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幽間世界  作者:
47/83

「初めて思えた」

街の外れの崩れかけた建物の影で恋冬は静かに立ち尽くしていた。


紗夜は何も言わずその隣に立つ。添霧は少し後ろで周囲を警戒しながら浮かび、昴琉は恋冬から一歩離れた場所でどう声をかけるべきか迷っていた。


重たい沈黙を破ったのは紳漓


紳漓「なぁ」


その声に恋冬は小さく肩を震わせる。紳漓はしゃがみ込み恋冬と目線を合わせた。


紳漓「無理にとは言わへん。けどな、この街はもう人が住む場所ちゃうやろ」


恋冬は俯いたまま黙り込む。代わりに紫暖が静かに言葉を続けた。


紫暖「あなたが今まで無事だったのは奇跡みたいなものよ。でも、ここで一人で暮らし続けるのは危険だわ」


恋冬は小さく頷いた。


恋冬「危ない…ですよね」


その声は弱々しかったが現実を受け止めようとしていることが伝わってきた。朧偈も一歩前に出る。


朧偈「恋冬殿。拙者たちは怪しく見えるでござろう?」


恋冬は少し困ったように笑った。


恋冬「ちょっとだけ……」


朧偈「正直でよろしい!」


そのやり取りに場の空気が少しだけ和らぐ。するとそれまで黙っていた紗夜が口を開いた。


紗夜「でも」


全員の視線が集まる。紗夜は恋冬を見つめたまま淡々と話し始めた。


紗夜「私は家に居場所がなかった」


恋冬が顔を上げる。


紗夜「それでも、連れて行ってくれる人がいた。それだけで助かった」


飾らない言葉だけれど、その一言は恋冬の心に確かに届いた。


添霧も明るく手を挙げる。


添霧「僕も賛成!夜刀神家はご飯おいしいし、安全だし、ちょっとうるさい!」


紳漓「最後いらんやろ!」


添霧「事実だもん!」


紫暖は苦笑しながら恋冬の前へ進む。そして、そっとその手を取った。


紫暖「家族になれとは言わないわ」


恋冬の指先がわずかに震える。


紫暖「でも、居場所としてならどうかしら?しばらく私たちと一緒にいましょう」


恋冬は繋がれた手を見つめた。しばらく沈黙が続いた後震える声で口を開く。


恋冬「私…誰かと一緒に暮らすの、少し怖いです」


紫暖は迷わず頷いた。


紫暖「ええ。それでいいのよ」


恋冬「迷惑をかけるかもしれないです、」


その言葉に昴琉が慌てたように前へ出た。


昴琉「そ、そんなことありません!」


勢いよく言ったあと、自分でも少し照れたように咳払いをする。


昴琉「…こ、困ったことがあれば言ってください。ちゃんと対応しますから」


朧偈「拙者も守るでござる!」


紳漓「俺もや!」


紫暖「あなたは少し抑えて」


紳漓「なんでや!?」


そのやり取りを見ていた恋冬は思わず吹き出した。


恋冬「おかしな家族……?」


紗夜は即答する。


紗夜「うん」


添霧も元気よく頷いた。


添霧「変だね!」


紳漓「否定する奴おらんのか!?」


恋冬はまた小さく笑う。その笑顔は出会った頃よりずっと柔らかかった。


恋冬「でも」


恋冬は少し照れたように視線を落としながら


恋冬「あったかそう」


その一言だけで十分だった。紫暖は何も言わずそっと恋冬を抱きしめる。


恋冬「…っ、!」


恋冬は一瞬だけ目を見開いたけれど、もう逃げなかった。

紫暖は優しく背中を撫でながら囁く。


紫暖「大丈夫」


恋冬の肩から少しずつ力が抜けていく。


紫暖「あなたは、もう独りじゃないわ」


その言葉を聞いた瞬間、恋冬の目から涙が静かにこぼれ落ちた。


誰にも見つからないまま生きてきた少女は、その日初めて


自分にも居場所ができるかもしれないと…そう思えた。



そしてその日、一行が辿り着いたのは街の外れに残されていた古い建物だった。


崩れきってはいないが人の気配はまるでない。かつて宿だったのか、それとも集合住宅だったのかも分からないほど荒れている。


建物を見上げながら紫暖が小さく頷いた。


紫暖「ここなら今日は安全そうね」


紳漓「屋根ある、壁ある、完璧や(?)」


昴琉「基準が低すぎません?」


朧偈「野営よりは上でござる!」


恋冬は入口の前で足を止めていた。


恋冬「…ここで寝るんですか?」


紫暖「ええ。怖い?」


恋冬は少しだけ周囲を見回し正直に


恋冬「…ちょっとだけ」


添霧は明るく笑う。


添霧「大丈夫だよ!幽霊的にも問題なし!」


紗夜「保証になってない」


紫暖は建物の中へ入り軽く能力を使う


床に積もっていた埃が風にさらわれ割れた窓の隙間も簡易的に塞がれていく。


紫暖「完璧ではないけれど、これで少しは過ごしやすくなるわ」


恋冬は目を丸くした。


恋冬「……すごい」


昴琉「母さん能力使っていいの?…」


紫暖「いいのいいの(適当)」


食事は紳漓の能力による盛大な誤爆の産物だった。

炊き込みご飯に保存食、温め直したスープまで並んでいる。


恋冬は最初、なかなか手を伸ばせなかった。それに気づいた昴琉が声をかける。


昴琉「口に合いませんでしたか?」


恋冬「ち、違うの!」


慌てて首を振った後、少し恥ずかしそうに俯く。


恋冬「……誰かと一緒に食べるの、久しぶりで」


その言葉に場が静かになった。すると紗夜が隣から


紗夜「慣れなくていい」


恋冬「え?」


紗夜「最初はそうなるから」


それだけ言って自分の食事を続ける。

恋冬はしばらく紗夜を見つめ、それからゆっくりとスプーンを手に取った。


夜は建物の中を簡易的に区切りそれぞれが休む準備をして、添霧は見張り役として外を警戒している。


恋冬は布を敷いた場所で膝を抱えて座っていた。その隣に紗夜が静かに腰を下ろす。


しばらく無言の時間が流れたあと


恋冬「……眠れないの?」


紗夜「別に」


恋冬は小さく笑う。


恋冬「私も」


再び沈黙。やがて恋冬はためらいながら言葉を続けた。


恋冬「さっき…考えてたの」


紗夜は黙って耳を傾ける。


恋冬「私、ここに来てよかったのかなって」


紗夜は少し考えてから答えた。


紗夜「いいんじゃない」


恋冬「そんな簡単に?」


紗夜「簡単じゃない」


即答だった。紗夜は天井を見上げたまま


紗夜「でも、考えても答えは出ないから」


恋冬は黙って聞いていた。


紗夜「私は昔、考えすぎて動けなかった」


恋冬「……どうして?」


紗夜は少しだけ目を細める。


紗夜「家を出る前の話」


短い言葉だったが、それだけで十分


紗夜「その時、添霧が手を伸ばしてくれた。だから今ここにいる」


恋冬は指先をぎゅっと握り締めた。


恋冬「…私ね、また誰かを失うのが怖い」


紗夜は否定しなかった。


紗夜「うん」


恋冬「でも、独りでいる方がもっと怖い」


紗夜は少しだけ頷いた。


紗夜「そうだね」


その返事に恋冬は少しだけ安心したようだった。

しばらくして恋冬が尋ねる。


恋冬「紗夜ちゃんは、ここにいたい?」


紗夜は少し考えたあと正直に口を開く。


紗夜「まだ分からない」


恋冬「そっか、」


紗夜「でも」


恋冬が顔を上げる。


紗夜「今は、ここでいいと思ってる」


その言葉に恋冬の目が少し潤んだ。


恋冬「…私も」


紗夜は小さく頷く。


紗夜「一緒だね」


恋冬「うん」


その返事はどこか安心したような声だった。

やがて紗夜と恋冬は自然と隣同士で横になっていた。


最初は少し距離があったものの、夜風が隙間から入り込み恋冬が無意識に身を縮めた瞬間


それに気づいた紗夜が何気ない動作で少しだけ距離を詰める。

恋冬はそっと顔を上げた。


恋冬「……寒い?」


紗夜「そっちこそ」


恋冬は小さく笑う。


恋冬「ちょっとだけ」


紗夜は何も言わなかった代わりにもう少しだけ近づく

肩が触れる距離の温もりに安心したのか、恋冬は紗夜の袖をきゅっと掴んだ。


恋冬「……こうしててもいい?」


紗夜「別に」


あっさりした返事だったけれど拒否はしない。

恋冬は安心したように体を寄せそのまま目を閉じた。


気づけば二人はぴったりと寄り添う形になっていた。

紗夜も離れようとしないまま静かに目を閉じる。


少し離れた場所では、見張り役の添霧がその様子をじっと見つめていた。


添霧「……くっついてる」


隣に座っていた昴琉も視線を向ける。


昴琉「そうですね」


添霧は複雑そうな顔をした。


添霧「僕のさなが……」


紗夜「紗夜」


即座に飛んできた訂正。


添霧「さな……」


昴琉「ちゃんと訂正されてますよ」


添霧は肩を落とした。


添霧「嫉妬してる……」


昴琉「え?」


添霧「幽霊なのに嫉妬してる……」


昴琉「それはなかなか重症ですね」


添霧はふわりと浮き上がり、二人の方へ向かおうとする。

しかし昴琉がそっと阻止


添霧「なんで!?」


昴琉「今あそこへ割り込むのは危険です」


添霧「危険?」


恋冬はすでに眠っており、紗夜も半分夢の中で穏やかな寝息が聞こえてくる。


昴琉「世界が許しません」(?)


添霧「ぐぬぬ……」


納得はしていないが反論もできない。

しばらく静かな時間が流れたその中で昴琉がぽつりと呟く。


昴琉「……少し羨ましいですね」


添霧「え?」


昴琉「誰かにああやって頼られるの」


添霧は意外そうに目を瞬かせた。


添霧「昴琉でもそう思うんだ」


昴琉「俺だって感情ありますから」


添霧は少し考え込んだあと明るく笑った。


添霧「じゃあ僕と一緒に見守ろう!」


昴琉「それ、慰めになってます?」


添霧「なってる!」


昴琉「あなたが満足してるだけでは……」


その時恋冬が小さく寝言を漏らす。


恋冬「紗夜ちゃん…あったかい……」


半分眠ったままの紗夜が反応した。


紗夜「…動かないで」


恋冬「…うん……」


そう言ってさらに体を寄せた結果、さっきよりも密着した。


添霧「……」


昴琉「……」


二人は同時にため息をつく。


添霧「僕もあったかくなりたい」


昴琉「今日は我慢しましょう」


添霧「明日は?」


昴琉は少し考えた後真面目な顔で答えた。


昴琉「相談ですね」


添霧「希望はあるんだ!」


昴琉「保証はしません」


崩れかけた建物の中、まだ不安は残っているし明日どうなるかも分からない。

それでも今だけは誰も独りではなかった。


寄り添う二人の小さな安心と、それを見守る二人の少しだけ複雑な気持ち。

そんな穏やかな夜が静かに更けていった。


ここ辺りからは連続バカネタ!とかはないのです

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