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幽間世界  作者:
36/83

ひとりじゃない

墓地に沈黙が戻る。恋冬の足から力が抜け、その場に崩れそうになる。


紗夜は何も言わなかった。ただ静かに恋冬の前へ立つ。


昴琉は拳を握り締め、添霧は周囲を警戒するように視線を巡らせた。


もう分かっていた。この世界で起きる出来事は偶然ではない。



しばらくして、紗夜たちが墓地を離れて恋冬の街へ向かおうとした時だった。


恋冬が慌てたように声を上げる。


恋冬「待って……!私の街、もう病気が蔓延してて……私は大丈夫だけど、危険だから……」


その言葉に空気が一瞬だけ静まり返る。

紗夜は何も言わなかった。


「行きたい」とも、「やめよう」とも言わない。

ただ静かに恋冬を見つめる。


けれど、その瞳はすでに答えを出していた。

昴琉は腕を組み落ち着いた声で問いかける。


昴琉「…危険、というのはどの程度でしょうか」


敬語のままの口調だったがその声は低い。


状況を冷静に判断しようとしているのが分かる。


しかし最初から反対するつもりもないようだった。


恋冬は少し俯きながら答える。


恋冬「人じゃないものがいっぱい、倒れた人は戻らない……」


その言葉の重さに誰もすぐには返事をしなかった。


短い沈黙……それを破ったのは添霧だった。

添霧は突然、自分の頭に手を伸ばす。


そして何気ない動作で天冠を外した。


次の瞬間、恋冬の目が大きく見開かれる。


恋冬「わー!?だ、誰!?」


今まで存在していなかったはずの少年が当たり前のようにそこへ立っていた。


添霧は満面の笑みを浮かべる。


添霧「やっと見えるね!僕は添霧!」


恋冬「え、え……?今までいなかったよね……?」


添霧「うんずっといたけどね!」


あまりにも軽い返答だったが、その明るさのまま一歩前へ出る。


添霧「任せて!僕能力持ちだから」


そう言うと、表情を少しだけ引き締めた。


添霧「《免疫》!」


言葉が発せられた瞬間、空気が静かに変わる。

何かが身体の奥へ流れ込み、固定されたような感覚。


紗夜は無意識に胸元へ手を当てた。昴琉もわずかに目を見開く。


昴琉「……これは」


すぐに理解したように周囲を見渡した。


昴琉「感染の経路が遮断されています?」


添霧「そー!ごめいとう!」


嬉しそうに頷く。


添霧「細菌も、呪いも、病気も!最低限弾く状態にした!」


恋冬は呆然としたまま呟いた。


恋冬「…す、すごい……」


添霧は得意げに胸を張る。


添霧「それにね」


にっと笑い、自分を親指で指した。


添霧「僕は幽霊だからそもそも感染しない!」


恋冬「ゆ、幽霊…!?」


添霧「正確には既に死んでる側かな!」


あまりにも自然に言われて、恋冬は完全に言葉を失った。


けれどその顔に浮かんでいたのは恐怖ではない。

ほんの少しだけ希望に近い表情だった。

そんな中、紗夜が静かに口を開く。


紗夜「それでも、危ないんでしょ」


恋冬は小さく頷いた。


恋冬「…うん」


紗夜「じゃあ…行かなきゃ」


恋冬「え……?」


予想外の返答だったのか恋冬は目を見開く。

紗夜は真っ直ぐに恋冬を見つめた。


紗夜「ここに残したらまた一人になる」


その言葉に恋冬の胸がぎゅっと締め付けられる。


一人……その言葉の意味を恋冬は誰より知っていたから


昴琉も静かに前へ出る。


昴琉「……俺も同行します」


一拍置いてからはっきりと言った。


昴琉「守る役が必要ですから。紗夜さんと恋冬さん両方」


恋冬は思わず顔を上げる。誰かが自分を守ると言った。


それがどれほど久しぶりのことなのかもう思い出せないほどに。


添霧は両手を上げて笑った。


添霧「よーし!じゃあ決まり!病気の街だろうが、人外だらけだろうが、行ってみよう!」


不安は消えていない。危険だって分かっている。


それでも、今の恋冬は一人ではなかった。


四人は墓地を後にし病に蝕まれた街へと歩き出す。


その先に待つものが何であれ、もう恋冬だけを置いていく者はいなかった。

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