ほどける罪
遠くから確かに聞こえてくる声
恋冬「碧春!_碧春!!!」
何度も何度も必死に呼び続ける声だった。
虚も碧春もその声は聞こえていたが、聞こえないふりをしていただけだった。
拘束されたままの虚は静かに息を吐く。
虚「……恨んでなんかいねぇ」
碧春「そんな訳が」
即答だった。しかし虚は構わず言葉を続ける
虚「恋冬が恨んでたのは自分自身だ。そして、お前も自分自身を憎んでいる」
碧春「……それは」
虚「違うか?」
碧春は答えられない。答えられるはずがなかった。
恋冬を助けた日から、自分が死んだ日から今この瞬間に至るまで許せなかったのだ。
恋冬でも誰かでもない自分自身を。
虚「お互いはそんなこと思ってねぇのに、妙に否定的だよな」
碧春「っ、黙れ」
虚「恋冬は自分を責める。お前は自分を責める。お互い相手のことを大事に思ってるくせに、自分だけは許さない」
虚の言葉は嫌になるほど胸に刺さっていた。
虚がゆっくりと部屋を見渡す
床に転がる死んだ自分、部屋中に張り巡らされた根、脈打つ巨大な花。
……そして歪み切った世界。
虚「そのすれ違いが、ここを生み出したってのもあるんじゃねぇのか」
碧春は何も答えなかったが否定もしなかった。虚は静かに碧春を見つめて
虚「"夏百合 碧春"を許してやれ」
碧春「っ、馬鹿言うな、!」
掠れた声だった。
碧春「そんなこと、出来る訳ないだろ」
拳が震えている。
碧春「俺は恋冬を置いて死んだ。結果的に世界を壊した。誰も守れなかった。そんな奴を……どうやって許すんだよ」
虚「……それが、俺にとっても、恋冬にとっても救いになる」
碧春は言葉を失った。許すことは自分一人の問題ではない。
恋冬が抱え続けてきた罪悪感、虚が背負い続けてきた後悔、それら全て繋がっていた
だからこそ誰か一人だけが傷を抱え続けても意味はない。
恋冬が自分を許そうとしているなら、碧春もまた自分自身を許さなければならなかった
恋冬「碧春!!」
今度は先ほどよりも近い
恋冬「返事してよ!!」
震えて泣き出しそうなのに必死に呼び続ける声に碧春の肩が震えた。
恋冬「お願いだから!!」
その声を聞いているだけで苦しかった。
嬉しい、会いたい、怖い
……全部だった。
虚はそんな碧春を見つめて小さく笑う。
虚「ほらな」
碧春「……」
虚「来てるじゃねぇか」
恋冬「碧春!!」
虚「俺らを責めるためじゃない」
恋冬「返事して!!」
虚「会いに来たんだ」
碧春の瞳からぽたりと涙が零れ落ちる。
本人すら気付かないまま、一滴一滴と静かに床へ落ちていく。
そしてその涙が床に触れた瞬間、ドクンッと部屋全体が大きく脈打った。
壁に絡みついていた根が震え天井の花弁が揺れる。
この空間そのものが"碧春の自己否定"によって支えられていたかのように死骸から伸びていた蔦もゆっくりと力を失い始めていた。
やがて虚を拘束していた蔦は完全にほどけ落ち、虚はゆっくりと立ち上がる。
締め上げられていた箇所には鈍い痛みが残っていたが、それでも足を止めることはなかった。
静まり返った部屋の中を歩き碧春の前へと進む。
空間そのものが二人の答えを待っているように根も蔦ももう暴れてはいない。
虚は碧春の前で立ち止まったしばらくの沈黙の後、静かに口を開いた。
虚「……お前は俺を、碧春を許せるか?」
碧春は俯いたまま震える拳を見つめる。やがて小さく息を吐き、掠れた声で言った。
碧春「……二度と」
虚「……」
碧春「二度と、恋冬だけを置いていくんじゃねぇぞ」
責める声でも怒りでもない、長い後悔の果てに絞り出された願いに似た言葉だった。
虚は真っ直ぐに碧春を見つめ、静かに頷いた
虚「あぁ。約束する」
碧春は少しだけ笑った。
碧春「……恋冬との約束は破ったくせにな」
皮肉のようでいてどこか優しい声だった。
虚「その言葉は耳が痛い」
碧春「……許すよ。」
碧春の笑顔は恋冬に向けていた頃の碧春そのものだった
責任も後悔も抱えながらそれでも誰かを大切に想っている顔
虚もわずかに口元を緩めたその時、ふと気配を感じて振り返る。
そこには恋冬たちが崩れた通路を抜けていつの間にかこの部屋へ辿り着いていたのだ。
そして次には彼女は駆け出していた。
恋冬「碧春……!!」
虚は動けないままその姿を見つめる。
恋冬は迷うことなく飛び込み、そのまま虚へ強く抱きついた。
虚「…ぐっ!?」
恋冬「ばか……!本当に、ばか……!」
虚「……恋冬、」
恋冬「勝手に落ちて、また勝手に痛くして…ずっと怖かった……」
虚は一瞬言葉を失うが、ゆっくりと震える腕で恋冬を抱き返した
虚「……ごめん」
恋冬「謝んないで…置いていかないって、約束したんでしょ、?」
虚「あぁ。もう置いていかない」
そのやり取りを紗夜達は少し離れた場所から見つめていた。
添霧「これが青春」
紗夜「黙って」
ただ(1名除き)静かに見守っている
碧春は小さく笑った。苦しさも後悔も消えた訳ではない。
それでもほんの少しだけ胸が軽くなった気がした。
そしてその時、ドクンッと部屋の奥で巨大な花が再び脈打つ
だがそれは先ほどまでの物とは比べ物にならない、長い間この世界を縛り続けていた何かが解け始めているのを拒絶しているような気配だった




