墓場の出会い
朝に最初に目を覚ましたのは紗夜だった。
隣では昴琉と添霧がまだ眠っている。起こす理由もない。
紗夜は静かに木刀を手に取り、二人を起こさないよう立ち上がった。
紗夜「……少しだけ見る」
小さく呟いて歩き出す。朝の幽間世界は夜よりもさらに色が薄かった。
空も街もどこか現実感がない。それでも敵の気配はなく、久しぶりに張り詰めた緊張から少しだけ解放される。
しばらく歩いていると、風に乗って匂いが流れてきた。
土の匂いと花の匂い。自然と足がそちらへ向かう。
辿り着いた先は墓地だった。
だがその光景は紗夜の予想とは違っていた。墓石は整然と並び、雑草も少ない。
柔らかな朝日が差し込み、この世界では珍しいほど穏やかな空気が流れている。
紗夜は少しだけ目を細めた。
嫌な感じはしない。むしろこの世界に来てから初めて落ち着ける場所のように思えた。
そしてその時、墓石の前に誰かがいることに気づく。
……少女だった。
一つの墓石の前にしゃがみ込み、静かに花を供えている。
紗夜と同じくらいの背丈で、色素の薄い髪と瞳を持っていた。
衣服や姿は普通なのに朝日に透けてしまいそうなほど儚げな姿
確かにそこに存在している少女だった。
紗夜が一歩近づく。
すると少女は気配に気づき、肩を震わせながら振り返った。
少女「わっ!?…ぇ、?」
驚いた表情のまま紗夜を見つめ、やがて目を見開く。
少女「…ひ、人……?」
紗夜は少しだけ間を置いて答えた。
紗夜「人間、だけど」
少女「……え」
少女はきょとんとしたあとぱっと顔を明るくした。
少女「…す、凄い!私以外に、初めましてだ!」
勢いよく立ち上がったせいか、少し息が上がっている。
紗夜は首を傾げた。
紗夜「…珍しい?」
少女は何度も頷く。
少女「うん…!珍しいというか…私しかいないと思ってた…」
その言葉を聞きながら、紗夜は周囲を見回した。
紗夜「ここ、安全?」
少女は少し考えたあと、小さく頷く。
少女「…うん。ここはあんまり来ないから……だから好き」
そう言って墓石へ視線を向けた。その指先はほんの少し震えている。
紗夜も墓石を見る。
紗夜「…家族?」
少女は答えるまで少し時間を要した。
少女「…大切な人」
それ以上は語らない。紗夜も追及しなかった。
風が吹き、供えられた花が静かに揺れる。
しばらくの沈黙のあと、少女がおずおずと口を開いた。
少女「…あの、名前聞いても……?」
紗夜「…霊場 紗夜」
少女はその名前を繰り返した。
少女「紗夜、ちゃん」
そして自分の胸元に手を添える。
恋冬「…私、稲垣恋冬っていうの、!…よろしく」
紗夜「……よろしく」
短いやり取りだった。人外が溢れる幽間世界で人間が二人話している。
それだけのことなのに、墓地の空気は少しだけ柔らかくなった気がする。
恋冬はどこか安心したように微笑みながら尋ねる。
恋冬「……あの…一人じゃないんだよね……?」
紗夜は静かに頷いた。
紗夜「…うん。仲間がいる」
恋冬「……そっか」
ほっと息を吐く。
その笑顔はどこか弱々しく、健康そうには見えなかった。
それでも確かに生きている人間の笑顔だった。
朝の墓地に風が吹く。
紗夜はまだ恋冬がどんな人物か知らない。
ただ静かに、二人の出会いだけがそこにあった。
恋冬は墓石の前に座ったまま、少し首を傾げた。
恋冬「紗夜ちゃんは……どこから来たの?」
紗夜は少しだけ考えて答える。
紗夜「……ずっと遠く」
嘘ではないただの事実だった。
そして今度は紗夜が問い返す。
紗夜「…恋冬はここの人?」
恋冬「うん……!」
その返事だけなら明るかったけれど、続く言葉はどこか寂しそうだった。
恋冬「……ずっと、この世界にいるの」
紗夜「どのくらい?」
恋冬「え…わからない、ずっと同じ日を繰り返してる感覚…かな?」
朝の光が彼女の横顔を照らす。色の薄い髪に陽に透ける睫毛
笑っているはずなのに、その表情はどこか取り残された人のように見えた。
紗夜は何も言わない。
けれど胸の奥がわずかに締め付けられる。
理由は分からない。
それでも自然と一つの感情が浮かんでいた。
_守らなきゃ。
恋冬は苦笑するように目を伏せる。
恋冬「…変だよね!ここ…怖い人外も多いし…人もあんまり……」
紗夜は静かに尋ねた。
紗夜「慣れた?」
恋冬は小さく首を振る。
恋冬「…ううん、慣れたふりはしてる……」
その言葉は不思議なほど重く響いた。紗夜にはその気持ちが少しだけ分かる気がした。
だからこそ、次の問いは自然と口をついて出る。
紗夜「一人?」
恋冬は少し黙り込んだあと静かに頷いた。
恋冬「…うん」
そして墓石へ手を伸ばす。
恋冬「…でも、ここに来ると…一人じゃなくなる気がして……」
恋冬の指がそこにいるはずのない誰かを確かめるように墓石をそっと撫でる
紗夜は何も言わなかった。
言葉を探したわけではない
きっと今は何を言っても違う気がした
代わりに一歩だけ距離を縮める。その動きに恋冬が顔を上げた。
恋冬「紗夜ちゃん?」
紗夜は真っ直ぐに恋冬を見る。
紗夜「…私は強くない。でも…放ってはおかない」
短い言葉だったけれど、それは紗夜なりの約束だった。
恋冬は驚いたように目を見開く。
信じられないものを見るように。そして次の瞬間泣きそうな顔で微笑んだ。
恋冬「…ありがと……そう言われたの初めて…」
朝の墓地に静かな風が吹く。
整えられた墓石の間で向かい合う二人の人間。
まだ何も始まっていない。
互いのこともほとんど知らない。
それでもこの瞬間だけは確かに守りたいという感情が、静かに紗夜の中へ根を下ろし始めていた。
稲垣 恋冬 (いながき こふゆ)ちゃんです
……個人的好きな子




