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幽間世界  作者:
56/83

世界は許さない

ドクン、ドクン、ドクンとまるで巨大な心臓が脈打つような音が空間に響き渡った。


その音に合わせるように部屋全体が激しく震え始め、壁に走っていた亀裂は不気味な音を立てながら広がっていく。


床の隙間からは無数の根が這い出し、その異様な光景に恋冬は思わず身をすくませた。


恋冬「な、なに……?」


昴琉も周囲を見回しながら警戒を強める。


昴琉「揺れている……!?」


添霧「違う、建物自体が動いてる!」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、轟音と共に壁が大きく裂けた。だがそれは壁ではなかった。


今まで壁だと思っていたものがまるで生き物のように開いた


その内側に広がっていたのは木の根ではなく巨大な花弁だった。肉のような質感を持つ花弁が脈打ちながら壁一面を覆い尽くし、見る者の本能へ直接恐怖を叩き込んでくる。


紗夜は反射的に刀へ手を伸ばしたが理由など分からない。ただこれは今まで相手にしてきたどの人外とも違う存在だと本能が警鐘を鳴らし、理屈ではなく身体が理解していた。


ドクンと再び巨大な花が脈打つ次の瞬間、全員の頭の中へ直接声が流れ込んできた。


恋冬「!?」


昴琉「なんだ、?」


『返せ。返せ。返せ』


それは声というよりも感情だった。憎悪、執着、飢え、喪失。無数の負の感情が混ざり合い、一つの醜悪な意思となって押し寄せてくる。


その異様な気配を察した瞬間虚の表情が鋭く変わる


虚「下がれ!!」


叫びと同時に床が爆発し、無数の根が槍のように突き上がる。


紗夜「恋冬!!」


紗夜は即座に恋冬の腕を掴んで引き寄せたが一歩遅かった。一本の蔦が恋冬の足首へ絡みつき、そのまま強引に引きずる。


恋冬「きゃっ!?」


紗夜「恋冬を離して!」


振るわれた刀が蔦を切り裂くが次の瞬間には十本二十本、百本を超える蔦が壁から噴き出していた。


添霧「『消えろ!!』」


言霊が炸裂し大量の蔦が霧散する。しかし消えた傍から新たな蔦が生え続ける。

その光景はまるで世界そのものを相手にしているようだった。


昴琉「数が多すぎます!!」


展開された魔術陣から放たれる光弾が根を吹き飛ばすがそれでも勢いは止まらず、押し返せないまま終わらない。


『返せ。返せ。返せ』


次第に大きくなる声、そして蔦の大半が向かった先は恋冬ではなく虚だった。


虚「っ……!」


まるで「碧春を返せ」と叫ぶかのように無数の根が虚へ殺到する。


紗夜「虚!!」


虚は次々と襲い掛かる根を避ける。しかし一本、二本と身体へ絡みつき、やがて腕も足も拘束されていった。


添霧「離れろォ!!」


再び言霊が炸裂するが、その隙を突くように別方向から伸びた根が虚の足を捕らえた。


虚「くそっ……!」


そのまま床を引きずられていく姿を見て恋冬は反射的に手を伸ばした。


恋冬「碧春!!」


届くはずのない距離だったがそれでも伸ばさずにはいられなかった。すると今度は恋冬にも蔦が待っていたかのように反応する。


恋冬「っ!?」


両腕、腰、肩へと蔦が絡みつき、一瞬で身動きを封じられる。


紗夜「恋冬!!」


恋冬「紗夜ちゃん!!」


互いに手を伸ばす。あと少し…本当にあと少しだった。しかしその時、ドクンッと巨大な花が激しく脈打つ。


直後床が崩壊して二人の真下に巨大な穴が口を開く。底は見えず、そこにあるのは巨大な生物の口のように無数の花弁と根だけだった。


『返せ。返せ。返せ』


そして初めてその意思は明確な言葉となる


『私のものだ』


その一言に紗夜の顔から血の気が引いた。添霧も昴琉も動きを止める。それは病でも人外でもない、世界そのものに巣食う執着だった


恋冬「碧春!!」


虚「恋冬!!」


二人は互いへ手を伸ばすが次の瞬間には蔦が一気に引き、轟音と共に二人の身体が穴の中へ飲み込まれる。


恋冬「紗夜ちゃん!!」


虚「来るな!!」


最後に響いた叫びを残して穴は閉じた。


静寂が訪れる中に残されたのは紗夜たちだけだった。


添霧「……は?」


昴琉「そんな……」


紗夜は閉じた床を睨みつける。握り締めた刀が小さく震えていた。やがて建物全体が再び脈打つ


ドクンドクンと花そのものが歓喜しているかのようだった



その頃、恋冬と虚は落下しているのではなく飲み込まれていた。


周囲を埋め尽くすのは巨大な生物の体内のような根と蔦と花弁。


恋冬「っ……!」


全身に巻き付いた蔦が二人を奥へ奥へと運んでいく。


虚「恋冬!」


恋冬「碧春!」


互いに呼び合うが距離は縮まらなく、むしろ引き離されていくばかりだった。


世界そのものが心臓になったかのような脈動が続き、そしてやがて二人は広大な空洞へ辿り着いた


天井も壁も見えないまま、ただ中央に巨大な花だけが存在している。


これまで見てきた花とは比較にならない山のような大きさを持ち、幾重にも重なった花弁と無数の根が空間を支配していた。


そして中心には心臓のように脈打つ巨大な核が存在する。


恋冬「これが……」


虚「本体か」


二人の身体はそのまま花の中心へ引き寄せられていく。抵抗しても根が腕を掴み、足を掴み、身体を固定する。


最初からそうすると予知されていたかのように抵抗は無意味だった


やがて花弁がゆっくりと開くとその内側には恋冬と虚のために作られたような二つの空席があった。


恋冬「やだ……」


虚「離せ!」


虚は根を引きちぎろうとするが花が脈打った瞬間二人の身体から光が吸い上げられ始めた。


恋冬「っ!」


虚「ぐっ……!」


感情や記憶、苦しみと後悔…それら全てが根を通して花へ流れ込んでいく。

そして初めて花が語りかけてきた


『そうだ。それでいい。悲しめ。苦しめ。憎め』


それは声ではなく何千何万もの声が重なり合った…言ってしまえば不快な意思だった。


『愛した者を失い、自分を責め、相手を責め、世界を憎め。それが正しい』


虚「ふざけるな」


しかし花は止まらない


『何故許す?何故受け入れる?何故…前を向く』


核が大きく脈打つ。


『苦しみ続けろ。失い続けろ。そうすれば私になれる』


その言葉を聞いた瞬間恋冬は理解した。この花は病気でも人外でもない


負の感情そのものだった


失ったものを永遠に抱えさせ、前へ進もうとする者を引きずり下ろす存在。


『返せ。返せ。返せ。私の養分を返せ』


その声には明確な怒りが宿っていた。

恋冬が自分を許し、碧春が自分を許そうとした事実……それが許せなかったのだ。


恋冬「…最低。碧春はずっと苦しかった。私だって苦しかった。なのに、それを餌にしてたの……?」


それが答えだったかのように花は答えない。虚の表情も険しくなり


虚「だから人外を生み続けたのか」


『そうだ。絶望は美しく悲しみは甘い。後悔は終わらない。だから増やし、だから集め、だから壊す』


空間全体が震えるその瞬間、無数の根が世界中へ伸びていく光景が見えた。

人外、病、絶望、その全てがこの花へ繋がっている。


『お前達は中枢、そして核になる。永遠に終わることなく苦しみ続ける』


根が二人をさらに引き込んでいく。花弁がゆっくりと閉じ始めた。


恋冬「っいや……!」


虚「くそ……!」


あと少しで完全に取り込まれる時花は最後の言葉を囁く


『安心しろ。お前達だけではない。あの者達も全員こちらへ来る』


遠く世界のどこかで過去最大の脈動がドクンッ__と響く


建物全体が激しく震え、花そのものがこの世界に存在する全ての人外を呼び寄せているかのように人外たちの気配が世界中で一斉に動き出す。


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