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幽間世界  作者:
32/83

稲垣恋冬の過去② 出会い



【夏百合 碧春】



恋冬は特別学級教室での日々を続けていた。


孤独ではあったが、劇的に何かが変わることもない。


点滴を受けながらリモートで授業を受け、窓の外から聞こえる楽しそうな声に耳を傾ける。


そんな毎日を繰り返しながら、彼女は小学校高学年まで成長していった。




一方その頃、同じ学校に通う、碧春という少年がいた


碧春もまた何気ない学校生活を送っていた。そんなある日、彼の耳に一つの噂が届く。


「病気の子が特別学級に居るんだって」


「元はここのクラスメイトだったらしいよ」


休み時間教室のあちこちでそんな話が聞こえてきた。


最初はただの噂話だった。しかし妙に気になった碧春は、自分の目で確かめてみようと思った。


本来なら特別学級には近づかない方がいいとされている。


病気の詳細を知っているわけではなかったが、周囲が避けている以上、何らかの危険があるのだろう。


それでも碧春には根拠のない自信があった。


幼い頃に不思議な花を口にしたことで得た特性_「抗体」


さらに「適応」「免疫」「回復」という能力


それらのおかげなのか、彼は生まれてから一度も大きな病気をしたことがなかった。


だから大丈夫だと思った。


そうして彼は躊躇なく特別学級教室へ向かい、その扉の前へとたどり着いた。


教室の中には一人の少女が窓際の席に座り、点滴に繋がれていた


その姿を見た瞬間だった。



碧春の時間が一瞬だけ止まる


陽の光を受ける淡い髪


どこか儚げな横顔


静かな教室の中で一人きり座るその姿に、碧春は目を奪われた。


理由なんて分からなかった。


ただ気づけば碧春は少女から視線を外せなくなっていた。



__恋に落ちていた。一目惚れだった。


そんな言葉で片付けるにはあまりにも突然で、あまりにも鮮烈な感情だった。


吸い寄せられるように教室へ入ろうとした、その時。


「だめっ……」


小さな声が聞こえた。

少女――恋冬が慌てて顔を上げていた。


恋冬「入っちゃだめ…病気が、うつっちゃうから……」


不安そうな声だった。噂は本当だったらしい。


点滴に繋がれている姿を見れば、それは容易に想像できた。


だが碧春は笑った。


碧春「大丈夫」


そう言って一歩踏み出す。


碧春「俺、絶対平気って自信あるからさ」


しかし恋冬は首を横に振った。病気をうつしてしまうかもしれない。


誰かを傷つけてしまうかもしれない。


そんな恐怖が彼女の身体を小さく震わせていた。


碧春「……大丈夫だって。俺ならさ」


碧春はゆっくりと距離を縮める。恋冬は止めようとした。


それでも彼は歩みを止めなかった。やがて目の前まで来るとその場にしゃがみ込む。


そして恋冬を見上げながら笑った。


碧春「ほら。大丈夫だろ?」


恋冬「…でも、でも……」


俯いたままの恋冬はまだ不安そうだった。

点滴の管を握りしめる指先が小さく震えている。


碧春はそっと手を伸ばした。


拒絶されるかもしれないと思いながらも、その頬に優しく触れる。


碧春「大丈夫」


穏やかな声だった。


碧春「……はじめまして、だよな?」


少し考えてから照れ隠しのように笑う。


碧春「……嫌だったか?」


恋冬は慌てて首を振った。


恋冬「嫌じゃ…ない」


か細い声だった。


恋冬「でも私…病気持ってて……」


その言葉に碧春はまた笑った。


碧春「大丈夫だって」


何度でも繰り返した。根拠なんてないけれど不思議と安心できる声だった。


恋冬の警戒心は少しずつ解けていき、不安で固まっていた表情も柔らかくなっていく。


やがて碧春は尋ねた。


碧春「そういえば名前は?」


恋冬は少し迷ったあと小さく答える。


恋冬「……稲垣、恋冬」


その名前を聞いた碧春は目を丸くした。


碧春「恋冬か!可愛い名前だな」


恋冬は驚いたように目を瞬かせた。そんなことを言われたのは初めてだった。


だが、その直後廊下からチャイムが鳴り響く。

休み時間の終わりを告げる音だった。


碧春「あーやば、先生来るな」


そう言って教室の出口へ向かいながら振り返った。


碧春「また明日来てもいいか?」


恋冬は目を見開く。


恋冬「えっ……」


そんなことを聞かれるとは思っていなかった。


恋冬「大丈夫なら…でも、本当に病気が……」


最後まで言い切る前に碧春は笑った。


碧春「だから大丈夫だって」


胸を叩きながら自信満々に言う。


碧春「俺の能力と特性的に平気なんだよ!生まれてこの方、病気も風邪も引いたことないしな!」


そうして軽く手を振りながら教室を後にした。

恋冬はその背中を、しばらく見つめていた。


それが二人の出会いだった。


孤独だった少女と、真っ直ぐすぎる少年。


休み時間のたびに顔を合わせ、他愛ない話をして、少しずつ笑う時間が増えていく。


気づけば二人は誰よりも近い存在になっていた。


そしてその出会いは、やがて恋冬の人生そのものを大きく変えていく



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