止まっていた時間を
恋冬は、最後の言葉を絞り出すように俯いた。
恋冬「…それで今は、ずっとここで暮らしてるんだよね……」
それきり言葉は途切れた。泣き声も嗚咽もない。ただぽろぽろと涙だけが静かに落ちていく。
紗夜はその隣で黙って見ていた。何かを言おうとして、喉の奥で止める。
今言葉を落としたら、この子はきっと崩れてしまう。
だから何も言わないでただそこにいる。
その沈黙を破ったのは、砂利を踏む足音だった。
二人分の足音が、静かな墓地へ近づいてくる。
昴琉「…紗夜さん」
少し息を切らした声。振り向けばそこには昴琉が立っていた。
昴琉「近くには居ると思って…探しましたよ」
その後ろで添霧がふわりと足を止める。
添霧「…あ、あれ?さな、誰か……」
恋冬はゆっくり顔を上げた。紗夜の隣に立つ昴琉の姿は見える。
けれどその少し後ろで首を傾げている添霧の姿にはまるで気づいていない。
恋冬「……?」
不思議そうに視線を泳がせる恋冬を見て、昴琉は状況を察したように声を落とした。
昴琉「…初めまして。僕は夜刀神昴琉といいます」
丁寧に頭を下げる。
昴琉「紗夜さんと、その…ご一緒している者です」
恋冬は少し戸惑いながらも、小さく頭を下げ返した。
恋冬「……稲垣恋冬、です」
その様子を見ていた添霧は目を丸くした。
添霧「え、えっ!?見えてない!?僕いない扱い!?」
慌てて紗夜の方を見る。
添霧「さな、これ…もしかして…」
紗夜「……うん」
短い返事。
紗夜「この子には添霧が見えない」
添霧「そ、そっか……」
一瞬だけ肩を落としたものの、すぐに気を取り直す。
添霧「…でも、さな大丈夫そう?」
その言葉に、昴琉は恋冬へ視線を向けた。
恋冬は紗夜の袖を掴んだまま、まだ離していなかった。
ようやく見つけた温もりを手放したくないかのようで、紗夜も離さなかった
昴琉は一瞬だけ目を伏せる。
昴琉「…お話の途中でしたか」
紗夜「うん」
紗夜はそう答えてから、恋冬を見た。
紗夜「…無理しなくていい」
それだけだった。慰めの言葉でも励ましの言葉でもない、ただの紗夜なりの優しさ。
恋冬は驚いたように目を瞬かせた。
そして次の瞬間、また泣きそうな顔で小さく笑う。
恋冬「……ありがとう」
その一言がようやく声になった。昴琉はそれ以上踏み込まなかった。
添霧も空気を読んだのか珍しく静かにそこへ立っている。
墓地の中で四人…見える者と、見えない者。
過去を抱えた者とこれから背負う者。
静かな風が吹き抜け、供えられた花を優しく揺らした。
そしてこの出会いが長い間止まっていた時間を、ほんの少しだけ動かし始めていた。
……そんな時だった。墓地を吹き抜ける風の中、不意に冷たい声が空気を切り裂いた。
「バカみたい。くだらない事で泣くなよ」
その一言で場の空気が一段階冷えたような気がした。
紗夜ははっと顔を上げ、昴琉も反射的に声のした方を見る。
添霧の背筋には、ぞわりと嫌な感覚が走った。
視線の先碧春の墓石の上に、一人の少年が立っていた。
影のように細い身体。淡い色の髪。生気を感じさせない瞳。
紗夜達と同じように見える曖昧な背丈
よまえ うつろ
――撚舞咲 虚。
恋冬の身体が強張る。
恋冬「……あ……」
声になる前に息だけが漏れた。無意識のうちに紗夜の袖を強く掴む。
虚はそんな恋冬を見下ろしながら、つまらなそうに続けた。
虚「死んだのはそいつだろ。助かったのはお前だ。だったら泣く理由なんてないじゃん」
昴琉が一歩前に出る。
昴琉「……墓の上から退いてください」
丁寧な言葉だったが、その声には明確な警戒が滲んでいた。
昴琉「それ以上の侮辱は――」
虚「侮辱?」
虚は小さく首を傾げると、薄く笑った。
虚「事実を言ってるだけだけど。病気は誰かを助けて、誰かを殺す。それだけの話だろ?」
添霧は歯を食いしばる。
添霧「……お前、何なんだよ」
その問いに、虚は初めて興味を持ったように目を細めた。
虚「僕?」
その瞬間空気が微かに歪んだ。
目には見えない何かが地面を這うような不快な感覚。
虚「僕はね、病気そのもの」
まるで世間話でもするような軽い口調だった。
虚「感染して、増えて、奪って、残る。昔はひとだったけど、今は違う。俺は、そういう存在」
恋冬の呼吸が乱れる。
恋冬「…ち、が……う……」
震える声。虚は恋冬を観察するように見つめた。
虚「君、治ったよね」
恋冬の肩が大きく震えた。
虚「花も病気も全部消えて生きてる。代わりに誰かが死んだけど」
その瞬間。
紗夜「それ以上、言わないで」
低く静かな声だった。全員の視線が紗夜へ向く。
紗夜は墓の前に立ったまま動かない。表情はいつも通り淡々としている。
だがその瞳にははっきりと怒りが宿っていた。
紗夜「それは、この子の話。そっちが踏み込む場所じゃない」
虚は一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐに楽しそうに笑った。
虚「へえ…人間が言うんだ」
墓石の上から軽く飛び降りる。
虚「面白いね。君も彼女もよく似てる」
紗夜「……何が」
虚「失った側の顔だわ」
そう言って、虚は恋冬へ視線を向ける。
虚「君がここにいる理由も、この世界がこうなった理由も…全部、病気のせいだと思う?」
恋冬は唇を噛み締めた。しばらくの沈黙の後小さな声が零れる。
恋冬「…違う……」
それは弱々しくも確かな否定だった。虚は肩をすくめる。
虚「まあいいや。今は様子見」
一歩、後ろへ下がる。
虚「でも覚えておいて。誰かを救った代償は必ず回ってくる」
最後に、その視線が██を見て
虚「次は…君の番かもね」
風が吹いた次の瞬間、虚の姿は霧が散るように消えていた。




