生きるための立ち方
家の中はいつも通り静かで、いつも通り整っていた。
紗夜は自分の荷物をまとめていた。財布と自分の上着のみ。
紗夜「……」
布を畳む手が止まる。
紗夜(……長くいる場所じゃない)
それは最初から分かっていた。そのまま廊下に出ると、玄関先に
紳漓「おはようさん」
腕を組んで壁によしかかっている紳漓がいた。
紗夜「……うん」
紳漓「出ていく顔やな」
紗夜は否定しない。
紗夜「…お世話になった」
紳漓「せやろな」
紗夜「……でも」
紳漓は玄関を塞ぐように立った。
紳漓「まだ早い」
紗夜「……理由」
紳漓「単純や」
紳漓は少しだけ真面目な声になる。
紳漓「君、昨日みたいなん来たらまた捕まるで」
紗夜「……それでも」
紳漓「せやから」
一歩、距離を詰める。
紳漓「護身術、学んでいかへん?」
紗夜は少し目を細めて
紗夜「私、人間」
紳漓「知っとる」
紗夜「…能力、ない」
紳漓「分かっとる」
それでも紳漓は笑って
紳漓「それでもな、立ち方は教えられる」
庭にいくと、そこは土が踏み固められた簡単な稽古場だった
朝の空気がほんのり冷たい。
紳漓「ほら」
紳漓が木刀を差し出す。
紗夜「……重い」
紳漓「そりゃ重いもんや」
紗夜は両手で受け取る。
構え方も知らないから自然に持っただけ。
紳漓「まずな、振らんでええ」
紗夜「……?」
紳漓「人間に剣振らせたら怪我する」
紗夜「……納得」
紳漓「大事なんは」
紳漓は自分の足元を指して
紳漓「立ち方や」
足を開き重心を落とす。
紳漓「逃げる時も踏ん張る時も、全部ここや」
紗夜は言われた通りに立つ。
紗夜「……安定する」
紳漓「せやろ?」
次に木刀の持ち方。
紳漓「まずは振らん。当てるだけや」
紗夜「……当てる」
紳漓「そ」
ゆっくり相手の胸元に添える。
紳漓「この距離まで来られたらもう危ない」
紗夜「……」
紳漓「せやから」
紳漓は軽く紗夜の木刀を押して
紳漓「一歩、引く」
紗夜「……」
紳漓「引くのは負けやない」
紗夜「……」
紳漓「生きる選択やからな」
その言葉に紗夜は動きを止めた。
添霧は、少し離れた場所で見ていた。
添霧「さな!」
紗夜「…何」
添霧「強くなってる!」
紗夜「まだ」
添霧「でも昨日よりかっこいい!」
紗夜は木刀を握り直す
紗夜「…倒せなくていい、逃げられれば…それでいい」
紳漓はその言葉に満足そうに頷く
紳漓「ええこと言うな」
紗夜「……べつに」
紳漓「君はな、戦う側やなくて生き残る側や」
昼前の時点で、稽古はそれ以上続かなかった。
疲れさせない。…それも、護身らしい
紳漓「今日はここまで」
紗夜「…思ったより疲れる」
紳漓「せやろ」
紳漓は紗夜にタオルを投げて
紳漓「それでええ」
紗夜「……」
紳漓「ここにおる間はな、学べるもん全部持ってけ」
紗夜は少し考えてから
紗夜「……いつまで」
紳漓「決めんでええ」
紗夜「……」
紳漓「出ていかへんって選択も悪くないで?」
紗夜は何も答えなかったが…荷物はまだ玄関に置いたままだった。




