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幽間世界  作者:
61/83

世界の本性

巨大な花が脈打った。それはまるで世界そのものが心臓を持ってしまったかのような不快で巨大な鼓動だった。


その振動に呼応するように核を覆い隠していた無数の花弁がゆっくりと開き始める。


誰も動かないで言葉を発しなかった。ただその奥にあるはずのものを見つめていた。


世界の核は異常な世界の中心であり、そこに全ての元凶の答えがあるはずだった。


……しかしそこには何も無かった


添霧「……あれ?」


昴琉「核らしきものが…見当たりません」


花弁はさらに開いていく。脈打つ繊維、複雑に絡み合う根、幾重にも重なった花の内部。

そのどこにも核らしきものは存在しない。


代わりに姿を現したのは巨大な根の塊


それはまるで繭だった。無数の白い根と黒い根が複雑に絡み合い、一つの巨大な塊を形成している。


その中心には人影のような何かが吊るされていた。


添霧「…人?」


紗夜「違う、あれは……」


花弁がさらに開き繭の全貌が露わになった時最初に見えたのは白だった。


小柄な身体を覆うように無数の白い根が伸び、その胸や腕、足元へ深く絡み付きながら、まるで生命そのものを吸い上げるかのように脈動している。


そしてその少女の正体を見た瞬間添霧は息を呑んだ


添霧「恋冬ちゃん…!?」


その声には確かな安堵が混じっていた。

見つけた、ようやく見つけた。

…だが、その感情は次の瞬間に打ち砕かれる


恋冬の反対側。背中合わせになるように固定されていたもう一つの人影に全身を黒い根に覆われた少年だった。


昴琉「碧春さん……」


そこにいたのは虚だった。二人は背中合わせに囚われていて手は届かなく顔も見えない。


それでも互いの存在だけは感じられる距離にいる。


……それは今までの人生そのもののようだった。

寄り添いたかった。話したかった。伝えたい言葉があった。


それなのに最後まですれ違い続けた二人を嘲笑うかのように白い根と黒い根は中央で混ざり合って一つの巨大な繭を形成している。


ドクンと巨大な鼓動が空間に響き渡るその瞬間、恋冬の身体へ絡み付いた白い根が微かに脈打ち、同時に虚を覆う黒い根も震えた。


そして花は歓喜するように脈動する。その異様な光景を見た紳漓の表情が歪んだ。


紳漓「…食っとる、?」


紫暖は視線を逸らさないまま静かに頷く


紫暖「えぇ」


添霧「食べてるって…何を?」


問い掛ける添霧に、紫暖は低い声で答えた。


紫暖「心…かしら、恋冬ちゃんの悲しみも、碧春くんの後悔も、罪悪感も孤独もあの花は全部を養分にしている」


その言葉に空気が凍り付く。この世界は恋冬と碧春の苦しみから生まれたと全員が理解してしまったから


そして花はその苦しみが終わることを望んでいない。苦しみ続け、後悔し続けて憎み続けてほしいと


だから閉じ込めて世界を作り、今も二人を離さない。


鼓動が響くそのたびに白い根と黒い根が脈打ち、まるで二人の心そのものを吸い上げているかのようだった。


紗夜は何も言わずただ静かにその光景を見つめ続ける。やがて添霧が一歩前へ出て


添霧「助けないと!」


昴琉「ですね」


二人が駆け出そうとしたその瞬間、床を這う巨大な蔦が唸りを上げながら伸びて二人へ襲い掛かる。


しかしその軌道を遮るように紗夜の刀が抜かれた。


迫る根は紗夜の一閃によって真っ二つに断ち切られる


添霧「やった!」


だが安堵はほんの一瞬だった。切断された根は地面へ落ちることなく蠢き始めた

切断面から新たな根が生えて倍以上の数となって再び襲い掛かってくる


昴琉「なっ!?」


紫暖「下がりなさい!」


紫暖の能力が展開されて押し寄せる根を吹き飛ばすが吹き飛んだはずの根は瞬く間に再生した。


大剣で斬っても忍術で焼いても言霊で壊しても終わらない。まるで世界そのものが無限に再生しているかのようだった。


紳漓「ほんならまとめて吹っ飛ばしたるわ!!」


次の瞬間轟音が響いた。大剣の一撃が花弁ごと空間を裂き、凄まじい衝撃が花の中心へ叩き込まれる。


花弁が砕けて根が吹き飛び、誰もが息を呑みその結果を見守る。

……が、何も変わらなかった。


吹き飛んだ花弁は瞬く間に元へ戻り砕け散った根も最初から何事も無かったかのように再び恋冬と虚を覆い隠していく


紳漓「……は?」


添霧の顔から血の気が引き昴琉も言葉を失う。

壊れない、届かない…何をしても意味が無いという事実だけが重く場に残された。


そして次は恋冬の身体へ絡み付いていた白い根が強く脈打つ


恋冬「っ……!」


苦しそうな声が漏れた時全員の動きが止まる


昴琉「恋冬さん、!」


添霧「恋冬ちゃん!」


紗夜の瞳もわずかに揺れた。たった一撃だけ花を攻撃しただけだったのに苦しんだのは恋冬


紫暖は静かに呟く


紫暖「…そういうこと、」


紳漓「最悪やな」


紫暖「えぇ」


花を攻撃することは恋冬と虚を傷付けることと同義なのだと二人は理解してしまった


ようやく辿り着いてようやく見つけた…それなのに助ける方法が分からない。壊せば傷付き放置すれば奪われる。


どう動いても救いへ辿り着けない。その事実だけが重く全員へ圧し掛かる。

巨大な花はそんな彼らを見下ろすようにゆっくりと脈打った。


その鼓動はまるで「返さない」と告げる笑い声のようだった


そして花弁の中心では、背中合わせに囚われた恋冬と虚がなおも白と黒の根に絡め取られながら静かに鼓動の奥深くへ沈められていく。


誰も届かない場所へ、誰も手を伸ばせない場所へ…二人の身体は少しずつ確実に花の中心へ取り込まれていくのだ


そして花弁が完全に開いた。それは解放ではなく、むしろ閉じていたものが見せることを選んだという方が正しい……ような


巨大な花の中心には核は存在しない。ただ無数の繊維が絡み合って何かを支えるように広がっている


紗夜はその光景を見ても声を上げず、視線を逸らさないまま前へと踏み出す。

ただその刀を握る手にだけ明らかに力が込められていた


同時に花が初めて明確な意思を示す。

空間全体が震えた鼓動と共に花の中心から声が響く。


『返さない』


だが紗夜の足が止まることはない。紗夜は短く息を吐くと刀を握り直して再び前へ出る。

その瞬間花の繊維が一斉に蠢き恋冬と虚へと伸びていく。


紗夜「止める」


添霧「助ける!」


昴琉も魔法陣を展開して空間に干渉する構えを取る。


昴琉「支援します!」


朧偈は忍術を考えながら前方へ跳び出し、紳漓は大剣を肩に担いだまま


紳漓「また面倒なもん抱え込んどるなぁ!」


紫暖だけが空間を見ている


紫暖「……まずいわね」


その言葉と同時に花が動き、恋冬と虚へと絡みつく根が一斉に強く脈打つ


恋冬「っ…ぁ、!?」


虚「はっ…ぁ…っ」


二人の身体がわずかに引き上げられるように震え、感情そのものを引き裂かれるような歪みが走る。


紗夜の一閃が放たれ根が切断された瞬間、その断面から新たな繊維が生まれて逆に速度を増して二人を覆い尽くしていく。


添霧「やっぱり切れない……!?」


昴琉「再生速度が異常です」


紫暖は花を見つめたまま僅かに目を細める。


紫暖「…吸われてる」


紳漓「何がや!?」


紫暖「力だけじゃない。この空間全体があの二人を中心に…生成されてる」


その言葉を証明するように花の内部に散らばっていた無数の蕾が一斉に震え始める

そして次々と開花した花弁が開く音が重なる


その中から現れたのは、かつて人外と呼ばれ、先程取り込まれていた存在だった

しかしそれはもはや形を持っていない。


根に縛られて花の一部として再構築されただけの歪な影に紗夜の目が僅かに細まる


紗夜「…戻したの」


紫暖は静かに頷いた。


紫暖「えぇ。全部あの花の中で再利用されてる」


添霧「再利用って…」


昴琉「つまり…倒しても意味がないってこと、?」


紫暖「力が吸われているの」


紳漓「さっきも言うとったやろそれ」


紫暖「今度はもっと、こう、」


その瞬間花の中心で恋冬の身体が強く引かれた


恋冬「……っ」


虚「やめろ……」


恋冬の白い根が脈打ち虚の黒い根が応じるように震えることで二人の間で何かが確実に削り取られていく


記憶か感情か、それとも存在そのものか…

紗夜は無言のまま踏み込む


紫暖「無理に引き剥がすと全部一緒に壊れる可能性があるわ!」


紗夜の動きが止まることはなかった。

ただその視線だけが一瞬だけ花の中心へ向けられる。


そこには確かに助けるだけでは終わらないものが存在していた。


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