようとしてるのよ」


紳漓「方法が雑すぎるやろ」


朧偈「父上ー!!」


紳漓「聞こえとるわ!!」


朧偈「もう少しでござる!!」


紳漓「全然やわ!!!」


こんな状況でありながら紫暖はとうとう吹き出した


下で息子が必死に根の山を登り続けているその姿はあまりにも朧偈らしく、確かにこの絶望の中にわずかな隙間を生んでいた。


朧偈「父上ー!!母上ー!!」


その声は確かにこの世界の歪みを少しだけ変え始めていた


朧偈がなんで下に居たか

A.花が落とした

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ