還るものたち
紳漓達が合流したことで崩れかけていた戦線は一時的に持ち直していた。
紳漓の大剣が振るわれる度に人外の群れが吹き飛び、紫暖の能力が押し寄せる敵を抑え込んで朧偈もまた次々と忍術を放っている。
添霧の言霊と昴琉の魔術、紗夜の剣技も加わり、先程まで圧倒されていた状況が嘘のように押し返し始めていた。
しかしその均衡はあまりにも唐突に崩れた。
また建物全体が大きく脈打つが先程までとは明らかに違う。
まるで巨大な心臓が一度だけ強く鼓動したかのような振動だった。
紳漓は大剣を振り抜いたまま眉を顰める。
紳漓「……なんや今の」
紫暖「嫌な感じがするわね」
朧偈「父上、人外達の様子がおかしいでござる」
昴琉「様子が?」
その言葉に全員の視線が集まる。異変はすぐに分かった
紳漓達が駆けつける前のように人外達が止まっていた。先程まで殺意を剥き出しにして襲い掛かっていた存在達が一斉にその場で静止している
紗夜は刀を構えたまま動かない。添霧も昴琉も警戒を解かない。誰もが次の攻撃を予測していた
攻撃は来ない代わりに聞こえたのは悲鳴だった
人外「ァ……ア……」
人外の一体が苦しそうに胸を押さえる。
続いて別の個体、さらにその奥と一体だけではない。
全ての人外が同じように身体を震わせ始めていたのをみて昴琉は目を見開く。
昴琉「何が起きているんですか……」
添霧「知らないよ……!」
悲鳴は徐々に大きくなる。苦しみ、恐怖、助けを求めるような声…それは今まで襲い掛かってきた怪物達とは思えなかった。
その姿はまるで犠牲者だった。再び鼓動が響くその瞬間、人外の身体から根が生えた。
紗夜「っ!?」
腕、胸、首、無数の根が肉を突き破るように伸び始める。人外達は逃げようとする。
だが逃げられないまま根は瞬く間に全身へ広がり、その身体を覆い尽くしていく。
人外「あ”あ”あ”あァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァァァァァァッ!!!!!」
絶叫が響くが誰にも止められないまま根はさらに成長し、骨を砕き、肉を飲み込みながら全身を侵食していく。
やがて人外だったものの腕が花弁へ変わった
指先が花びらとなって崩れて、顔も脚も身体も全てが花へ変わっていく。
あまりにも残酷で異様なんてものでは片付かない光景に添霧は言葉を失った
添霧「……なに、これ」
誰も答えられない。目の前で起きているのは戦闘ではなく回収だった。
人外達は叫び、苦しみ、逃げようとするがそれでも無意味だった。
花弁となった身体は次々と崩れ、まるで最初からそのために存在していたかのように床を埋め尽くす根へ吸収されていく。
紫暖「…戻されているのかしら、」
紳漓「戻される?」
紫暖「えぇ。きっとあの子達は元々花の一部だったのよ」
その言葉を証明するかのように人外達の姿は花弁となり根となり養分となり…巨大な何かへ次々と消えていく。
吸収した命の数だけ力を増しているかのように鼓動はさらに大きくなった。そしてその異変はこの空間だけでは終わらない
巨大な花を目の当たりにした瞬間、その場にいた全員が言葉を失った。
…それは生物であり、植物であり…怪物だった。そして何より、この世界そのものと主張する存在だった
遥か頭上まで伸びる花弁は天井を貫き、脈打つ根は地の底へと続いている。
その中心では巨大な核が心臓のように鼓動を繰り返しており、一度脈打つ度に周囲の空間そのものが震えていた。
また鼓動のように建物全体が激しく揺れた。紗夜達は咄嗟に足を踏ん張る
昴琉「なっ……!?」
添霧「今度はなにさぁ!?」
建物そのものが悲鳴を上げているかのように振動は収まらないどころか強くなる。
そして、通路の奥から崩壊が始まった。
壁が砕けて天井が割れ、床が波打つ事に巨大な亀裂が走り、石材や瓦礫が崩れ落ちていく
朧偈「崩れるでござる!」
紳漓「いや……」
紳漓は険しい表情のまま前方を見据えていた。崩れているのではなく変わっている。
壁だったものが蠢いて、石だと思っていた表面がゆっくりと裂け、その内側から無数の繊維が現れる。
それは木でも根でもなく、花を構成する繊維だった。
紫暖「最初からだったのね」
添霧「最初から?」
紫暖「この建物そのものが、花の一部だったのよ」
その言葉を証明するように壁が完全に形を失う。石造りの通路だと思っていたものは剥がれ落ち、その内側から現れた無数の繊維が脈打ちながら空間を埋め尽くしていく。
天井もひび割れた先に存在していたのは石ではなく何層にも重なった巨大な花弁だった。
花弁の裏側を支えるように無数の繊維が絡み合い、生き物の血管のように脈動している。
昴琉は思わず息を呑んだ。
昴琉「じゃあ……今まで俺達は……」
紗夜「花の中を歩いていた」
床までもが変化を始めて石畳が裂け、その下から現れた繊維が大地を押し上げる。まるで生き物の筋肉のように収縮を繰り返している
鼓動はさらに大きくなり、その度に世界が揺れてその度に壁も天井も床も姿を変えていく
建物なんて最初から存在していなかったのだ。
一行が歩いてきた通路、開いたドア、今の広間…その全てが巨大な花の体内だった。
恋冬と虚の感情を養分に育ち続けた怪物の内部を彼らはずっと進み続けていたのである
紗夜は刀を握る手に力を込めた。
紗夜「……恋冬」
その名を呟いた瞬間巨大な花が再び脈打つ。そして核の周囲を覆っていた花弁が自らの心臓部を見せつけるようにゆっくりと開き始めた
一行はまだ、その奥にあるものを知らない




