分かたれた道
街外れにある崩れた噴水の前で一行は立ち止まっていた。
紫暖は静かに手を伸ばし、空間へ意識を集中させる。
空気がわずかに揺らぎ、見えない膜のようなものが歪んだ。
しかしそれは一瞬だった。
すぐに揺らぎは消えて紫暖は静かに手を下ろす
紫暖「…だめね、この世界は広すぎる」
紳漓「そんなになんか?」
紫暖「道を作れるとしても…せいぜい一人分だけね」
その言葉に沈黙が落ちる。紳漓は腕を組み苦い顔をした。
紳漓「一人だけ帰しても意味あらへん。全員で戻らなあかん」
昴琉も頷く。
昴琉「…探索を分けますか?」
朧偈はすぐに手を挙げた。
朧偈「にんにん!二手に分かれれば倍で調べられるでござる!」
添霧は少し不安そうに辺りを見回す。
添霧「…でも危ない……」
紗夜は迷いなく答えた。
紗夜「仕方ない。止まってても何も変わらない」
その言葉が決定打になった。誰も反対しなかった。
紳漓は全員を見渡しながら指示を出す。
紳漓「よし俺と紫暖、朧偈で南側や」
紳漓「お前らは北を頼む」
昴琉は短く頷く。
昴琉「…紗夜さんと添霧さんは俺が守ります」
添霧は勢いよく頭を下げた。
添霧「よろしく!!…いや、本当によろしく!!」
朧偈は元気よく拳を握る。
朧偈「にんにん!後で合流でござる!」
出発前に紫暖は紗夜の前にしゃがみ込んだ。
視線を合わせ、優しく微笑む。
紫暖「…無理しないで。危なくなったら逃げてね」
紗夜「…分かってる」
短いやり取りだけれど、その間には言葉以上のものがあった。
紫暖は安心したように目を細める。
紫暖「……行ってらっしゃい」
そうして一行は二つに分かれた。
北側へ向かった紗夜たちの前に広がっていたのはさらに静まり返った街だった。
看板はある。信号もある。建物も並んでいる。
だが、そのどれもが誰のためにも使われていない。
生きた街の姿だけを模した空虚な景色。
昴琉は周囲を警戒しながら歩く。
昴琉「…気配が多い。見えないだけで…囲まれてます」
添霧も頷く。
添霧「うん、この辺は寄せ場だね…」
その瞬間だった。
遠くの交差点の向こうで何かが蠢く。
人の形だが、影だけが異様に遅れて動いている。
昴琉の表情が鋭くなる。
昴琉「……来ます」
数はすぐに増えた。十近い影がゆっくりとこちらへ向かってくる。
紗夜は木刀を握り直した。
紗夜「……多い」
添霧が前へ出る。
添霧「僕が引きつける!」
添霧「昴琉、さなを!」
昴琉「分かってる!」
三人は戦闘態勢に入る。だが敵はただ襲いかかってくるだけではなかった。
その視線は…その気配は
確実に紗夜へ向けられていた。
まるで最初から彼女だけを探していたかのように。
その頃南側へ向かった紳漓たちは、大きな広場へ辿り着いていた。
中央には巨大な石像が立って人の形をしている。
だが顔だけがまるで意図的に削り取られたように存在しない
朧偈は像を見上げながら呟く。
朧偈「にん…これ、人を削った跡でござる、」
紫暖は不気味な像を見つめる。
紫暖「…この世界は個を嫌っているのかしら?」
だが紳漓は静かに首を振った。
紳漓「いや……」
その視線は像の奥に向いている。
紳漓「人間だけを欲しがっとる」
その瞬間だった。
像の足元に広がる影が揺れて闇が立ち上がる。次々と無数の影が這い出してくる。
朧偈が身構える。
朧偈「にんにん……!」
紫暖も能力を展開する。紳漓は舌打ちした。
紳漓「……ちっ、時間稼ぎや!」
そして南側でも戦いが始まった。
同じ空の同じ世界の中、二つの場所で戦いが同時に始まる。
紗夜は迫る影を見据えながら呟いた。
紗夜「…ここ嫌い」
添霧「僕も!でも絶対合流しよ!」
昴琉も短く答えた。
昴琉「…約束ですから」
その時、遠く離れた街のどこかで巨大な軋み音が響いた。
まるで世界そのものが笑っているような音。
まるで……彼らが分かれたことを喜んでいるような音だった。
探索はさらに深く。そしてより危険な領域へと踏み込んでいく。
異変に最初に気づいたのは添霧だった。
合流地点へ向かう途中、彼は足を止めて周囲を見回す。
添霧「おかしい、さっきまであそこ見えてた」
そこは北と南を繋ぐ大通りだった。本来なら向こう側にいるはずの仲間たちの姿が見える距離。
だが景色がおかしい。昴琉も眉をひそめる。
昴琉「視界が揺れてる…?」
紗夜「…歪んでる」
空気が水面のように揺らめいている。
建物の輪郭は曖昧になり、街並みそのものが溶け始めていた。
まるで現実が形を失いかけているようだった。
その頃、南側でも同じ異変が起きていた。
朧偈「に、にん…!?道が…道が曲がってるでござる!!」
だが紫暖は首を振る。
紫暖「…違う、折り畳まれてるみたい…」
進んでも進んでも景色が変わらない。距離だけが引き延ばされている。
まるで空間そのものがねじ曲げられていた。
紳漓「……やられたな、世界そのものが分断しとる」
歪みの向こうで昴琉は確かに見た。遠くに立つ見慣れた人影。褐色の肌。見覚えのある背中。
昴琉「…父さん、」
呼ぶが声は届かなかった。
途中で何かに吸い込まれるように消えてしまう。
添霧が苦しそうに呟く。
添霧「ダメだ、ここ境界線が閉じてる、」
向こう側でも紫暖がこちらを見つめていた。唇が静かに動く。
「大丈夫」
そう言ったように見えた。けれど音は聞こえない。
紫暖は最後の望みをかけて能力を発動する。
しかし空間が拒絶した。
見えない壁に弾かれるように力が散る。
紫暖「……っ、遮断されてる……」
朧偈も周囲を確認するが、帰るための道は見当たらない。
朧偈「にんにん…、帰路も消えてるでござる…」
紳漓は深く息を吐いた。
紳漓「…完全に三対三やな、合流も帰還も今は無理や」
一方の紗夜たち。昴琉は険しい表情のまま前を見据える。
昴琉「…最悪だな」
添霧は不安を押し込めるように笑った。
添霧「でも一人じゃない!」
紗夜「……分かってる」
そう答えながらもその目はまだ歪みの向こうを見ていた。
向こう側では紫暖が静かに微笑んでいた。声は届かないけれど、その唇は確かに動いていた。
_守って。
紗夜たちへ向けられた願い。紳漓もまた拳を握り、胸を軽く叩く。
_必ず迎えに来る。
言葉にならない約束だけが、歪む空間を越えて伝わってくる気がした。
昴琉はその姿を見つめながら歯を食いしばる。
昴琉「……行きます。立ち止まる暇は…」
その瞬間だった。空間を隔てていた歪みが一気に収束する。
まるで巨大な幕が下ろされるように互いの姿は視界から消えた。




