少しずつ馴染む庭
昴琉は庭で地面に魔術陣を描いていた。
線は少し歪んでいるけれど真面目な性格からか集中力は高い。
昴琉「…ここズレてるな、」
自分で呟いて描き直す。その少し離れた場所で、紗夜は一人黙々と立っていた。
足の幅、重心、呼吸などの昨日紳漓に教わったことを何度も何度も繰り返している
昴琉「……」
昴琉はちらりと視線を向ける。
剣を振らず技も使わないでただ立つ姿
昴琉(……地味だな)
そう思った直後、魔術陣が不安定に光って弾けた。
昴琉「……っ!?」
紗夜「…なに」
紗夜が昴琉を見る。
昴琉「…すみません、大丈夫です」
少し照れたように答える。
昴琉「…紗夜さんは」
紗夜「……?」
昴琉「疲れて無さそうに見えます」
紗夜「?」
昴琉「き、昨日より」
昴琉は少し驚いてから小さく笑った。
昴琉「それ、すごいと思いますよ!」
紗夜「……そう」
会話は短いけど、同じ時間に同じ庭にいることが少しだけ自然になっていた。
朧偈「にんにん!次は拙者の番でござる!」
朧偈が勢いよく現れる。
朧偈「逃げ方は忍者の基本でござる!」
紗夜「逃げるの?」
朧偈「うむ!」
自信満々。やっぱりどこかアホっぽい
朧偈「まず!」
地面に小さな目印を置いて
朧偈「視線を切る!」
一瞬で朧偈が紗夜の視界から消える。
紗夜「……速い」
朧偈「次!音を残す!」
別方向で小石が鳴り、紗夜の視線が向く
朧偈「相手はだいたい音に釣られるでござる!」
紗夜「…理にかなってる……かも」
朧偈「にんにん!」
最後に……小さな煙玉
朧偈「……これは使わなくていいでござる!危ないでござる!」
紗夜「…そう」
朧偈はにっと笑う
朧偈「紗夜殿はもう十分静かでござる」
紗夜「……?」
朧偈「だから、逃げる時は迷わせるだけでいいでござる!」
添霧が感心したように言う。
添霧「すごい……!」
朧偈「ふふーん!」
朧偈はどやぁーっと胸を張る。
朧偈「幽霊殿は一緒に囮役でござる!」
添霧「え、僕!?」
朧偈「にんにん!」
稽古が終わると、紫暖がそっと近づいて来た
紫暖「手、出して」
紗夜「……?」
言われるまま紗夜は手を出す。指先、手首、肩。
丁寧だが手際よく。
紫暖「少し、力入れすぎたわね」
紗夜「…大丈夫」
紫暖「大丈夫でも、確認は必要よ」
そう言って冷たい布を当てる。
紗夜「冷たい」
紫暖「すぐ慣れるわ」
その様子を見て紳漓が苦笑する。
紳漓「過保護やなぁ」
紫暖「あなたが無茶させるからよ」
紳漓「最低限やって!」
紫暖「最低限でも怪我はするの。いい?」
紳漓「…(こくり)」
いつもの夫婦の会話。紗夜はそのやりとりを見ながら言った。
紗夜「……心配されるの、慣れてない」
紫暖は少し驚いてから微笑んで
紫暖「じゃあ今は慣れる時間ね」
紗夜「……そう」
紗夜は、拒まなかった。
夕方頃になると日が傾く。庭には紗夜の影が長く落ちている
昨日より紗夜の足が安定しているのをみて添霧が隣に来る。
添霧「さなー!」
紗夜「…何」
添霧「ここいいね!」
紗夜「…うん」
添霧「でも…」
紗夜「……分かってる」
長くはいられないとわかっている。
ふと家の中から呼ぶ声がした
紫暖「ご飯できたわよー!」
紫暖の声。
朧偈「にんにん!」
添霧「行く!」
昴琉が少しだけ紗夜を見て
昴琉「一緒に…行きません、?」
紗夜「……うん」
それだけだけど、その返事は昨日より少しだけ自然だった。
庭には夜風が吹いて、虫の声が遠くで鳴いて…木刀を振る音だけが規則正しく響いていた。
紳漓「もう一回や」
紳漓が腕を組む。紗夜は黙って頷き足を開く。
呼吸、重心、そして振ると同時に木刀が夜の空気を裂く。
紗夜「……」
紳漓「ええな。昨日よりだいぶ形になっとる」
紗夜「…そう」
紳漓「せや」
紳漓は少し笑う
紳漓「最初は木刀に振り回されとった」
紗夜「言わないで」
紳漓「事実や」
紗夜「……」
少しだけ不満そうな顔をするけど否定はしない。実際…自覚あった
そして、少し離れた縁側では昴がその様子を見ていた。
手には本が持たれているがページはしばらく進んでいない。
昴琉「……頑張ってるな」
その隣には紫暖が温かいお茶を飲みながら穏やかに見守っている。
紫暖「そうねぇ、紗夜ちゃん真面目だから」
昴琉「父さんも珍しいよ」
紫暖「何が?」
昴琉「人間相手にあそこまで丁寧なの」
紫暖は少し考える。
紫暖「あなたのお父さん、あの子に昔の自分を重ねてるのかもしれないわね」
昴琉「そう、なんだ?」
昴が庭を見ると、紗夜はまた木刀を振っていた
…本当に黙々と。
昴琉「……ありそう」
小さく頷いた
その頃、庭の隅では
朧偈「にんにん……」
朧偈がしゃがんで、隣には添霧。二人とも何故か草むらの中にいる。
朧偈「幽霊殿」
添霧「何?」
朧偈「拙者たちも修行してる風を出すでござる」
添霧「風!?」
朧偈「にんにん」
よく分からないけど朧偈は真面目だった。
朧偈「まずは隠密でござる」
添霧「うん」
朧偈「誰にも見つからずに…」
その瞬間
昴琉「朧偈、見えてる」
朧偈「にんっ!?」
即バレだった。添霧が吹き出して
添霧「全然隠れてないじゃん!」
朧偈「そんな馬鹿な!」
庭の中央で紗夜はその騒ぎを横目で見る。
紗夜「騒がしい」
紳漓「慣れたか?」
紳漓が聞く。
紗夜「……少し」
紳漓「せやろ」
紗夜「…静かなのも嫌いじゃない」
紳漓「おん」
紗夜「でも」
紗夜は木刀を握り直す。
紗夜「あれくらいなら悪くない」
紳漓は一瞬だけ目を丸くしてから
紳漓「ははっ」
珍しく声を上げて笑った。
紳漓「言うようになったなぁ」
紗夜「…何が」
紳漓「最初よりだいぶ顔に出る」
紗夜「……出てない」
紳漓「出とる出とる」
紗夜「出てない」
紳漓「出とる」
紗夜「……」
紳漓「……」
しばらく見つめ合ってから紳漓は肩を竦めて
紳漓「まあええわ」
木刀を肩に担ぐ。
紳漓「今日の稽古は終わりや」
紗夜「……もう?」
紳漓「続けすぎても意味ない」
紗夜は少しだけ残念そうな顔をした。
それを見て紳漓はまた笑う。
紳漓「続きは明日や」
紗夜「……」
ほんの少しだけ…本当に少しだけ、紗夜の表情が和らいだ。
夜風が吹く。家の灯りが庭を優しく照らしていた。




