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幽間世界  作者:
54/83

死んだ少年の感情

また長めです

花の中心が脈打ったその瞬間だった。虚の足元が突然崩れ、地面に大きな穴が開く。


添霧「虚!?」


恋冬「碧春!?」


昴琉「待ってください!」


しかし虚は振り返らなかった。まるで最初からこうなることを知っていたかのようにただ静かに花を見つめている。


そして小さく息を吐くと、


虚「行ってくる」


そう一言だけ残し自ら穴の中へ飛び込んだ。


恋冬は咄嗟に手を伸ばしたがその指先は届かない。


虚の姿はあっという間に闇へ飲み込まれていった。


恋冬「碧春!!」


叫びだけが虚しく空間へ響く。


その頃落下した虚が目を開くと、そこは見覚えのある場所だった。


薄暗い部屋の中には勉強机と本棚があり、散らかった教科書や壁に掛けられた制服が目に入る。


どれも忘れるはずのない光景だった。そこは、夏百合碧春の部屋だった。


虚は無言のまま周囲を見回しやがて視線を下へ向ける。


ドアの前には一人の少年がもたれかかるように座っていた。


……いや、座っているのではない。動かないで目も閉じている。頭には枯れ果てた花が咲いていた。


その姿はかつて能力を使って恋冬を救い、自室へ帰り、一人で命を落としたあの日の夏百合碧春そのものだった。


虚は何も言わずその姿を見つめ続ける。長い沈黙が流れた後、不意に背後から声が響いた


「…おい。」


聞き慣れた声、聞き慣れすぎている声だった。


虚「やっぱり、俺か」


振り返った先に立っていたのは夏百合碧春だった。


死ぬ前の姿。まだ笑えていた頃の姿。まだ未来があった頃の姿。


碧春は強い怒りを宿した瞳で虚を睨みつけていた。


碧春「なんでだ。」


虚「……」


碧春「なんで恋冬を残した。なんで世界を壊した。なんでこんな世界に閉じ込めた!!」


怒声と同時に部屋が大きく揺れ、壁に亀裂が走る。しかし虚は黙ったまま立ち尽くしていた。


碧春は拳を強く握り締め


碧春「俺はそんなつもりじゃなかった!恋冬を助けたかっただけだ!それなのに、何でこんな事になったんだよ!!」


虚は目を伏せる。碧春の怒りは止まらない。


碧春「恋冬はずっと苦しんでた、街も壊れてみんな消えた。それは俺が望んだ結果じゃない!」


虚「…待_」


碧春「お前は何だ!病気になって、世界を壊して、俺の代わりみたいな顔して生きてるだけじゃねぇか!!」


吐き捨てるような言葉に虚は静かに息を吐いた。


碧春「お前は俺のまま死んで、そのまま終わればよかった。病気にならず、世界を壊さず、そのまま死ねばよかったんだ」


その言葉に虚の瞳がわずかに揺れる。

沈黙が落ちた数秒の静寂の後、虚はようやく口を開いた。


虚「言わせてもらうが、俺が病気になってもならなくても、恋冬の感情は変わらなかったと思うぞ」


碧春「は?」


虚「お前も見ただろ。恋冬を」


碧春は黙ったまま視線を向ける


虚「仮に俺が死んで終わったとしても、恋冬は自分を責め続けていた。


碧春「黙」


虚「周囲から軽蔑されて、全部自分のせいだと思い込んで、誰もいなくなった世界で一人きりだったはずだ」


碧春「それが言い訳として機能すると思ってんのか?」


虚「いや」


即答だった


虚「言い訳のつもりはない。世界を壊したくて壊したわけじゃない。恋冬を苦しめたくて苦しめたわけでもない。お前と同じだ」


虚は自嘲するように笑った


虚「むしろ誰よりも理解してる」


碧春の表情が歪む


虚「だから逆に聞く。お前はどうしたら恋冬が幸せになったと思う?」


碧春「それは……」


言葉が続かない


虚「俺が死ぬ。世界も壊れない。恋冬は生き残る。で、その先は?」


碧春は答えられなかった。虚はさらに続けて


虚「恋冬は幸せになったか?笑えたか?誰かに出会えたか?紗夜達に会えたか?」


静寂が落ちる。碧春は何も言えなかった。

虚はゆっくりと目を細める。


虚「感情だけの八つ当たりも程々にしろ。怒るのは分かる。俺も怒ってるからな」


碧春「……」


虚「…自分自身にな」


部屋の空気が静まり返る。


死んだ碧春と生き残った虚。同じ存在でありながら、二人の間には決定的な違いがあった。


そして長い沈黙の末、碧春はぽつりと呟いた。


碧春「幸せになんか出来ねぇよな」


虚は何も返さなかった。その言葉には怒りも嘲りもなく、ただどうしようもない現実を受け入れた者だけが持つ重さがあった。


碧春はゆっくりと目を閉じる。


恋冬を助けたかった。幸せになってほしかった。笑っていてほしかった。


だが結果はどうだったのか。恋冬は長い時間を苦しみ続け、世界は壊れ、街は滅び、自分自身もまた死んだ。


しばらくして碧春は再び口を開く。


碧春「ただ、お前が生きているから世界が壊れたのは事実だ」


虚は黙ったまま見つめ返した。


碧春「否定できるか?」


否定はできなかった。病気そのものとなった存在、世界へ広がった災厄、人外化と崩壊。


その全ての中心にいたのは間違いなく自分だったからだ。


虚「……消すつもりか」


碧春「そうだ」


その瞬間床の奥底から鼓動のような音が響く。


瞬間、ドアの前にもたれかかっていた死骸から無数の蔦と根が噴き出した。


虚「っ!」


避ける暇はなかった。蔦は生き物のように這い回り、一瞬で虚の両腕へ絡みつく。


さらに足、胴体、首元へと巻き付き、逃げ道を塞ぐように締め上げていく。


根は床へ深く食い込み、そのまま虚の身体を強引に固定した。


その姿はまるで罪人を磔にするための拘束具だった。


碧春はそれを静かに見下ろしている。


虚「……待て」


碧春「待たない」


低い声と共に蔦はさらに増殖し、締め付ける力を強めた。


軋む音が部屋に響き虚は歯を食いしばる。碧春の瞳に宿るのは単純な怒りではなかった。


悲しみでも諦めとも違う、それは全てを断ち切ろうとする者の目だった。


碧春「俺は恋冬を救えなかった。世界も守れなかった」


虚は何も言わない


碧春「ならせめて、これ以上壊させない」


碧春がゆっくりと拳を握るとそれに呼応するように部屋全体が脈打った。


壁から、床から、天井から、無数の根が現れる。それらはまるで巨大な花の血管のように空間を埋め尽くしていった。


碧春「人一人救えねぇなら__消えろ」


静かで冷たい声


しかしその言葉は、虚へ向けられたものというより、自分自身へ言い聞かせる決別の宣告にも聞こえた。


瞬間、無数の根が一斉に虚へ襲いかかる。


轟音と共に床が砕け壁が吹き飛ぶ。押し寄せる蔦と根は虚を飲み込もうと殺到した。


それでも虚は動かなかった。


避けることも抵抗することもせず、ただ真っ直ぐに碧春を見つめ続ける。


碧春「……何で抵抗しない」


虚「抵抗したところで、お前は納得しないだろ」


その言葉に根の動きがわずかに止まった。ほんの一瞬だけ碧春の表情が揺らぐ。


拘束されたまま虚は小さく笑う


虚「それにな。俺もずっと思ってたんだ」


虚は一度目を伏せてそれから静かに続けた。


虚「消えた方がいいのかもしれないって」


その言葉に碧春の瞳がわずかに見開かれる


虚「世界を壊した。恋冬を苦しめた。たくさんの奴らを巻き込んだ。全部事実だ」


部屋中の根がざわめき空間そのものが不安定に揺れ始める。それでも虚の声は止まらなかった。


虚「けどな」


ゆっくりと顔を上げた虚の瞳にはもう迷いはなかった。


虚「それを決めるのは、お前じゃない」


碧春「……何?」


虚「俺でもない」


静かな声だったが確かな強さがある


虚「恋冬だ」


その名前が告げられた瞬間部屋の空気が変わる。


ざわめいていた根が一斉に震えて巨大な花の奥底から何かが反応する気配が広がった。


そして、どこからともなく少女の声が聞こえた気がした。


『__碧春』


その声を耳にした瞬間碧春の表情が初めて大きく揺らぐ。


怒りでも悲しみでもない、忘れられるはずのなかった声が確かにそこにあった


しかし碧春はその声から逃げるように首を横に振る


碧春「……恋冬に会わせる資格は無い」


虚は何も言わなかった。


碧春「俺にも」


静かな声だったがその声はわずかに震えている。碧春は拳を強く握り締めた。


視線の先にいるのは虚、自分の成れの果てであり、自分が救えなかった結果であり、自分が残してしまった全てだった。


碧春「お前にもだ」


その言葉と同時に拘束していた蔦が一斉に締め上げられる。


ギチッ_と嫌な音が部屋に響いた。


虚「っ……!」


腕、脚、肋骨。全身へ凄まじい圧力が加わる。もはや蔦ではなく万力だった。


骨ごと砕く勢いで締め付けられ、床は陥没するほど虚の膝が沈み込む。


虚は歯を食いしばりながらその苦痛に耐える


碧春「何が恋冬だ」


さらに蔦が食い込み軋む音が響く。虚の表情がわずかに歪んだ。


碧春「俺は死んだ。お前は世界を壊した。恋冬は苦しんだ」


言葉を重ねるたびに部屋全体が揺れる。


壁からは無数の根が伸びて床は蔦に埋め尽くされ、天井からは枯れた花弁が垂れ下がっていた。


まるで巨大な花そのものが碧春の感情に呼応しているかのようだった。


碧春「なら終わりだろ」


虚は黙ったまま聞いている


碧春「会う資格なんか無い」


虚「……資格、か」


碧春「あるか?」


問いかけに対し虚はすぐには答えなかった。蔦はなおも締め付けを強める。


鈍い音が響き、虚の口から苦しげな息が漏れたが虚は目を逸らさない。


真っ直ぐに碧春を見つめていた。碧春はその視線が気に入らなかった。


まるで自分自身の心の奥まで見透かされているようだったからだ。


碧春「何だよ」


虚「お前さ」


碧春「……」


虚「会いたいんだろ」


碧春の表情が固まる。拘束されたままの虚は苦しそうに息を吐き、それでも小さく笑った。


虚「会いたくない奴が、そんな顔するかよ」


碧春「……黙れ」


蔦がさらに締め上がる。だが虚は止まらなかった。


虚「恋冬に会いたいんだろ」


碧春「黙れ」


虚「謝りたいんだろ」


碧春「黙れ!!」


轟音と共に部屋が激しく揺れた。


壁が砕け窓ガラスが吹き飛び、死骸から伸びる根が狂ったように暴れ回る。


怒りではなく恐怖で碧春の身体は震えていた。


碧春「俺は……」


掠れた声が漏れる


碧春「俺はあいつを置いて死んだんだ」


虚は何も言わずその言葉を受け止める。


碧春「助けたかった。幸せにしたかった。笑ってほしかった」


拳が震える。


碧春「なのに…結局一人にした」


静寂が落ちた。碧春は目を伏せる。


碧春「そんな俺が、今さら何を言うんだ」


碧春は唇を強く噛み締めた


碧春「会ったら…また泣かせるだけだ」


その言葉に込められていたのは怒りではなく後悔だ


何年も抱え続けてきた


誰にも向けられず、自分自身を責め続けるためだけに残った痛みだった。


しばらくの沈黙の後拘束されたままの虚が小さく息を吐く。


虚「馬鹿だな」


碧春「……あ?」


虚は少しだけ笑った。その笑い方はかつての碧春自身によく似ていた。


虚「恋冬がそんな理由で会いたくなくなると思ってんのか」


碧春の瞳が揺れるその時、ドアの向こうから小さな音が響いた。


碧春くんと虚……なんかとっても2人のクソデカ感情が膨らんでしまった、

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