稲垣恋冬の過去③ 2人の約束
【2人の日々】
そんな平穏で2人きりの時間を過ごしているうちに、いつの間にか恋冬の頭には蕾があった。
そして唐突に言われた
恋冬『私、再入院しなきゃならなくなって、学校に来れなくなっちゃうの』
碧春はショックだったがすぐに
碧春「病院の場所、教えてくれないか?会いに行く。」
そう言われた恋冬は嬉しく、病院の場所をメモし渡した。そして恋冬からも
恋冬『…よ、良ければ…碧春のお家聞きたいな、治ったら行きたい』
碧春は喜んで許可しメモした紙を渡した。翌日に恋冬は入院し、教室にはいなかった。
だが放課後に貰ったメモ通りの病院に行き、恋冬の居る病室までたどり着いた
驚きつつも恋冬は喜び、そこでまた楽しく話すことができた。
学校と何ら変わらずに他愛もない会話で2人きりの幸せな空間。
でも長く続くものでもない。恋冬の頭の蕾は咲いてしまい、そこから病状が悪化してしまう事も多くなってしまった
満開になった途端、感染力の強さが急激に増した
担当だった看護師が倒れてしまい、その際は何とか碧春が助けたにしても、恋冬は隔離されたような別の個室で過ごすこととなってしまう
点滴に繋がないとまず死んでしまう。
それでも病院側は必死に助けようと、そして恋冬も懸命に生きようと努力していた
碧春は毎日病院に通った
勿論調子のいい日は病気の症状がほぼ無く、その際は人の居ないところを少しだけ歩いたりとしていた。
恋冬『でも、やっぱり…』
恋冬は段々と自分が嫌いになり、自己嫌悪が強まってしまう
生きてるだけで迷惑がかかる上、少しでも人と話すと病気を伝染してしまう。
その上点滴やご飯等もしっかりしないと命を繋げないときたものだと泣いてしまった
碧春「…来いよ」
碧春は腕を広げれば恋冬を優しく抱きしめた。暖かい腕の中で恋冬は我慢していた涙がボロボロ出て、ずっと謝っていた
碧春「謝んなくたっていい。いつか笑顔にしてやるよ。」
恋冬『うん、本当に…ありがと』
さっきまでぐちゃぐちゃだった泣き顔は可愛く、ふわふわした笑顔となっていた。
優しくてまん丸の時間の中そんな会話をしている2人。
碧春「(いざとなれば…約束を破ってでも。)」
そう、2人は約束をしていた
碧春の能力、「移植」により恋冬の花を碧春自身に移すという事。
前に恋冬に話した時は泣いて怒っていた。そんな事したら今までで1番不幸になる。
碧春が病気になるなら私はこのままでいい。と
そしてある日、恋冬の頭に咲いていた花は、ゆっくりと枯れ始めていた。
最初は誰も気づかなかった。
だが花弁の先が少しずつ色を失い、日に日にその枯れは広がっていく。
花が弱るにつれて恋冬の体調も急速に悪化していった。
食事を取ることすら辛くなり、起き上がるだけで息が切れる。
目も合わせれないまま過ごす時間が増え、病室のベッドから離れることもほとんどできなくなっていた。
それは単なる病状の悪化ではなかった。
恋冬の頭に咲く花は、脳の神経と深く結びついている。
だからこそ手術もできない。無理に摘出すれば、その瞬間に命を落とすことになる。
そして何より残酷だったのは、その花が枯れれば神経も共に死ぬという事実だった。
花が完全に枯れた時、恋冬の命も終わる。
救いはなかった。
病院は治療を続けていた。医師たちも諦めてはいなかった。
しかし方法がないのだ。
感染力は限界まで高まり、今では碧春以外ほとんど誰も恋冬へ近づけなくなっていた。
それでも碧春は諦められなかった。
恋冬が死ぬ
そんな未来を受け入れられるはずがなかった。
彼は病院へ駆け込み、担当医の元へ向かった。
診察室の扉を勢いよく開ける。
碧春「助けてくれよ!!」
声は震えていた。
碧春「俺の能力だって使っていい。何でもするから。だから恋冬を助けてくれよ!」
担当医はしばらく黙っていた。
その顔には疲労と苦悩が浮かんでいた
医師だって救いたかったのだ
だが現実は残酷だった。ゆっくりと首が横に振られる。
そして告げられた。
「もう遅い」
その一言だけだった。
碧春は呆然と立ち尽くした。
理解したくなかった。認めたくなかった。
拳を握り締める。
碧春「諦めるのかよ」
震える声が漏れた。
碧春「恋冬はまだ十四だぞ…!」
叫びに近かった。だが返ってくる言葉はない。
医師はただ沈黙するしかなかった。
もう医学では届かない場所まで来てしまっていたからだ。
碧春は踵を返した。これ以上ここにいても意味はない。
今自分が行くべき場所は一つしかない
恋冬の病室だ
病室の扉を開ける。そこにいた恋冬はあまりにも弱々しかった。
顔色は青白く呼吸は浅い。頭に咲く花もほとんどが枯れ落ちていた。
今にも消えてしまいそうだった。
恋冬は碧春に気づくとかすかに微笑んだ。
嬉しそうに。泣きそうに。
……苦しそうに。
でもその笑顔を見た瞬間に碧春は決意した。もう迷わない。
碧春「……約束、守れなくてごめんな」
小さく呟く。
恋冬が不思議そうに目を瞬かせると、碧春はその額に自分の額をそっと重ねた。
そして能力を発動する。
_移植。
これまで一度も使ったことのない力だった。
恋冬の身体を蝕み続けていた花。
脳の神経へ絡みつき、命を奪おうとしていた呪い。
その全てを自分へ移す。
激痛が走った。頭の奥を無理やり引き裂かれるような感覚。
視界が白く染まる。それでも能力は成功した。
恋冬の頭から花が離れていく。
神経に絡みついていた根も
病も
死も
全てが碧春へ流れ込む。
恋冬を蝕んでいたものは完全に彼の身体へ移植された。
ただ代償はあまりにも大きかった。適応の能力が働く暇すらない。
免疫も回復も追いつかない。
病は碧春の身体へ宿った瞬間から、その命を削り始めていた。
だが彼は安堵していた。
"恋冬は助かる"
それだけでよかった。
けれどこのまま病室で死ぬわけにはいかなかった。
自分がここで息絶えれば、目を覚ました恋冬に再び病気が伝染する可能性がある。
それだけは避けなければならない
碧春はふらつきながら病室を飛び出した
廊下を走る足に力が入らない。視界も霞んでいる。
それでも止まらなかった。出口ではなく窓へ向かう。
幸い、恋冬の病室周辺は感染を恐れてほとんど人がいない。
誰にも見られることなく窓を開け、そのまま外へ出た。
自宅までは近かった。
近道を選び、人に会わないように帰る。誰にも病気をうつさないために。
ただその一心だった。
ようやく家へ辿り着いた頃には、意識はほとんど残っていなかった。
玄関を開くとキッチンから母親の「おかえり」という声が聞こえる。
いつも通りの優しい声だった。けれど碧春は返事をしなかった。
残された力を振り絞り、自分の部屋へ行き扉を閉めて鍵をかける。
誰も入れないように
誰にも病気をうつさないように
そしてそのまま床へ倒れ込んだ
静かな部屋だった
一人きりの空間
頭に咲いた花は急速に枯れていく。それは恋冬の命を奪うはずだった花。
今度は碧春の命の火を急速に消しながら枯れていく。
苦しかった
痛かった
……どうせなら、2人とも助かりたかった
けれど後悔はなかった。
約束は破ってしまった
恋冬はきっと怒る
……泣くかもしれない
それでもいいと思った
生きていてほしかったから。
ただそれだけだった。
やがて花は完全に枯れ落ちる。
そして同時に、碧春の命も静かに尽きた
誰にも看取られず
誰にも知られず。
ただ一人の少女を生かすためだけに
十四歳の少年は、自らの人生を終えたのだった




