静かな終わり
……完全な断絶に静寂だけが残る。
街は何事もなかったかのように静まり返り、先ほどまで存在していた境界の痕跡すら見当たらない。
だがもう戻れない。紗夜は木刀を握り直し静かに前を向いた。
紗夜「…行こう、ここで止まらない」
添霧も力強く頷く。
添霧「うん……!」
昴琉は二人の前に立ち、周囲を警戒しながら歩き出した。
昴琉「必ず…合流する」
その言葉は、自分たちへの誓いでもあった。
遠くのどこかで、誰かが笑ったような気がする。
それが風の音だったのか、この世界そのものだったのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、この分断が偶然ではないということ。
幽間世界は明確な意思を持って彼らを引き離した。
孤立させて試すために。
そして彼らは知らない。
この先に待つものが、今までとは比べ物にならないほど深い“幽間世界の核心”であることを。
分断は終わりではない。本当の試練の始まりでしかないんだ
しばらくして夜の帳が完全に下りる頃、不思議なことに戦いは途切れていた。
つい先ほどまで執拗に追ってきていた人外たちの姿が嘘のように消えている。
添霧は周囲を見回しながら呟いた。
添霧「静か…さっきまであんなにいたのに…」
昴琉は警戒を解かないまま周囲を観察する。
昴琉「…罠か、それとも満足したか……」
紗夜は即座に答えた。
紗夜「どっちも嫌」
戦闘の疲労は確実に蓄積していた。
木刀を握る手にはわずかな震えが残っている。
体も思うように動かない。
昴琉は周囲を見渡し、一つの場所に視線を向けた。
道路脇の壊れたバス停。
壁は崩れているが、屋根だけは辛うじて形を保っている。
昴琉「…ここで休みましょう、これ以上動くと判断力が落ちます」
添霧はすぐに頷いた。
添霧「賛成!幽霊だけど今日はなんか疲れた!」
紗夜も小さく同意する。
紗夜「…分かる」
三人はバス停の下に腰を下ろした。
街灯はひとつも点いていないのに空だけは不自然なほど明るかった。
薄く滲む星々が、幽間世界の夜空を静かに照らしている。
聞こえる音は風だけだった。
遠くの物音も、人の気配も、何一つない。
まるで世界そのものが眠っているような静けさだった。
しばらくして昴琉がぽつりと尋ねる。
昴琉「…怖いですか」
紗夜は少しだけ考え、そして正直に答える。
紗夜「…少し。でも慣れてる」
添霧は困ったように笑った。
添霧「慣れちゃだめだよ…怖い時は、怖いって思っていい…!」
その言葉に紗夜はわずかに目を細める。
紗夜「…ありがとう」
短い言葉だった。
けれど確かに気持ちは伝わっていた。
再び静寂が訪れる。添霧は夜空を見上げたままふと呟いた。
添霧「ねえ、ここ……」
紗夜「?」
添霧「僕…ちょっと薄くなってる……?」
昴琉が眉をひそめる。
昴琉「……何?」
手を伸ばした瞬間、添霧の腕がわずかに透けた。すぐに元へ戻るが見間違いではない。
昴琉「…気のせいじゃないな」
添霧は苦笑した。
添霧「…たぶん…この世界、幽霊にも優しくない…」
その言葉に紗夜は黙って拳を握り、そして静かに言った。
紗夜「…置いてかない。一緒」
添霧は少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
添霧「うん!」
やがて休息の時間が来る。昴琉は立ち上がり、周囲へ視線を向けた。
昴琉「…交代で見張ります。俺が最初で」
紗夜も立ち上がろうとする。
紗夜「…私も起きてる」
昴琉は珍しく少し強い口調で言った。
昴琉「いいから寝てください」
紗夜は数秒だけ抵抗したが、やがて諦めて座り直す。
紗夜「…分かった」
添霧も隣にふわりと浮かびながら目を閉じる。
添霧「おやすみ…さな…」
紗夜「…おやすみ」
夜はさらに深まる。昴琉だけが起きたまま街を見つめていた。
昴琉は小さく呟く
昴琉「……来るなよ……」
願いにも似た独り言だが、その夜は本当に何も起こらなかった。
敵も現れない。異変もない。ただ休息だけが許された。
束の間の安らぎ。
そして昴琉は直感していた。こういう静かな夜のあとには、決まって何かが起きる。
幽間世界での最初の夜は、静かに終わりを迎えた。




