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幽間世界  作者:
13/83

夜に語る存在



夜中の家の中はほとんど眠っていた。


紗夜は目を覚ました理由が分からないまま布団から起き上がる。


喉が少し渇いていた。足音を立てないように廊下を歩くと、居間から微かな灯りが漏れていた。


紗夜「……?」


覗くとそこには紳漓と紫暖の二人が何か話している。


紗夜「…起きてた?」


紗夜が言うと二人は同時に振り向いた。


紫暖「あら」


紫暖が柔らかく微笑む。


紫暖「ごめんなさい、起こしちゃった?」


紗夜「違う」


紗夜は首を振る。


紗夜「…目が覚めただけ」


紫暖「そっか」


紳漓は、少しだけ気まずそうに頭を掻いた。


紳漓「喉、乾いたか?」


紗夜「……少し」


紫暖は立ち上がり静かに湯を沸かす。その動きは昼と何も変わらない。


でも夜の静けさの中だと、少しだけ不思議に見えた。


紫暖「…眠れない?」


紫暖が聞く。


紗夜「分からない」


正直な答えだった。


紗夜「…ここ、静かすぎる」


紫暖「ふふっ、慣れてないと、そうかもね」


暖かい湯飲みが置かれる。


紗夜「…ありがとう」


紗夜は一口飲んでからふと口を開いた。


紗夜「…ねぇ」


紫暖「なあに」


紗夜「…あなた」


少し言葉を選ぶ。


紗夜「……普通、じゃない?」


紳漓が、小さく息を吐いた。


紳漓「……気づくよな」


紫暖は、驚いた様子もなく頷く。


紫暖「ええ」


紗夜は続ける。


紗夜「…人外なのは分かる…けど、生きてる感じも…そうじゃない違和感もある」


紫暖は少しだけ目を伏せた。


紫暖「…私はね」


ゆっくり言葉を選ぶ


紫暖「もう一度在る存在なの」


紗夜「……?」


紳漓が代わりに続ける。


紳漓「紫暖はな、もう…1度死んどるんや」


紗夜は瞬き一つしなかった。


紗夜「……そう」


驚きはない。紫暖は静かに語る。


紫暖「でもこの家族がね、私を強く想い続けたの」


紗夜「想い続けた…」


紫暖「妻として、母として、ここに居てほしいって……だから私は、ここにいる」


身体がある。体温もある。料理もできる。


紫暖「…でも、根っこは」


紫暖は自分の胸に手を当てて


紫暖「思念よ。…残留思念」


紗夜は湯飲みを見つめたまま言う。


紗夜「…消えないの」


紫暖「ええ」


紗夜「……いずれは」


紫暖は少しだけ笑った。


紫暖「それは分からないわ」


紗夜「……そう」


紫暖「でも今は、ここにいる」


沈黙が部屋を満たす。紗夜はしばらく考えてから言った。


紗夜「…羨ましい」


紳漓が目を見開く


紳漓「え?」


紗夜「形が戻るくらい必要とされるって」


紫暖は何も言わずに聞いている。


紗夜「…私のお母さんは、私を守って死んだ」


紫暖「……」


紗夜「…願った…でも、戻らなかった」


声は淡々としている。


紗夜「…だから、戻ってこれるのすごい」


紫暖の目が少し潤む。


紫暖「…ありがとう」


紗夜は首を振る。


紗夜「…事実…ただ……羨ましいだけ。怖くない」


紫暖はその言葉に救われたように笑った。


紫暖「そう言ってもらえるととても嬉しいわ」


紳漓はそっと紗夜を見る。


紳漓「…ここにおる間は守るで。生きてても生きてなくても、家族や」


紗夜はその言葉を否定しなかった。


紗夜「……分かった」


湯飲みを置く。


紗夜「…もう、寝る」


紫暖「おやすみなさい」


紗夜「……おやすみ」


廊下を戻る背中は来た時より少し軽かった。


形は違っても、居場所はある

……そう思えた夜だった。




朝になると障子越しに柔らかく差し込む。


紗夜は目を開けてすぐ昨夜の会話を思い出した。


紗夜(……夢じゃない)


廊下に出ると、もう起きている気配があった。


台所からは小さな音。


紗夜「…おはよ」


声をかけると紫暖が振り返る。


紫暖「あら、おはよう。紗夜ちゃん」


昨日と同じ、何も変わらない。

それが少しだけ不思議で、少しだけ安心だった。


紗夜「……普通」


紫暖「ええ」


紫暖は当然のように頷く。


紫暖「普通でいることが、この家では一番大切なの」


紗夜「……そう」


会話はそれだけ。

でも、紗夜は昨日より台所に近い場所に立っていた。


やがて、眠そうな足音。


昴琉「ふぁ〜……」


昴琉が現れる。


昴琉「あ、おはようございます」


紗夜「……おはよ」


視線が一瞬だけ絡んですぐ逸れる


昴琉(……気まずい)


でも逃げるほどじゃない。朧偈と添霧も合流して朝は賑やかになった。


朧偈「にんにん!朝ごはん!」


添霧「朝ごはん!」


昴琉「二人とも静かに」


紗夜はその光景を見ながら思う。


紗夜(…昨夜の話を知ってるのは私だけ)


その事実が少しだけ重くて、少しだけ特別だった。



朝食の後、紫暖は庭に出て洗濯物を干す。

添霧は少し迷ってからついて行く。


添霧「…紫暖さん」


紫暖「なあに」


添霧「僕ね!僕ね…」


言葉を探す。


添霧「紫暖さんに、似てる気がする」


紫暖は驚かずに微笑んだ。


紫暖「そうね」


添霧「…僕、死んでるけど」


紫暖「ええ」


添霧「…でも、ここにいる」


紫暖「ええ」


添霧は少しだけ声のトーンを落とす。


添霧「…さなのそばにいられるの、いつまでか分からない」


紫暖は手を止めて添霧を見る


添霧「……消えるかもしれない」


紫暖「添霧くん、消えることが必ずしもいなくなることじゃないわ」


添霧「……?」


紫暖「あなたが紗夜ちゃんに残すものは、あなたが消えても残る」


添霧は黙って聞いている。


紫暖「でもね」


紫暖は少しだけ声を柔らかくした。


紫暖「怖いなら、怖いって思っていいの」


添霧「……」


紫暖「それでもそばにいるって選んだなら、それはちゃんと生きている選択よ」


添霧の胸が少しだけ温かくなる。


添霧「…ありがとう!」


紫暖「どういたしまして」


添霧は紫暖を見て思った。


添霧(…同じだ…でも紫暖さんはちゃんと笑ってる)

少しだけ希望に感じた瞬間だった。



昼前は外が騒がしい。


昴琉「…来るな」


昴琉がぽつりと言った。


紗夜「?」


紗夜が顔を上げる。


昴琉「……人外」


そう言った瞬間庭の空気が歪む。


紗夜「……っ」


昴琉は反射的に前に出ていた。


昴琉「下がって」


命令じゃないが迷いもない。紗夜は一歩も動かなかった。


紗夜「大丈夫」


昴琉「で、でも」


昴琉の手が小さく光る。不完全な魔方陣だが十分だ。

人外の影が弾かれる。


紗夜「…っ、強い、?」


昴琉が一瞬固まる。


昴琉「…別に、家族守るだけの威力です」


その言葉に紗夜は少しだけ考える。


紗夜「……私も?」


昴琉ははっきり答えなかった。

でも、一歩前に立ち続けている。


昴琉「…ここにいる間は」


それが答えだった。紫暖が少し離れた場所で見ている。


紳漓も出てこない。


…いや、任せている。紗夜はその背中を見て思う。


紗夜(…守られるのは、嫌いじゃないけど、依存はしない)


それが紗夜なりの距離感だった。



夕方は何事もなかったように家は穏やかだった。添霧は双子と笑っていて


昴琉は時々紗夜を気にして、紗夜は淡々としている


紫暖は紳漓と台所に立つ。


紗夜はその全部を見渡して思う。


紗夜 (ここはきっと通過点、でもちゃんと記憶に残す)


やがては夜が来る。次に進む時も近い。

でも、この一日は確かに居場所を感じる1日だった。




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