夜に語る存在
夜中の家の中はほとんど眠っていた。
紗夜は目を覚ました理由が分からないまま布団から起き上がる。
喉が少し渇いていたと思い足音を立てないように廊下を歩くと、居間から微かな灯りが漏れていた
紗夜「……?」
覗くとそこには紳漓と紫暖の二人が何か話している。
紗夜「…起きてた?」
紗夜が言うと二人は同時に振り向いた。
紫暖「あら…ごめんなさい、起こしちゃった?」
紗夜「違う…目が覚めただけ」
紫暖「そっか」
紳漓は少しだけ気まずそうに頭を掻いた
紳漓「喉、乾いたか?」
紗夜「……少し」
紫暖は立ち上がり静かに湯を沸かす。その動きは来た時と何も変わらない。
でも夜の静けさの中だと少しだけ不思議に見えた
紫暖「…眠れない?」
紗夜「分からない…ここ、静かすぎる」
紫暖「ふふっ。慣れてないとそうかもね」
暖かい湯のみが紗夜の前に置かれる
紗夜「…ありがとう」
紗夜は一口飲んでからふと口を開いた。
紗夜「…ねぇ」
紫暖「なあに」
紗夜「…あなた……普通、じゃない?」
紳漓が気づかれたことに小さく息を吐いた
そして紫暖は驚いた様子もなく
紳漓「……気づくよな」
紫暖「ええ」
紗夜「…人外なのは分かる…けど、生きてる感じも…そうじゃない違和感もある」
紫暖「…私はね、もう一度在る存在なの」
紗夜「……?」
紳漓「紫暖はな、もう…1度死んどるんや」
紗夜「……そう」
紫暖「でもこの家族がね、私を強く想い続けたの」
紗夜「想い続けた…」
紫暖「妻として、母として、ここに居てほしいって……だから私はここにいる」
身体があり、体温もある。それに料理もできる。
紫暖「…でも、根っこは」
紫暖は自分の胸に手を当てて
紫暖「思念よ。…残留思念」
紗夜は湯飲みを見つめたまま言う
紗夜「…消えないの」
紫暖「ええ」
紗夜「……いずれは」
紫暖「それは分からないわ」
紗夜「……そう」
紫暖「でも今は、ここにいる」
沈黙が部屋を満たす。紗夜はしばらく考えてから言った
紗夜「…羨ましい」
紳漓「え?」
紗夜「形が戻るくらい必要とされるって」
紳漓と紫暖は何も言わずに聞いている
紗夜「…私のお母さんは、私を守って死んだ」
紫暖「……」
紗夜「…願ったけど、戻らなかった」
淡々としている声で語られる
紗夜「…だから、戻ってこれるのすごい」
紫暖「…ありがとう」
紗夜「…事実…ただ……羨ましいだけ。怖くない」
紫暖はその言葉に救われたように笑った
紫暖「そう言ってもらえるととても嬉しいわ」
紳漓「…ここにおる間は守るで。生きてても生きてなくても、家族や」
「家族」その言葉を否定しなかった
紗夜「……分かった」
紗夜はそのまま湯飲みを置いて
紗夜「…もう、寝る」
紫暖「おやすみなさい」
紗夜「……おやすみ」
廊下を戻る背中は来た時より少し軽かった
形は違っても、居場所はある……そう思えた夜だった。
朝になると障子越しに柔らかく差し込む
紗夜は目を開けてすぐ昨夜の会話を思い出した
紗夜(……夢じゃない)
廊下に出るともう起きている気配があった
台所からは小さな音
紗夜「…おはよ」
紫暖「あらおはよう。紗夜ちゃん」
昨日と同じで何も変わらない
それが少しだけ不思議で、少しだけ安心だった
紗夜「……普通」
紫暖「ええ。普通でいることがこの家では一番大切なの」
紗夜「……そう」
会話はそれだけでも、紗夜は昨日より台所に近い場所に立っていた
やがて眠そうな足音とともに昴琉が現れる
昴琉「ふぁ〜……あ、おはようございます」
紗夜「……おはよ」
昴琉(……気まずい)
でも逃げるほどじゃない。朧偈と添霧も合流して朝は賑やかになった。
朧偈「にんにん!朝ごはん!」
添霧「朝ごはん!」
昴琉「二人とも静かに」
紗夜はその光景を見ながら思う
紗夜(…昨夜の話を知ってるのは私だけ)
その事実が少しだけ重くて、少しだけ特別だった。
朝食の後、紫暖は庭に出て洗濯物を干す。
添霧は少し迷ってからついて行く。
添霧「…紫暖さん」
紫暖「なあに」
添霧「僕ね!僕ね…」
おどおどしながら言葉を探す
添霧「紫暖さんに、似てる気がする」
紫暖「そうね」
添霧「…僕、死んでるけど」
紫暖「ええ」
添霧「…でも、ここにいる」
紫暖「ええ」
添霧は少しだけ声のトーンを落としてから
添霧「…さなのそばにいられるの、いつまでか分からない」
添霧「……消えるかもしれない」
紫暖「添霧くん、消えることが必ずしもいなくなることじゃないわ」
添霧「……?」
紫暖「あなたが紗夜ちゃんに残すものは、あなたが消えても残る」
添霧は黙って聞いている
紫暖「でもね、怖いなら怖いって思っていいの」
添霧「……」
紫暖「それでもそばにいるって選んだなら、それはちゃんと生きている選択よ」
添霧の胸が少しだけ温かくなる。
添霧「…ありがとう!」
紫暖「どういたしまして」
添霧(…同じだ…でも紫暖さんはちゃんと笑ってる)
少しだけ希望に感じた瞬間だった
昼前は外が騒がしい。
昴琉「…来るな」
昴琉がぽつりと言った。
紗夜「?」
紗夜が顔を上げる。
昴琉「……人外」
そう言った瞬間庭の空気が歪む。
紗夜「……っ」
昴琉は反射的に前に出ていた。
昴琉「下がって」
命令じゃないが迷いもない。紗夜は一歩も動かなかった。
紗夜「大丈夫」
昴琉「で、でも」
昴琉の手が小さく光る。不完全な魔方陣だが人外の影が弾かれる。
紗夜「…っ、強い、?」
昴琉が一瞬固まる。
昴琉「…別に、家族守るだけの威力です」
その言葉に紗夜は少しだけ考える。
紗夜「……私も?」
昴琉ははっきり答えないまま一歩前に立ち続けている
昴琉「…ここにいる間は」
それが答えだった。紫暖が少し離れた場所で見ている。
紳漓も出てこない…いや、任せている
紗夜はその背中を見て思う
紗夜(…守られるのは嫌いじゃないけど、依存はしない)
それが紗夜なりの距離感だった
夕方は何事もなかったように家は穏やかだった
添霧は双子と笑っていて、昴琉は時々紗夜を気にして、紗夜は淡々としている
紫暖は紳漓と台所に立ち、紗夜はその全部を見渡して思う。
紗夜 (ここはきっと通過点、でもちゃんと記憶に残す)
やがては夜が来る。次に進む時も近い。
でもこの一日は確かに居場所を感じる1日だった




