助けるため
花弁が震えて無数の根が暴れ狂う。まるで二人の言葉そのものを拒絶するかのように空間全体へ悲鳴が広がっていた。
『やめろ!離れるな!ここにいろ!苦しめ、後悔しろ!消えるな!』
声が幾重にも重なり、もはやそれは支配ではなく縋り付く子供のような絶叫へと変質していた。
しかしその声に耳を貸す者は誰もいない。添霧は悔しげに拳を握り締め、昴琉もまた唇を噛みしめていた。
本当なら認めたくないし本当なら別の道を探したい、そう思いながらも目の前の現実だけが残酷なまでに明確だった。
時間がないのは誰の目にも明らかであり、恋冬と虚を覆う白と黒の根は今もなお二人から何かを奪い続けている。
記憶か感情かそれとも存在そのものか、判別すらできないまま、確実に何かが失われていた。
添霧「…やだなあ、ほんとにそれしかないんだね」
虚「多分な」
恋冬「ごめんね」
添霧はその言葉に顔を上げると目元を赤くしながら短く言い放った。
添霧「謝らないで」
続ければ止まれなくなることを理解していたからそれ以上は続けない。
昴琉も静かに息を吐いて震える声で応じる
昴琉「分かりました。正直納得はしていません」
虚「知ってる」
昴琉「ですが」
昴琉は花の中心を見上げ、そこに囚われる恋冬と虚を真っ直ぐ見据えたまま続けた
昴琉「信じます」
それはその言葉を拒絶するような反応だった。紗夜は何も言わずただ静かに刀を構え続けている。
その視線は一度たりとも逸れることなく恋冬だけを見ていた。やがて紗夜は小さく口を開いて
紗夜「待ってろ」
それだけだった。しかしその言葉に恋冬はわずかに笑みを浮かべる。
恋冬「うん」
その返事を合図に紗夜の足が前へと踏み出された。花を見上げ恋冬と虚を縛る無数の根を見据え、そのすべてを断ち切る意志だけを握り締めている。
添霧もまた隣へと並び、昴琉は無数の魔法陣を展開する。
三人の視線が同じ一点に収束する。花の中心には二人を拘束する根、その一点のみを見据えた瞬間彼らが本気であるということを花は理解した
空間中の花弁が一斉に開花する。無数の蕾が破裂するように開き、その中から人外達が這い出してきた
床を埋め尽くすほどの群れはまるで花そのものが総力戦を選択したかのような光景だった
『返さない返さない返さない!!』
という絶叫が重なり合い無数の根が空間を完全に覆い尽くすが誰一人として止まらない
そして花の中心では恋冬と虚が静かに目を閉じていた。
初めて自分達で選んだ答えへ向かうために紗夜達はついに動き出した
鼓動のたびに空間は歪み花弁の隙間から無数の根が這い出していく。
視界そのものを埋め尽くすほどの大群が花の内部から溢れ出し、恋冬と虚へ迫ろうとする紗夜達の前に立ちはだかるように広がっていく。
花は唸るように声を発する
『返さない』
合図のように無数の根が蠢き、恋冬と虚を覆う拘束はさらに強く締まるたび二人の身体がわずかに跳ねた。
添霧はその光景を見上げながら苦笑にも似た声を漏らす
添霧「うわ、めっちゃ怒ってんじゃん!」
昴琉は冷静にその圧力を見上げながら言葉を返す
昴琉「それだけ必死ということでしょうね」
添霧は一瞬だけ紗夜を見た。紗夜は何も言わずにただ真っ直ぐ前だけを見据えている
その視線の先にあるのは花でも人外でもなく恋冬だけだった。添霧は小さく笑うと迷いなく声を上げる
添霧「なら行くしかないよね!」
その言葉と同時に地面から浮遊し、迫る人外の群れへ一直線に飛び込んだ。最前列の人外が腕を振り上げるより早く添霧の言霊が炸裂
添霧「吹っ飛べ!」
轟音と共に前方の人外達がまとめて弾き飛ばされるがその空白は瞬時に埋められ、さらに奥から新たな群れが押し寄せてきた。
添霧「多すぎるってば!?」
昴琉は即座に応じるように幾重もの魔法陣を展開し放たれた光が人外と根を貫いていく
昴琉「後ろは任せてください!」
しかしそれでも数は減らず増殖しているかのようだった。二人を奪われないために花は明らかに時間を稼いでいる
床が大きく隆起し巨大な根が槍のように地面を突き破って添霧へ向かって突き上がる。
添霧「っ!?」
避けきれないと誰もが思った瞬間、軌跡が空間を裂いた。根は真っ二つに断ち切られ崩れ落ちる。
その前に立っていたのは紗夜
紗夜は振り返らず静かに刀を下ろすだけで告げる
紗夜「前見て」
添霧は一瞬だけ笑って再び前へと駆け出す
添霧「さなありがとぉ!」
花の中心はまだ数十メートル上空、そこには恋冬と虚が届きそうで届かない距離にいる
それでも三人は止まらないまま花弁が舞い、根が襲い、人外が群がる。
その全てを掻い潜りながら、少しずつ確実に前へと進んでいく。
そして上空では拘束されたままの恋冬がその光景を見つめていた
恋冬「……来てくれてる」
虚「あぁ」
花はなおも暴れ続け必死に抵抗している。
どれほど遠くともあの三人は止まらない。どれほど阻まれようとも必ずここまで辿り着くのだと二人には分かっていた。




