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幽間世界  作者:
66/83

選ぶという、残された鎖

また巨大な花が脈打つがそれは怒りであり焦燥の鼓動だった


花そのものが怯えているかのように空間全体が不規則に震えていた。


恋冬と虚を拘束する白い根と黒い根がさらに強く食い込み、二人の身体を花の奥へ沈めようとする。


繊維は軋み、無数の根が蠢きながら二人の存在そのものを飲み込もうとしていた。


『許さない。終わらせない。苦しめ、後悔しろ、憎め、許すな』


その声はもはや懇願にも似ていた。巨大な花は世界そのものを支配する存在でありながらその実、とても脆く弱い存在だった。


恋冬は静かに目を閉じる。今なら分かる。この花は強大でこの世界そのものと言ってもいい。


だが同時にとても弱いからこそ必死に恋冬と虚の苦しみに、後悔に、罪悪感に、孤独に縋っている。


それらを失えば自らが存在できなくなることを知っているから


恋冬は小さく息を吐きそっと隣へ意識を向けた。背中合わせのままで互いの顔は見えないが確かにそこにいることだけは分かる。


虚「まったく、最後まで面倒な話だよな」


恋冬「そうだね」


短いやり取りだったがその言葉だけで十分。今まで何度もすれ違い何度も想いは届かず、何度も間違え続けた。


それでも今だけは同じ景色を見て、同じ答えへ辿り着いている

やがて恋冬は静かに口を開く


恋冬「ねぇ」


虚「なんだ」


恋冬「……私、自分で決めたい」


その言葉を聞いた虚は静かに笑う


虚「奇遇だな」


その瞬間巨大な鼓動が空間を揺らし、花全体が絶叫するように震え始めて無数の根が暴れ狂い空間を埋め尽くす。


明確な拒絶だ。二人が選ぶことを、前へ進まれることを、苦しみの中へ縛り付けていた二人が自らの意志で歩き出そうとすることを認めたくないのだ。


恋冬と虚は同時に目を閉じ、そして二人の声は花の内部を伝い空間全体へ響き渡る

その声は下で戦う紗夜達の耳にも確かに届いた


恋冬「紗夜ちゃん」


その呼び掛けに皆が止まる


恋冬「聞いて」


虚「最後まで聞け」


根が意思を潰そうと締め付けているが故二人の声は途切れ途切れだった。


恋冬「この世界は」


虚「俺達から生まれた」


恋冬「だから」


虚「俺達で終わらせる」


添霧「なっ…え…?」


昴琉「何を言ってるんですか!」


恋冬「お願い」


虚「協力してくれ」


添霧「ふざけないでよ!!!」


怒声が響いた。


添霧「そんなの認める訳ないってば!」


昴琉「他に方法を探します!絶対にあります!」


恋冬は僅かに目を伏せる

その言葉が嬉しかった、本当に嬉しかった

諦めないで助けようとしてくれている。


……だからこそ伝えなければならない


恋冬「ありがとう。でもね」


その声は優しく、どこまでも穏やかで、どこまでも温かかった


虚「今だけは」


恋冬「私たちに決めさせて」


添霧の言葉が途切れ、昴琉も何も言えなくなる


ただその言葉は死を望む言葉でも諦めでもなく、ただ一つの選択だった

今まで選べなかった二人が初めて自分達の意志で掴み取った答えだった


花が激しく脈打つ。無数の根が暴れ狂い、まるで二人の声を掻き消そうとするかのように空間を揺らす


しかしそれでも声は止まらない


恋冬「お願い」


虚「信じろ」


長い沈黙が落ちた


紗夜は静かに刀を握り直した。その手は震えている。押し殺した感情が刃のように胸の奥で軋んでいる。


紗夜「……却下…。納得してない。気に入らない」


さらに強く刀を握り締める


その言葉に恋冬の目が僅かに見開かれ、そして小さく笑った


添霧は俯き悔しそうに拳を握る。これはもう誰かに決められる話ではないと理解してしまった


昴琉「……分かりました」


その言葉が落ちた瞬間花が絶叫した


『やめろ、やめろ…やめろ!』


根が狂ったように暴れ始める。

そして次の瞬間世界そのものを震わせる絶叫が響き渡った


『やめろォォォォォォォォォォォ!!!』


その場の全員が初めて同じ方向を向いた瞬間、苦しみに縋り続けていた花は初めて本当の意味で追い詰められたのだった


花の絶叫は止まらなかった

空間そのものが悲鳴を上げているかのように壁が震え、床を覆う繊維が脈打ち、巨大な花弁は何度も開閉を繰り返していた。


その中心では恋冬と虚を縛り上げる白と黒の根が意思を持つかのように続けている。


『やめろやめろやめろ』


という声だけが重なり空間を満たしていた。その異様な圧の中で最初に気付いたのは恋冬だった


恋冬は自らの身体に食い込む白い根を見つめ、その一本一本を伝う感覚にわずかに目を細める。


それは単なる拘束ではなく、脈打つたびに何かが流れ込んでいる悲しみ、後悔、罪悪感、孤独、それはかつて自分が抱えていた感情であり、今も完全には消えきっていない記憶の残滓でもあった。


恋冬「……そういうことなんだよね」


虚「ああ。」


恋冬は静かに頷いた。反対側に囚われた虚もまた同じ結論へ辿り着いている。虚を縛る黒い根にもまた同じものが流れていた。


碧春として抱えてきた後悔、守れなかった罪悪感、置き去りにしてしまった苦しみ、そして消えてしまうことへの恐怖。


それらが形を変えて根として絡み付いているに過ぎない


恋冬は自分の腕に食い込む白い根を見つめた。切ろうとしても切れなかった理由、壊そうとしても壊れなかった理由


それは花が特別に強いからではなく、それが花である以前に自分達自身だからだった。自分達が抱え続けてきた負の感情そのものがここに形を持って存在しているに過ぎない。


花は再び脈打つその瞬間、根が一斉に締め付けを強めた


恋冬「い"ぁあっ…!」


虚「クソ、!」


まるで気付かれたことそのものを拒絶するかのような反応に


『違う違う違う。離れるな、苦しめ、ここにいろ』


花の声は歪み、焦りと執着を露わにしていく。恋冬はわずかに目を伏せた。かつての自分であればこの声を否定できなかったかもしれない。


苦しいのは当然であり、罪悪感を抱き続けることこそが正しいのだとすら思っていた。しかし今は違う

恋冬は静かに首を横に振り


恋冬「嫌だよ」


その一言に花が明確に震えた。虚もまた小さく息を吐き黒い根を見つめる


虚「悪いな。もう付き合わねぇ」


その言葉と共に花の脈動が大きく乱れた。虚は視線を下へ向けるとそこには紗夜達が今もなお戦い続けている。


自分達のために、誰かを取り戻すために…恋冬もまた同じように視線を落とし二人だけでは届かないと静かに理解する。


この拘束は外部の鎖ではなく自分達自身が長い時間をかけて編み上げてきた心そのものだ

だからこそ自分達だけでは断ち切れない。


恋冬「ねぇ」


虚「あぁ」


恋冬「紗夜ちゃん」


その声に紗夜達が顔を上げる。恋冬の表情は苦しみに歪みながらもどこか穏やかさを宿していた。


恋冬「お願いがあるの」


添霧「恋冬ちゃん?」


昴琉も緊張した面持ちで見上げる。虚は短く息を吐き根に視線を落としたまま言葉を続けた。


虚「この根を切れ」


添霧の表情が固まり昴琉も言葉を失うが紗夜だけは黙ったまま二人を見上げていた。


恋冬「全部じゃなくていい」


虚「簡単には切れねぇ」


恋冬「少しでいい」


虚「それでいい」


恋冬「私達だけじゃ届かない」


虚「だから手を貸せ」


花が悲鳴のように震えた。


『やめろ!やめろ!!やめろ!!!』


理屈ではなく本能的な拒絶で無数の根が暴走する。

この拘束こそが花の命綱であると恋冬と虚は確信する。恋冬は紗夜を見つめ、虚もまた下を見据えた。


恋冬「助けて」


虚「協力してくれ」


その言葉は、戦場に不自然なほど響いた

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