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幽間世界  作者:
39/83

遠くの家族


同じ頃、世界の街外れで紳漓たちは探索を続けていた。


崩れた建物の影を進んでいた紫暖がふいに足を止める。


紫暖「……ねぇ」


その声に紳漓と朧偈も立ち止まった。紫暖は遠くを見つめたまま小さく呟く。


紫暖「今ちょっと…嫌な感じがした」


朧偈「拙者もでござる!」


朧偈は地面へ片膝をつき土に触れる。


朧偈「瘴気とも違う…だが近い気配……」


紳漓は何も言わなかった。ただ静かに周囲を見渡し、その眉間には皺が刻まれている。


紫暖「……紗夜ちゃん達の方角よね」


その言葉に紳漓の視線が遠く一点へ向けられた。


紳漓「…ああ」


短い返事。朧偈が立ち上がり真剣な表情で問いかける。


朧偈「父上!急ぎ行くか!」


紳漓はすぐには答えなかった。

一瞬だけ迷いが浮かび、そしてゆっくり首を振る。


紳漓「…いや」


紫暖「え?」


紳漓は少しだけ目を伏せる。


紳漓「…あいつらにはもう、任せられる」


紫暖は少し驚いた顔を見せたあと柔らかく微笑んで


紫暖「成長したわね、あなた」


紳漓「茶化すな」


いつもみたいに返したつもりだが照れが混じっているようにみえた


しかし朧偈は真面目ぽいまま言葉を続ける


朧偈「しかし!相手が強者であれば、紗夜殿が無傷で済むとは限らぬでござる」


紫暖「だからこそよ」


朧偈「にん?」


紫暖「今は、介入できない距離にいるもの」


紳漓「……?」


紫暖の瞳はまるで遠くの未来を見ているようだった


紫暖「向こうが選ぶ場面ね。斬るか守るか…それとも抱えるか」


紳漓は何も言えなかった。


その言葉が何を意味しているのか、理解できてしまったからだ。


紫暖はさらに続ける。


紫暖「…それに、紗夜ちゃんの近くに他の子の気配がある」


朧偈「ひと?」


紫暖「ええ、とても弱く見える子」


紳漓の拳が強く握られた。


紳漓「だから、人外が引き寄せられた?」


紫暖「可能性は高いわね」


遠くで風が唸り、崩れた建物の隙間を吹き抜けていった。


やがて朧偈が静かに口を開く。


朧偈「父上!」


紳漓「なんや」


朧偈「もし向こうで、敵ではなくなった存在が現れたら…どうなさいますか」


数秒の間を置いて紳漓はゆっくりと答える


紳漓「…俺は」


視線を闇の向こうのその先には見えないはずの紗夜たちがいる。


紳漓「紗夜が選んだ答えを守るだけや」


紫暖はその言葉を聞いて


紫暖「あらま、ずいぶん父親ね」


紳漓「……」


返事はないけど…少しばかり照れてる


そしてその時、びりっと空気が震えた。


朧偈「にんっ!?」


紳漓「…戦闘準備しとこか」


紫暖「ええ」


朧偈「心得たでござる」


三人は再び歩き出した。まだ合流はできないし、まだ答えも見えていない。


それでも確かに遠く離れた場所で、紗夜たちが何かを変えたことを感じた


そして彼ら自身もまた、物語の中心へと少しずつ近づいている




しばらくして、歪んだ世界の一角にある比較的安全な空き地で三人は一度足を止めていた。


朧偈が軽く手を振る


朧偈「火炎の術!」


ぱちぱちと焚き火代わりの炎が静かに揺れた


その光の前で紳漓はずっと腕を組んだまま動かない。


紳漓「………………」


眉間には深い皺が刻まれ、明らかに考えすぎているやつの顔だった。


紫暖はその横顔をじっと見てため息をひとつつく。


紫暖「…ねぇ」


紳漓「…………」


紫暖「ちょっと、あなた」


紳漓「………………」


紫暖「無視しないで」


紳漓「…ん?」


ようやく反応した。


紫暖「さっきからずっと難しい顔してるけど」


紳漓は少し間を置いてから答える。


紳漓「い、いや……昴大丈夫かなぁって」


紫暖「はい?」


朧偈「…父上」


朧偈は小さくため息をついた。


朧偈「兄上はもう思春期も通り過ぎた年齢でござるし、魔術も使えるでござろう!」


紳漓「それはそうやけど!!」


即答だった。


紳漓「親の心配と本人の戦闘力は別枠や!!」


紫暖「別枠理論出た」


紳漓「いや聞いて!?昴はな!こう、変に真面目でな!」


紫暖「知ってるわよ」(母親)


紳漓「無理せんでもええ場面で無理するタイプや!」


朧偈「…それ、父上の血では?」(息子の意見)


紳漓「」


紫暖「……」


紳漓「…せ、せやけども」


紫暖「否定できないわね」


紳漓「くっ……!」


胸を押さえる。


紳漓「朧偈、お前は分かっとるやろ!あいつ昔から、怪我しても平気ですって言うタイプやったやろ!」


朧偈「はい!転んで膝が血まみれでも、『別に痛くないです』と言っておられた!」


紳漓「ほらぁなぁ!!?」


紫暖「あなたも同じこと言ってたけどね」(妻)


紳漓「遺伝すな!!!」


紫暖「無理よ」


朧偈「無理でござるな」


紳漓「ふたりしてツッコむな!!?」


紳漓、その場うろうろ


紳漓「今頃どうしてるんや…ちゃんと休んどるやろか…飯、食えてるんやろか……」


紫暖「添霧くんと一緒でしょ?」


紳漓「幽霊やん!!!」


紫暖「幽霊差別はやめなさい(?)」


紳漓「いっや差別ちゃう!栄養管理的な話や!」


朧偈「…父上」


朧偈は少し困ったように言う。


朧偈「兄上はもう立派な男でござるよ」


紳漓「…せやな」


紫暖「……」


紳漓「分かっとる、分かっとるけどな……」


紫暖「なによ?」


紳漓「…会えてへんだけで、こんなに心配になるとは思わんかった」


紫暖はそっとその背中を軽く叩いた。


紫暖「ふふっ、それが父親ってものよ」


朧偈「…父上」


朧偈は少しだけ笑って続ける。


朧偈「兄上がこの姿を見たら、きっとこう言うでござる」


紳漓「……なんや」


朧偈(真似)「『父さん、落ち着いてください』」


紳漓「っあ"ーーーー!!!言いそう!!!」


紫暖「完璧な再現だったわね」


紳漓「なんであいつの言い方まで再現できるんや!!」


朧偈「双子でござるから」


紳漓「便利な言葉使うな!!」


その直後紫暖がふと視線を上げた。


紫暖「…あ」


紳漓「今度は何や!?」


紫暖「…あなた、昴のこと心配しすぎて兵士出しっぱなしよ」


紳漓「え?」


振り返るとそこには、無駄に整列の整った騎兵・歩兵・弓兵が静かに待機していた。


朧偈「…父上が兄上への心配で、無意識に能力を展開しておられる」


紳漓「………………」


長い沈黙


紳漓「あかんやん」


紫暖「大丈夫よ、そのうちちゃんと再会できるわ」


紳漓は少しだけ肩の力を抜く。


紳漓「…その時は」


紫暖「?」


紳漓「…昴、ぎゅーってしたる」


紫暖「嫌がられるわよ」


朧偈「全力で逃げるでござるな」


紳漓「なんでそんな冷静なんや!!」


焚き火の音だけが、ぱちぱちと静かに響く。


歪んだ世界の中で、夜刀神家は今日も変わらず…

いや、むしろいつも以上ににぎやかだった。

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