稲垣恋冬の過去① 花と少女
稲垣恋冬の過去① 花と少女
稲垣恋冬は人間として生まれた。
人外が大半を占める世界の中で、人間という存在はとても珍しい。
だからこそ恋冬は家族や周囲から大切に育てられ、何不自由なく幼少期を過ごしていた。
小学校低学年の頃のある日、庭で見たこともない綺麗な花を見つけた。
小さくて可憐なその花に心を惹かれた恋冬は、摘み取って自分で育てることを決める。
毎日水を与え、話しかけ、時には悩み事を聞いてもらうように語りかけながら、愛情を込めて世話を続けた。
不思議なことにその花は枯れなかった。
季節が変わっても、年月が過ぎても、花は変わらず咲き続けていた。
恋冬もまた、その花を特別な存在として大切に想っていた。
しかし小学校高学年になったある日、その花は突然枯れた。
前触れもなく、理由も分からないまま。
茶色く変色した花弁を見つめながら、恋冬は何日も落ち込んだ。
それでも枯れてしまった以上どうすることもできない。
家族に促されるまま花は処分されることになった。
その数日後だった。
恋冬は頭に小さな違和感を覚え始める。
最初は気のせいだと思った。少し疲れているだけだと。
けれど違和感は日を追うごとに強くなり、やがて耐え難い頭痛となって彼女を襲った。
薬を飲んでも治まらない。突然頭を押さえて蹲るほどの激痛。
心配した家族によって病院へ連れて行かれ、精密検査が行われた。
そこで発見されたのは、脳の神経と複雑に絡み合うように存在する正体不明の種だった。
医師たちも原因を断定できなかったが、危険であることだけは確かだった。
恋冬はすぐに入院することになった。点滴に繋がれ何度も検査を受ける日々。
幸い植物由来のものだったためか成長速度は遅く、命に関わるような急激な悪化は見られなかった。
そのため一定期間の治療を経て、一度は退院することができた。
しかし、元の生活には戻れなかった。
頭の中にある種は依然として残っていたからだ。
定期的な点滴治療が必要となり、長時間同じ空間で過ごすことで周囲へ悪影響を及ぼす可能性も否定できないと言われた。
その結果、恋冬は学校でも特別学級教室で過ごすことになる。
隔離ではないけれど、子どもたちにとって違いは十分すぎるほど大きかった。
いつしか「病気の子」という印象だけが独り歩きし、元いたクラスとの距離は少しずつ広がっていった。
教室の窓から聞こえる笑い声、廊下を走る足音、楽しそうに話すクラスメイトたち。
すぐ近くにいるはずなのに自分だけが遠く離れた場所にいるような感覚。
寂しかった
苦しかった
誰かと同じ時間を過ごしたいのに、その願いは叶わない。
一人きりの教室で、恋冬は少しずつ孤独に慣れる方法だけを覚えていった。
_だが
そんな毎日を変える出会いが訪れる。
ある日、一人の少年が特別学級教室の扉を開いた。
それが、恋冬の人生を大きく変えることになる運命の出会いだった。




